11.あこがれのお医者さん
たいへん遅くなりました。
「白い石探してみるな!」
朗らかに言い放って、システーナはまた鉱石掘りに出てしまった。
大人が三人いる間は珍しい作業をたくさんして楽しかったが、二人になるとまた、午前中から鍛錬に出かけ、昼過ぎに邸に戻る生活になった。
鍛錬のルートは、だんだん長くなってる気がする。でも、戻る時間は変わらないから、歩くのが速くなったのかな?
鍛錬の道のりで、ニーノは薬草、ジュスタは木についてときたま教えてくれた。いちばん多いのは食べられる物について。でも、結局、よじ登り、駆け回るのがメインだ。
邸の暮らしで、ちょっと変わったことがある。ぽつぽつと、ケガや病気の動物が邸に来るようになったこと。六十日に一、二回かな。
訪ねてこられたニーノは、特にこだわりないみたい。たいてい治療している。
「もうエーヴェが病気になるの、気にしてない?」
ちょっと誇らしい気分で尋ねたら、冷ややかな目を向けられた。
「ディーが治療を受けたのだから、もう遠慮しなくていいと皆思ったのだ。貴様と私の、判断と行動の結果で、断りようがない」
「なんと……」
あいかわらず、動物たち、特に病気の患者には近づくなと厳しく言い渡された。
でも、つばさを傷めたタカや、手をケガしたウサギが来るなんて、大興奮だよ。ニーノは、生きてるドリトル先生だよ!
そんなわけで、ドリトル先生におうかがいを立てて、ごあいさつをしに行く。
それから、お絵かきもしている。会った動物たちや植物、虫の絵。竜さまも描いてみるけど、いつもはみ出してしまう。
紙が貴重品なのは変わらないので、ジュスタと砂絵板を作ったのだ。
主な材料は、竜さまのうんこ!
砂時計の中の砂くらいに細かくくだけた竜糞を、トレイ状の木の器に三センチくらい入れる。木の枝で線を引けば、字や絵が描ける寸法だ。甲子園の中継で見かけるトンボみたいな道具を使って、砂をならすと何回もお絵かきができる。
あとに残せないのは残念で、会心の作品を消すのは辛いときもあるけど、手軽にお絵かきができるのは素晴らしい。
まれに紙に描くこともあるけど、紙はどれもがさがさで、ペンの先端が引っかかって墨溜まりができる。改良できればいいけれど、ジュスタはとっても忙しいから、紙の改良は後回しになってる。もちろん、ひゅん! の改良も進まない。
ニーノに頼まれたガラス器作りは、私も手伝った。
吹きガラスで形を作るのかと思ったら、あらかじめ型を用意して、そこに溶けたガラスを流し込む。
竜糞と貝殻と白い石の粉を混ぜて、るつぼで溶かす。やっぱり竜さまのたてがみと鱗を使わないと溶けないんだって。
私が手伝ったのは鋳型作り。粘土でびんの形を作った。
「乾燥させるから、ガラスを作るのは早くても五日後だよ」
やっぱり何を作るにも時間がかかる。
二つの鋳型を使ってできたガラス片を、もう一回熱して、くっつけて完成だ。
ジュスタは型を作るための型を持っていて、私はそれに粘土をくっつけるだけだった。
「型にも型があるんだね!」
「同じ物をたくさん作りたいとき、型はとっても役に立つんだよ」
同じ角度にするのも、長さにするのも、型を当てればすぐに分かるんだから、ちょっと魔法みたいだ。
できたガラス器は、コップ、シャーレ、びん。ジュスタと一緒にニーノのところに持って行ったら、ガラス器は受け取ったけど、部屋には一歩も入れてくれなかった。
「特に貴様は、絶対にここに入るな、エーヴェ」
「見るだけはー?」
「無意味だ」
「なんと!」
鼻先で扉が閉じられる。
「ニーノさんは薬をあつかうから、危ない物があるんだよ」
ジュスタはいつも親切だ。
実際、ニーノの“絶対”はシリアスな場合が多いので、わざわざ入ろうとは思わないけど。
しかし、口の割にこの邸には鍵がない。食糧庫や倉庫はかんぬきがあったけど、鍵のかかる部屋は一つもなかった。
心配性なのか、不用心なのか、信頼しているのか、さっぱり分からない。
**
その日は雨だった。
これ、雨期かな? ってくらい長い期間、雨が続いている。
雨だけで鍛錬がお休みになることはなくなったけど、距離が短いので屋内や竜さまの洞にいる時間が長くなる。
竜さまの側にいる時間が長いのは、いつでも嬉しい。
「最近、イモの元気がなくなってますね」
「根腐れが起こらないといいが……」
朝食の皿を片付けようとしたところで、ニーノが背筋を伸ばした。
「はい。――すぐに参ります」
「りゅーさま?」
空に向かって話してたから、絶対だ。
「そうだ。貴様は片付けを終えたら、ジュスタと鍛錬にいけ」
反論の間もなく、ニーノが食堂を出て行った。
「ニーノ急いでる。どうしたのかな?」
「竜さまのお呼びだからね。――さ、片付けて行くよ」
竜さまのお呼び……初めて見た気がする。
「……はーい」
ちょっと気になるけど、今日は川に行く約束だ。
皿を片付けて、ジュスタと鍛錬に出かけた。
増水した川を眺めながら、蔓を渡るスリリングな行程。ときどきゴツゴツした背中が、ぬうと水面に見えた。
……あれ、ワニかなぁ?
幸い、正体が分からないまま、蔓を渡り終えた。
鍛錬を終えて、竜さまの洞に行くと、ニーノが竜さまの前であぐらをかいていた。
朝からずっとここにいたんだろうか。
「りゅーさまー、ニーノー、まだお話?」
駆け寄って、竜さまとお鼻挨拶する。
――うむ。重要な話じゃ。
「おお!」
なんだろう? 竜さまの重要な話は、全然想像ができないぞ。
「私はしばらく、ここを離れる」
とんでもない申し出に、声がした方を見て、固まった。
「……ニーノ、嘘ついてる!」
びしと指さして宣言する。
ニーノが竜さまの側を離れるなんて、絶対ない。
「嘘ではない。状況によるが、二十日程度。それで貴様に聞くが――」
ニーノが身体ごと私に向き直る。
「竜さまのお側に残るか、私と共に来るか。どちらを選ぶ」
落ちてもいない雷の音が聞こえた。
ドリトル先生は子どもの頃、最もあこがれの職業でした。
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