5.竜糞
読みは「りゅうふん」でお願いします。
「今日は俺が行くよ」
食事の後、器を片付けて、ジュスタと一緒にジャングルに向かった。
「先に竜さまに会いに行くのと、あとでゆっくり会うの。どっち?」
そんなの、ゆっくりがいいに決まっている。
昨日の鍛錬と同じ道だけど、ジュスタと歩くともっと遊びの雰囲気になる。
きれいな花や虫を見つけて立ち止まり、木のウロをのぞくために肩車してくれる。私が木に登る横で、枝にぶら下がっているところなんて、まるでサルだ。
昼におにぎりを渡されて、木のてっぺんを指さした。
「りゅーさま、見たい」
ジュスタは顎を上げ、五十メートルはある高木を見上げた。
「あー。ニーノさんは飛んでくれたんだな」
「ジュスタは飛べないの?」
「ニーノさんほどはね」
その場にしゃがんで背を向けられて、おんぶだと分かる。
「しっかりつかまってくれよな」
高い位置の枝で日光がさえぎられるから、低い枝はみんな枯れ落ちている。手がかりが少ない幹にもジュスタはがっちりしがみついて、ぐいぐい身体を持ち上げていく。
本当にサルみたい。
「ほら、ここなら見えるだろ」
葉の上に出て、二人並んで枝に座る。ゆらりと頼りない枝のたわみに、ひやりとして、でも笑ってしまった。
どうやっても私より数倍重いジュスタが平気なんだから、怖くない。
竜さまは、朝から変わらない姿勢で眠っている。
――羽の外に頭を置いて眠るタイプなんだなあ。
もぐもぐしながら隣を見ると、ジュスタも水を飲みながら竜さまを見ている。やっぱりジュスタも竜さまを見るときは、うららかな雰囲気が広がる。
――ニーノとジュスタは一日二食なのかな。
私が「お腹すいた」と言えば、いつでも何か与えられるけど、三人でご飯を食べるのは、朝と夕だけだ。
「ジュスタ。りゅーさまは、なに食べるの?」
しかし、人間の食生活より、まずは竜さまだ。
「主に、山」
「やまぁ?」
問い返した顔が面白かったのか、ジュスタは明るく笑う。
「鉱石だな。熱と圧力が加わった岩石がお好きらしい」
「こーせき」
岩をはみはみしている竜さまを想像すると、ときめいてしまう。
でも、今まで竜さまが岩を口にする姿を見たことはない。この辺りの岩は、竜さまのお口に合わないのだろうか?
「土なんかでもいいそうだが、大量に食べないといけない。でも、鉱石や鉱脈となると、地面を破壊する必要がある。お腹いっぱいってのは、なかなか難しいんだってさ」
「エーヴェ、りゅーさまとご飯食べたい」
ジュスタは一瞬きょとんとして、蜂蜜色の瞳をきらきらと輝かせた。
「わぁーそれ、すてきだな! でも、竜さまは鉱石を一口で召し上がるし、ご一緒する雰囲気にならないかもな……。大きなかたまりだと破片が降ってきて、エーヴェには危ない」
竜さまが、たくましい顎で岩をかみ砕く光景――。
かっこいいから見たいけど、ご飯を食べる余裕がないかもしれない。
「なんにせよ、鉱石が手に入ったらの話だな。竜さまはしばらく食べておられない」
竜さまがあまり動かず、寝ていることが多いのも、お腹がすいているからかもしれない。
「あ、そうだ」
明るい声がはずむ。
「エーヴェ。あとで竜さまのうんこを見に行こうか?」
固まってしまった。
――超プライベートですよ、それ!
「行くー!」
両手を挙げて叫んだ。
ジャングルから戻って、本日の鍛錬はおしまい。ジュスタと手をつないで、竜さまのところへ行く。
「竜さま、すこし後ろにお邪魔いたしても、よろしいですか」
やっぱりジュスタの声はよく通る。
頭を軽く上げてから、竜さまがすこし首を傾ける。
金色の目がゆらっと青く光った。
――構わぬよ。
あれ? なんだかちょっと……?
「ありがとうございます」
ジュスタは深く頭を下げて、岩棚の奥へ進む。
私の目的はいつも竜さまに会うことなので、通り過ぎるのは、当然初めて。
竜さまの大きな身体を見上げながら歩き、尻尾の先の暗がりに踏みこむ。
岩が屋根のように張り出し、光は届かないけれど、閉塞感はない。滝の飛沫が入りこんだ水たまりはあるけど、洞窟にありそうな小動物の死骸はない。竜さまの側では、小さな生き物や鳥を見かけるのに、不思議だ。
「ニーノさんが清潔にしているんだよ」
「そっか」
空気の流れがあるので、外につながっている場所があるはず。
――あれ?
足下に白い砂が落ちている。
「向こうだ」
ジュスタが指さした方向に砂が続いている。外からの光が砂に反射して、きらきらと道案内してくれる。
「うわぁー――!」
一瞬、砂浜かと思った。
崖の横に白い砂でできた坂が広がっている。一キロメートル圏内に砂の斜面が続き、その先は砂に埋もれた森になる。
「最近はスコールが無かったから、あまり流れてないな」
ジュスタの真似をして麓を眺めると、白い線が目に入った。砂の裾は、滝が落ちる深い渓谷に届き、川底を染めている。
「白い川だ!」
駆け出すと、瞬く間に勢いがついて滑りこけた。
お尻が埋まった私のもとに、ジュスタがすいすい降りてくる。
「きれいだろ?」
「うん!」
立ち上がって、今度は斜面を登る。足がすぐに下に流されて、歩きにくい。
それが楽しくて、繰り返す。
斜面を見ていたジュスタが、何かを拾って手を振った。
「なあにーぃ?」
掌の物を見て、歓声が出る。
乳白色の石に、黒い羽根の蝶が閉じ込めらている。
掲げると、鱗粉が青や緑に輝いた。
「普通は粉々なんだが、これはとても状態が良いな。間違えて食べられた、蝶だよ」
石を傾けていた手が止まる。
――食べられた?
「これ、りゅーさまのうんこ?」
ジュスタはにやにやしている。
ナマコの排泄シーンが頭に再生される。
砂を食べて、砂が排出される。竜さまがあんな感じで、この砂の山を作ったのかな?
「身体から出たすぐ後は、水分を含んでいて形があるんだけど、二時間もしないうちに砕けてこうなる」
足下に目を落とし、手の蝶を見て、思わず鼻を近づける。
――無臭。
疑いの眼差しで、ジュスタをにらみつけた。
「におい? 説明しにくいな。でも、俺は落ち着くにおい」
――冗談を言っている感じじゃない。
ジュスタは肩をすくめて、砂に視線を落とす。
私も蝶を抱えて、しゃがみ込んだ。
注意してみると、白い砂の中に色が混じっている。竜さまに誤嚥された生き物が、粉々に散らばっているのかもしれない。
蝶の石は、砂と比べて格段に大きい。虫が閉じこめられた琥珀より、レアケースなのかもしれない。
――私が食べられたとしても、こうやって粉々になるだけか。
消化されていないのだから、蛮勇者の血筋が竜さまの力になる展開は、望み薄だ。まあ、もともとないけれど。
視界の端では、黒髪がしきりと動いている。顔を上げる。
ジュスタは掌にすくった砂を検分していた。
「ジュスタ、ここによく来る?」
「どうしてそう思う?」
「りゅーさま、ちょっと面白そうだった」
この言い回しは効いた。ジュスタが口元をほころばせる。
「エーヴェ、この砂からガラスができるんだぜ?」
……ガラス?
確かに、邸には、ガラスのはまった窓がある。けれど、え?
「しかも、竜さまの咆哮でも割れない。不思議だろ?」
言葉もなく、うなずく。
「俺は物を作る。ここはインスピレーションの原泉なんだ」
砂をなでるジュスタの黒髪が、ふわっと風で浮く。
傾いた日の色が、金色にジュスタを縁取った。
今まで竜の存在でテンションが上がりすぎていたけど、この世界がどんな場所なのか、全然分かっていない。
竜の糞からガラス作るとか、思うわけない。
えへらと顔が溶ける。
――世界に竜がいるって、こういうことなんだ。
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