7.ぺったりな共有
遅くなりました。
「りゅーさま! エーヴェ、今日もはたらきました!」
竜さまの胸にもたれかかって、顎を見上げる。
ここは、竜さまと夕陽スポットの総合一位。石の上だから硬いけど、背中はふかふかの竜さまの毛で、お話ししていると、竜さまがときどきこちらを見てくれる。夕陽と竜さまのお顔という最高のショットが楽しめます。
二位は竜さまの頭の上。鱗がつるつるして気持ちいい。角につかまれて楽しいし、何より眺めが抜群。でも、最大の問題は竜さまのお顔が見られないこと。きれいな金の瞳を間近にのぞき込むと、高確率で落ちる。竜さまがキャッチして、床に降ろしてくれるので幸せポイントは高い。
三位が羽の間。居心地は最高! たてがみがふわっふわだし、羽の付け根の盛り上がりが、腰掛けるのや寝転ぶのにちょうどいい。不思議なことに、竜さまの声が近くから聞こえる。気のせいかな? テレパシーだから、距離や位置は関係ないはず。ただし、竜さまの首があるので、夕陽は見えません!
次点は竜さまの尾っぽ。尾っぽの先もふわっなので、気持ちいい。持ち上げてもらうと、竜さまのお顔と同じ高さになる。前に夕陽、横に竜さまというすばらしさ! でも、竜さまが夕陽や話に集中すると、徐々に高度が下がっていく。声をかけると戻してくれるけど、尻尾を上げたままにするのは難しいみたい。徐々に下がるのも、実はちょっと楽しい。
――ふむ。面白かったか?
竜さまはちょい、とこちらを見下ろしている。
「おもしろかったー! おっきい木を切ったり、運んだりしたのです! エーヴェ、枝をのこぎりして、運んだよ!」
今日の報告をする。
働いたことを楽しく報告できるなんて、最高の幸せじゃないかな。これって、私が子どもだから楽しいのか?
――人は働くのが好きじゃな。さぞかし、面白いのじゃろう。
竜さまは金の瞳を細める。
んん? それはちょっと違うかもしれない。いや、でも、本当はそうなのかな?
しばらく考えて、はっと気がつく。
「エーヴェ、いちばん好きなのはりゅーさまと遊ぶのだよ!」
――うむ。当然じゃ。
ふっふー、すごい満足感だ。
夕陽の右側に黒い雲の塊があり、薄暗く影を落としている。
「あれ、雨降ってるのかな?」
影に見えたけど、斜めに森に落ちているから雨の線かもしれない。
――まだ遠いが、こちらに来るかもしれぬ。
見渡せる範囲が広いと局地的な雨って、分かるんだな。
もこもこした雲の夕陽の側は赤く染まって、陰は黒々として、色がまがまがしい。
「はくりょくあるー」
日が地平線に近くなり、深い赤の輝きが雲の上部を照らす。そのまま、メリハリはっきりの積乱雲が夕陽をさえぎった。
「見えなくなっちゃった」
――うむ。
雲が大きいから、通り過ぎるときには夕陽は完全に山の陰だろう。
空のグラデーションを眺める。紅花色から染め付けの青。
積乱雲の影響か、鮮やかがものすごい。
そして、視界の端に注意が向いた。
洞のすみっこ。右上方に顔を向ければ竜さまが見える位置に、ジュスタが姿勢正しくあぐらを組んでいる。ときどき何もない空間に手をやって、動かす。パントマイムっぽくもあるけど、視線は遠くに向けたままだ。
せっかくの竜さまとの夕陽タイムに、何をしているんだろう。
――ジュスタは時折、あそこに座って何か考えておる。
見上げると、竜さまもジュスタを見ていた。
「ふーん」
しばらく竜さまと眺めていると、ジュスタに魂が戻ってきた。夕陽がもう沈んだことに気がついて、こっちを見ただけなんだけど、ほんとに戻ってきたって感じ。
「――あれ、竜さま、エーヴェ」
目が合ってビックリした顔をしている。
「ジュスタ、夕陽終わっちゃったので、帰ります」
ぴょんと立ち上がって宣言すると、ジュスタもゆったりと立ち上がる。
「竜さま、失礼いたします」
「りゅーさま、また明日ー!」
――うむ。
大きく手を振って、邸の道に入った。
深い藍色の空に、星が浮かんでいる。
「ジュスタ、さっき何してたの?」
「ん? 改良のことを考えてたんだよ」
「おお!」
それは、私も手伝わなければ!
「――でも、ジュスタは考えるときに、手も使うんだね!」
ジュスタが一瞬、目を丸くする。そして、声を上げて笑った。
「集中するとやっちゃうな……。考えや方法って、丸い物や四角い物、ひょろ長い物としてあるんだ。組み合わせたり、角度を変えたりすると、新しい組み合わせややり方が見つかる」
「ほおー!」
思考が立体って、どんな感じなんだろう?
「エーヴェはね、ぺったりしてるよ。物を作るとき、絵が描きたい」
「――ああ、ボールのとき、エーヴェは石に形を描いていたな。形をぺったりにするのはすごいよ。――あ!」
ジュスタが目をキラキラさせる。
「エーヴェ、洞の床に竜さまを描いただろう? あれはとてもよかった」
え、へろへろのあれか? 諦めて、竜さまの指拓になったやつ。
「……よかった?」
「うん。俺はぺったりにはできない。形は形だから」
うっふっふ。いい気になりそうだ。
ところで、ちょっと思い当たる節がある。
「もしかして、エーヴェの部屋の竜さま、ジュスタ作った?」
モビールで天井付近を飛んでいる竜さま。お気に入りなんだけど、そういえば、由来は知らない。
「……うん、そうだよ」
おわー! ジュスタ、はにかんだ! はにかんで笑ってる!!
「あのりゅーさま好き! ジュスタ、すごい!」
「しかし、なるほど。絵を描くのか」
ひとしきり照れたあと、ジュスタは首をかしげてあさってを見た。
「何かを作る前に絵を描くのは、いい考えかもしれない。いつでも、サンプルが作れるわけじゃないしね」
そもそも、設計図なしでいろいろ作ってるジュスタがすごい。
「ジュスタ、今、絵がなくてもできてるよ? 描くの?」
「ん? だって、エーヴェも手伝ってくれるんだろ?」
穏やかなジュスタの表情に、首をかしげる。
「絵を描いたら、エーヴェと俺の考えを比べられる。相談しやすいぜ」
ぽかんと口が開いた。
つまり、ジュスタは、考えを共有しようと言っているんだ。
まだナイフもろくに使えない子どもと、考えを共有したいと思う? 本当に、ジュスタはすごい。
胸が熱くなる。
すごいなぁ。
言葉以外にも、考えを共有するために、人間っていろいろな発明をしたんだな。
絵だって、設計図だってそうだ。
「エーヴェ、分かった!」
これは、私の“好きな人間”だ。
「でも、紙は貴重だから使いたくない」
「何回も使えると素敵だね! でも、地面に描いても消えちゃうね」
お互いに意見を言う。
何より森の中は、平らな地面が希少なのだ。踏み分け道はあるけど、基本的に土がむき出しのところは少ない。
いや、土というより砂に描くのか?
「岩か板に描くのはどうだろう?」
「おお! エーヴェ、いい考えある!」
黒板だ!
黒い板に白い線で絵を描く話をする。
「なるほど。――たしかに素敵だ。木の板に墨で絵を描くことはできるけど、落としてもどうしても黒が残るから、だんだん板が黒ずむ。削ればいい話だけど、板が最初から黒いというのは面白いよ」
うん、ジュスタの説明で、黒板の面白さを知ったよ。
「白い石がないか、シスに聞いてみよー!」
「そうだな」
にこっと笑ったジュスタの、ズボンの裾をちょんちょん引いた。
「あとね……、もう一つ、簡単なのがあるよ!」
簡単で、面白いやつ!
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