13.初めての感情
ぐなーんと穴をくぐり抜けて、頭からごろんと落っこちた。
起き上がる。周りを見回すと、ジュスタや竜さまの姿が、すりガラス越しみたいに白くかすんで見える。
手を振ってみた。ジュスタが、手を振り返してくれる。
「食べられたよ!」
音が聞こえない、とジュスタのジェスチャー。
「りゅーさまー」
――大事ない。
白い影を通って、カゴが落ちてきた。
洞に置かれていた荷物だ。
私は今、エレメントの中にいる。エレメントが食べて、運んでくれるってことか。
外から中身が見えるなら、何かが入った状態を先に見たかったなぁ。
足下を見る。しゃがんで、なでた。
不思議な手触り。全然沈まないのは固いってことだと思うけど、木や石みたいに痛くない。ぎゅーっと押すと、手がめり込んでいく。力を抜くと、すぐに元の位置に戻る。
表面の感触は、シリコンがいちばん近い?
でも、肌にくっつく感じがない。貼りついてずりずり移動しても、さらさら滑る。面白いから、ごろごろ転がる。端から端までは、思ったより広い。
感触を楽しみつつ、カゴが落ちてくるのを眺めていると、最後にニーノが落ちてきた。
白い壁から、ニーノがぐなーんって出てきた!
笑う私に目もくれず、ニーノはカゴを整理して、中身を確認しはじめる。
「あ、りゅーさまの鱗!」
起き上がって駆け寄ったら、カゴの下敷きになっていた鱗を引っ張り出して、渡された。
よしよし、大事にせねば。
「問題ありません。竜さま、お願いいたします」
ちょっとだけニーノの声が聞こえる。
――行って参れ。
「りゅーさまー! 仲良くしてくるね!」
慌ててご挨拶すると、竜さまがエレメントをのぞき込んでくる。
――うむ。友を得よ。
「はい!」
エレメントが首を伸ばし、羽を広げた。床の位置が低くなる。エレメントが身体を低くしたんだろうか。
次の瞬間、空中にいた。
「え? お?」
慌てて後ろを振り返ると、下に、こちらを見上げている竜さまと小っさいジュスタがいる。
「りゅーさまー!」
手を振る間に、どんどん竜さまは遠のいていく。
「速ーい!」
羽が空を打つ度に、スピードが上がってる。ただ、あいかわらず防音室の中なので、リアリティがない。風を切る音とかしているはずだけど――。
飛行機と違って雲の上じゃないから、景色の移り変わりで速いと分かる。それも、すりガラスの視界だからあやふやだ。
「ニーノ、さっき魔法かけた?」
カゴの合間であぐらを組んでいるニーノが、掌を差し出した。
なんとなく、右手を重ねる。
「貴様の周囲に、音が伝わりにくい空間を作っている」
あ、これ、テレパシーのときと同じだ。
「なんで?」
「竜さまの声の衝撃やエレメントの飛行音は、貴様には負担が大きい」
「声? りゅーさま声出してた?」
どんな声だったんだろう、聞きたかったなあ。
「私は少し寝る」
「え?!」
今から、たくさん面白いところだよ? 寝ちゃうの?
「昨夜眠っていない。すこし、回復しておく」
あ、そうだった。ニーノは特に、忙しかったはずだ。邪魔しちゃいけない。
ニーノは手を膝の上に戻し、カゴに背中を預ける。そのまま、目蓋を閉じてしまった。
「寝っ転がらないんだね」
声をかけたが返事はなし。
よし、まずはエレメントの探索から始めよう。
エレメントの中は、走るとあまり広くない。シングルベッドより一回り大きいかな? 楕円形の繭のイメージで、端っこ――壁と床はカーブしてつながっている。短い滑り台にはなる。
天井もそんなに高くない。私には全然届かないんだけど。ニーノは立つと、つっかえちゃうかも。
それから床や壁は、低反発素材と似ている。さっきやった通り、押したら手がめり込むけど、ゆっくり押したときだけみたい。走ってぶつかっても、跳ね返された。ころんと床に倒れても、痛くない。安全設計というやつだ。
「エレメントー、お話しできる?」
声をかけたが返事はない。
竜さまの力の一部といっても、生きているわけじゃないのか。
「エレメントー、エレメントー」
――エーヴェ。
諦めずに声をかけていると、竜さまの声が響いた。
「りゅーさま! りゅーさまとはお話しできる!!」
――今は、微かに聞こえる。遠のけば、届かぬ。
なんだか急に寂しくなってしまう。
「りゅーさま。エレメント、不思議な場所だね」
――ふむ。そうか。わしは知らぬが。
ちょっと愉快そうだ。
「そうか、りゅーさまは入れないもんね。なんかね、安全な感じだよ」
――エーヴェ、……どうも聞こえぬようじゃ。戻ったら、また……。
「りゅーさま?」
それから、何度か呼びかけたけど、竜さまの声はもう聞こえなかった。
エレメントの中は、ほぼ揺れない。飛び立つとき、低くなった感じがしたから、急カーブとかは揺れるだろうけど、まっすぐ飛んでいるときは飛行機よりずっと穏やか。
床に寝そべって景色に目をこらす。まだまだ、森の上みたい。みっちり生えている木の間に、大きな岩や曲がった川がポイントになっている。
クリアな視界だったら、ずっと楽しいんだけどなぁ。
仰向けになると、重々しい雲が目の前だ。距離が近い。右を見ても、左を見ても、雲。
すごいなぁ。こういうとき、飛行機ならすごく揺れるのに、とっても静かだ。
また、雨が降るのかな。
それとも、今もう、下の木々は雨粒に打たれているのかな。
おどろさまの座まで、一日半から二日――。
この世界には本がない。今はお絵かきできない。景色はぼやけてる。ニーノは寝てる。エレメントはおしゃべりできない。
今まで感じたことのない感情がやって来た。
どうしよう。
これは、退屈かもしれない。
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