17.二つの動かない星
遅くなりました。
夕陽が空を染め上げ、すりガラス越しにも鮮やかな彩りが見えた。
「日が落ちきる前に、夕食にするぞ」
ニーノは食べ物のカゴから、葉包み焼きを出してくれる。これ、携帯食料として、けっこう優秀なのかもしれない。
バナナ入りの好きな味付けだった。
「今日、雷が落ちたとき、エレメントがひょーんって言ってたよ。エレメントは話せますか?」
身体が触れてないと話せないのは相変わらずで、床に投げ出した足先をニーノの膝につけて、おしゃべりする。
「話したことはない。しかし、稀に意思を感じるときがある。荒天では楽しそうに振る舞う」
「やっぱりエレメント、雷好き!」
白い影は、太陽の光が弱まってくると、ほのかに光り出した。
「エレメント、きれいだね」
「そうだな」
見上げると、すりガラスの視界でも、星が光っているのは分かる。
最近ずっと雨続きだったから、久しぶりの星空だ。
「ニーノ、星がいっぱいある。竜さまの星、ある?」
「竜さまの星――星座のことか?」
お! この世界にも星座があるのか?
「星座が作りたければ、貴様が決めることだ」
「え、エーヴェが作るの?」
早とちりでした。星座はないみたい。
見上げる空にはたくさんの星があって、星同士を結ぼうとしても、基点にした星をすぐに見失ってしまう。
星座を描いた人って、目と記憶力がすごく良かったんだろうな。
「そういえば、竜さまが教えてくださった星がある」
空を見上げていたニーノが、ぽつりと言った。
「夜空には、二つの動かない星があるそうだ。二つを一緒に見るのは難しい。一つは北に、一つは南にある」
動かない星ってことは、北極星かな? でも、南極星は聞いたことがない。
「それ、竜さまの星? 北の竜さま星と、南の竜さま星」
「竜さまが教えてくださったから、そう呼んでも構うまい」
「今、見える? 北の竜さま? 南の竜さま?」
ニーノがエレメントの首よりも、左寄りの一点を示す。
「南の竜さまだな」
「おお」
星があるのは分かるけど、どの星なのか見分けが付かない。
「エレメントから出てから、ちゃんと教えて」
ニーノは頷いた。
「エーヴェがいた世界にはね、りゅう座って星座があったんだよ。でも、エーヴェ、ちゃんと見たことない。夜が明るくて、星はあんまり見えなかったよ」
中国の星宿には青龍があるけど、難しくてよく分かんなかったんだよな。
「ニーノのいたところでは、星が見えた?」
ニーノは星空を見上げて、考え込んでいるみたい。
「星は見えたとも、見えなかったとも言える。――星座はあったと思うが」
青白磁の目がこっちを見下ろした。
「エーヴェ、お泥さまの座で、前の世界のことを軽々しく聞くな。貴様からも話すな」
「え、なんで?」
とっても面白いのに。
「前世をこの世界に持ち込む必要はない。そもそも、とても個人的なことだ。貴様が信頼できると思える相手に話したり、聞いたりならば構わんが、慎重を期せ」
個人的なのは分かるけど、竜さまがいる世界のことなら、ぜひ聞きたい。
不服の色を読んだのか、ニーノがまた口を開く。
「まず、この世界の人間すべてが前世の記憶を持っているとは限らない。記憶のありなしで人間が区別されるのは避けたい。次に、低い確率だと思うが、前世が同じ世界だった人間が巡り会う可能性だ。前世での因縁を、この世界に持ち込まれては迷惑だ」
「おおお……」
そうだなー、確かに日本からの転生者には会いたくない。海外旅行先で外国を堪能してるときに、日本人に会うのは避けたいタイプだったし。
もし穴で働かせてた人間とシステーナが会ったら、どうなるのかと考えると、不穏だ。システーナが気にしなくても、相手がどうするかは予想付かない。
慎重にってニーノが考えるのも、仕方ないか。
「分かった。エーヴェ、しんちょうに、信頼できる友を得るよ!」
なかなかハードルが上がったけど、まずは友達だね。
「ニーノはおどろさまの座に友達いる?」
「友か……」
思いつきの質問に、ニーノは考え込む。
「今回、治療しに行く相手は、友と言って差し支えない」
「なんと! ニーノの友達、病気!?」
「まぁ、私もその人物も、人間としては長命の部類だ。病は仕方ない」
ニーノって、長命の自覚、あるんだ。
つまり、ここでも人間が二百五十年越えで生きるのは、珍しいってことでいいのかな?
「庇護についてよく分かっていない時期に、不毛の地に度々出かけていたからな。今までよく影響が出ずに済んだ」
「へぇー。なんでよく出かけてた?」
「世界を知るためだ。竜さまのお側にいられても、人間が生きるには人間が獲得した知識や知恵が必要だからな」
「人間がかくとくした知識と知恵」
何のことだ?
「とりわけ食物だ。竜さまがたと人間の食べる物は、たいてい違う。何が食べられるのか探して、継続的に確保する方法を作る」
「それは大事!」
ニーノもその人も、パイオニアだったんだね。
……パイオニアの立場を任されてたら、私は生きられた自信がない。今で、ホントによかった。
「じゃあ、ニーノも食べ物探すのたいへんだった?」
「竜さまのお口添えがあったから、森の動物が協力してくれた。それと食べ物を探すのは、システーナが熱心だったな。システーナが来て、食事の幅が広がった。何より、邸ができたのはシステーナの力が大きい」
あのオレンジシャーベットの石を切り出してきたのが、システーナなんだろうな。
「主食にできる植物はあったが、栽培の形を整えたのはジュスタだ。ジュスタの力で、ずいぶん暮らしが深まった」
「すごいねー!」
歴史を感じる。
「ニーノは食べ物探すために、不毛の地に行かなかったのですか?」
「ああ。――私はあまり竜さまから離れたくなかった」
むふっと笑っちゃう。
やっぱりニーノは、竜さま大好き。
「じゃあ、ニーノは旅してない?」
「いや。竜さまと六の竜の座を巡ったことがある」
「――竜さまと!?」
竜さまとの旅のパイオニアでもあるのか!
「お話! お話! その時のお話!!」
「――今日はもう寝ろ」
「えー――!」
抗議の声が聞こえないのか、ニーノは淡々と布を取り出し、差し出す。
「エレメントの中とはいえ、気温が下がる」
ぷうと膨れたが、冷ややかな目が強いので、しぶしぶ布を受け取った。
空の旅は長くて退屈です。
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