15.退屈時間の終わり
とくに何ということもない回が続きます。日常って難しいです。
閃光でしばらく目の前に残像があるので、周りがよく見えない。
「目がー、目がー!」
ころんころん床を転がる。カゴの壁にぶつかったので触ってでこぼこを楽しんだ。
薬の匂いがする。やっぱり薬が入っているカゴが多い。
薬の匂いがしないカゴを引っ張り出し、開けた。
布だ! 白い布が入っている。
広げてみる。大きな一枚布だ。シーツかな?
それから、白い服。ニーノがいつも着ている服のデザインとほぼ同じだけど、ちょっとゆったりしている。三角巾に手袋もある。治療のときに使う服一式っぽい。
「これはー、服のカゴでした」
たたんで戻そうと思ったけど、大きい布はうまくたためない。小さい布はたたんで、他は諦めて、次に進む。
あいかわらず、空はぴかぴかしている。
なにか良い匂いがした。ふんふんと鼻をうごめかせる。
美味しそうな匂いのカゴを発見した。
「食べ物!」
フタを開けると、いつもおにぎりが包まれている葉っぱが入っている。葉包み焼きや果物も入っていた。
そういえば、自分のリュックにお昼ご飯と水筒を入れてる。
「エーヴェ、お腹空いた」
放り出したリュックを見つけて、壁際滑り台にもたれかかる。
リュックを探り、おにぎりを取り出す。海苔がないおにぎりにも、すっかり慣れた。
「お空ぴかぴか」
雷雲は通り抜けたみたいで、しっぽ方向の空にときどき光が見えるだけだ。
開けていないカゴで、お薬の匂いがしないのはあと二つ。
おにぎりとお水でお腹がいっぱいになり、あくびが出る。
滑り台で遠くの雷を眺めるうちに、眠りこけていた。
目が覚めると、すりガラスの向こうが青だった。
「あー! 晴れたー!」
思わず、歓声を上げる。エレメントの壁にはりつくと、下は白っぽい。
まばらに木が生えてるみたい。砂漠かな?
他に変化はないかと周囲を見渡す。
「お! ニーノ、起きた!」
ニーノが冷たい目でこっちを見ている。掌を差し出されて、さっと右手を置いた。
これ、完全に“お手”だな。
「エーヴェ、これはいったい何だ?」
「お?」
ニーノの視線を追って、目を見張る。シーツが広げられて二つカゴが開きっぱなし。ニーノが積み上げていた壁は崩れている。
これは、どうしよう。
「……エーヴェ、カゴの中、見た。ちゃんと片付けたよ。大きい布たためなかったから、ニーノがたたむと、きっときれい」
ニーノ、無言。
「重いのも、危ないから二回は触らなかったよ」
青白磁の目から視線がそらせない。
怒られるかな?
ちゃんと気をつけてたつもりだったけど、今見た感じ、結構な惨状だった。
緊張で固まっていると、ニーノは私の両手を取って検分し、目蓋の裏や口の中を見る。おしまいにじろりとにらまれた。
「ここで待て。動くな」
カゴの中身を確認しているニーノが気になるけど、動くなと言われたので、首を動かせず、横目でチラチラする。
ニーノが戻って、またあぐらをかく。掌を出されて、しぶしぶ右手をのせた。
「貴様、元に戻せないことをやったのは、なぜだ」
おおおおおお……。
身体が縮まる気がする。
「エーヴェ、退屈してた。カゴの中、見てないからきっと楽しいです。元に戻せないって、やらないと分からなかったよ」
上目づかいで、ニーノの表情をうかがう。
かすかにニーノがため息をついた。
「では、元に戻す。手伝え」
「! はい!」
ニーノとシーツや大きな服をたたみ、ビンの詰め方を指示され、道具一式もカゴに収める。
片付け終わったあと、ニーノと向かい合わせで座った。
「見たところ、貴様は薬をダメにしたり、布を汚したりはしていない。よく考えて行動した」
「はい!」
「だが、これらが大切なものだと分かっていたなら、なぜ私が起きるのを待てなかった」
ぐ、と言葉に詰まる。
「退屈という感情で、大切な物をダメにする危険を冒すのは感心しない」
「うー……、エーヴェも感心しない」
確かにニーノのいうことは正論だ。でも、人生初の退屈を、どう取り扱えばいいか分からなかったんだよー。
「そして、必ず、覚えておけ」
思わず、ぴしっと背を伸ばす。
「大切なもののいちばんは、貴様自身だ」
ビックリして、目が丸くなる。
「場合によって、貴様自身に害が及ぶ物が中にはある。最も危ないものは、貴様の手が届く範囲には置いていないが、それでも、たくさんの危険があった。今、貴様は運が良かっただけと知れ」
「――はい! エーヴェ、次はちゃんとニーノと一緒に見るね!」
ニーノは頷いた。
「しかし、貴様が退屈するのを予想すべきだった。貴様は、子どもなりによく自制した」
お、ちょっと風向きが変わったぞ?
ニーノはカゴの中から木片を取り出した。私の掌から、はみ出るくらいの長さがある。ニーノがすっと手を振ると、木の表面に線が刻まれた。
「貴様はナイフを持っているだろう。この印に沿って、細工をするといい。いい暇つぶしになる」
「おおお!」
受け取って、木を眺める。木片の対角線が刻まれている。
これ、どうやって削ろうかな。
いろいろ悩んでいて、はっとした。
「でもエーヴェ、ニーノとおしゃべりしたい!」
ニーノが起きてるんだから、もう退屈は終わっている。木を削っている場合じゃない。
「もしかして、ニーノ、エーヴェとおしゃべりしたくない?」
「そういうわけではない」
疑いの目を向けてみたけど、ニーノの無表情はやっぱり鉄壁だった。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




