12.白い影
たいへん遅くなりました。
ショックで舌が固まる。
ニーノと竜さまを代わる代わる見た。
これは、離婚? 私は離婚を申し渡された子どもなのか?
いやいや落ち着け。二十日程度だ! 永遠じゃない! そもそも、竜さまとニーノは結婚していない。
とりあえず、お鼻挨拶からまだ首を上げていない竜さまにひっつく。
「ニーノ、どこ行くのです?」
「ここから南南西の竜の座だ」
「りゅーのざっ!」
思わず叫んだ。ニーノは無言で頷く。
「竜さまとその付き人が暮らす場所のことを、竜の座――または、簡単に座という」
「他の竜さまに会いに行く?!」
「お泥さまにはお会いするが、それが第一の目的ではない」
おどろさま……。その座にいる竜さまのお名前かな?
――今朝、あやつが呼びかけてきた。付き人が重い病にかかっているので、助けられぬかと言う。
病気だから、ニーノが行かなきゃいけないのか。
「竜さまのご助力で、お泥さまの付き人から詳しい状況を聞いていた。役に立つ可能性があるので、明日にも出立する」
「ふえー! すぐだね!」
冷たい青白磁の目がこちらを見すえる。
「貴様は竜さまに、他の竜さまがたに会いに行きたいと言ったそうだな。ならば、良い機会だろう」
あ、なるほど、そういうことなのか。
「りゅーさまは? 来ないの?」
――わしが飛ぶためには、少し準備がいる。しかし、今回は危急の用件ゆえ、エレメントを放つ。
エレメント?
分からないけれど、ワクワクする響きだ。
「貴様は、一度きちんと座れ」
床を叩いて示されて、きちんとあぐらをかく。
ニーノは正座でもあぐらでも、ぴしっとして見える。あぐらはくつろいだ座り方だと思っていたけど、この世界ではそうでもないみたい。
私が離れたので、竜さまは首を上げた。顔が遠くなって、ちょっとがっかりだ。
「さっきも言ったとおり、貴様の選択肢はここに残るか、私と来るかだ。お泥さまの座はここから三竜日離れている。私では急いでも一週間かかる」
竜さまが一日で飛べる距離が一竜日なんだから、ニーノは十分速い。
「竜さまがエレメントとおっしゃるのは、このためだ。エレメントは、竜さまのお力を物質化または域化する。飛行のエレメントであれば、お泥さまの座まで――一日半から二日でしょうか?」
――うむ。その程度であろう。
ニーノの視線が、またこっちに戻る。
「あちらの話を聞く限り、病は感染性のものではない。竜さまの庇護は弱まるが、エレメントが共にあれば大きな問題ではない。ここに残るにしろ、共に来るにしろ、貴様がやることはある。あとは、貴様の判断次第だ」
途中、解らないところもあったけれど、ニーノがくれた選択肢は、十分な検討の結果らしい。
うーん、と竜さまを見上げる。
いろいろな竜さまと会いたいけど、竜さまと一緒に会いに行きたいんだよな。
でも、竜さまのエレメントって何だろう? おどろさまにも会ってみたい。お骨さまと違って、付き人がいるなら、その人たちにも会ってみたい。
――あちらには、エーヴェと同じ頃に拾われた子がおるそうじゃ。
「子ども?」
竜さまは頭を傾ける。
――興味があるならば、遊んで参れ。
おおおお! 同年代のお友達!
「エーヴェ、行くー!」
思わず、両手を上げていた。
すぐさま、準備が始まった。でも、私は蚊帳の外でご飯を食べると、さっさと部屋に追いやられてしまった。
竜の座、どんなところだろう。おどろさまは名前にどろがあるんだから、泥が関係あるのかな?
……泥のドラゴンってどんなのだろう。
想像しながら眠りに落ち、翌朝になった。
ニーノとジュスタは夜通し働いていたみたい。洞に四角いカゴが積み上げられていた。
「貴様、何を持っている」
他の竜の座に行くならば、と竜さまの鱗を持ってきた。さっそくニーノのチェックが入る。
「竜さまの鱗、見せたい!」
まだ見ぬ同年代のお友達のために、持って行かなければなるまい。
「まあ、重さ的には問題ないと思いますよ」
ジュスタはカゴを抱えて、苦笑する。ニーノはにこりともしない。
「行く先でなくしたり、忘れたり、傷つけたり、汚したりする可能性があるが、理解しているな、貴様」
これは正論というより脅しじゃないか。
「エーヴェ、なくさない! だいじにする。汚れてもきれいにする!」
次の正論に身構える。
「――よし。その言葉、忘れるな」
歩み去った背中を凝視した。
ニーノ、怖い!
「竜さま、荷物はこれだけです」
七、八個積まれたカゴを見て、竜さまは頷いた。
「エーヴェ」
呼ばれて、ニーノの足下に駆け寄る。
ニーノの掌が、額の上にかざされた。
掌の周りから、景色がゆがんでいく。大きく変わるわけじゃないけど、陽炎が揺れるみたいに輪郭がぶれる。
ぽかんと眺めるうちに、周りの空気が変わった。
皮膚から十センチくらい陽炎の膜に包まれている。それから、耳が変。防音室に入った気分。
ニーノが竜さまを見上げている。
口が動いてるけど、声は聞こえない。
あれ、本当に防音室?
急に洞内が明るくなって、目をかばった。目を細くして指の隙間からのぞく。
竜さまのたてがみが、閃光を放っていた。たてがみだけじゃないけど、とくにたてがみは雪原の陽のまばゆさ。
竜さまが首を上げ、天に向かって吼える。たぶん。
何の音も届かないけど、遠吠えする狼のように顎を上げている。
どんどん光は強まり、流星に似た細い光が走った。
溶鋼で見た炎から生まれる竜を思い出す。細い光の竜が絡まって、ひとつの形に変わっていった。
輝くように白い竜のシルエットが、竜さまの目の前に立っている。
竜さまよりずいぶん小さい。頭の高さが三メートルくらい。形はちょっと、白鳥を思わせる。曲げた首と羽のバランスが似ているんだな。でも、長い尻尾があって、羽は羽毛じゃなくて皮膜タイプ。前肢がなくて、後ろ肢が強そう。余計に鳥っぽい。
「これがエレメント?」
ぽろっと口から零れた言葉が、耳に聞こえなくて眉根が寄る。
自分の声が、身体の内側からだけ聞こえる。
――そうじゃ、エーヴェ。
穏やかな答えが聞こえてほっとした。
エレメントは白い影。
形は分かるけど、目も鼻も口も鱗も何にも分からない。
それなのに、次の瞬間、私はエレメントに食べられていた。
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