6.きこりと豆の日
竜さま不足です。
「エーヴェ、ジュスタのひゅん! がやりたいのです」
豆を選り分けながら、おしゃべりする。虫が食っていたり、黒く変色したりの豆を桶に放り込み、明日まく豆を選ぶ。
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今日は朝から森へ行き、木を切り出した。
竜さまの鱗の保管庫や物置小屋に使う建材と、道具や家具用の材。目星をつけた木に、ジュスタが先導する。
高木はまっすぐな木が多く、建材用に三本切る。
ニーノが魔法でびゅん、と切ると思いきや、林業みたいに斧を振るって倒す。
最初は話し合い。どうやって切るか、どちらに倒すか。次に、勢いよく倒れて他の木を大きく傷つけたり、転がってひいたりを防ぐため、幹に何カ所かロープを掛ける。
斧を振るうのはジュスタかシステーナ。森の上空で、ニーノが木を倒す方向の指示や調整をする。
ちょっと斧を振ったけど、斧の重さと木の皮の強さにびっくりした。
「重いね!」
「斧はこの重さも使って、刃を食い込ませるんだよ」
掌の上下にジュスタが手を置いて、一緒に斧を振るう。ぐん、と振られる力強さに感動する。こんなに強いのに、一回では切れない幹にも感動した。
後半は、ニーノの背中できこりを眺めた。
「貴様にうろちょろされては目障りだ」
むー。ニーノは心配性かもしれない。
でも、空中からの眺めも面白い。
熱帯雨林だから、ほとんど木の隙間がないのに、できるだけ大きな枝や幹に触らないようゆっくり木を倒す。ロープをゆるゆる伸ばして、ふんわり着地すると拍手したくなる。
倒したあとは、小枝を払って、運び出しやすい長さに切る。
枝落としには、のこぎりを渡された。
「使い方、分かるか?」
引いて切るやり方を教えてくれる。
比較的見慣れた道具だ。これは行けるぞ。
でも、ふと気がついた。
「のこぎりもジュスタが作ったのですか?」
「そうだぜ。小さいのはそれしかないから、大事に使ってくれ」
まじまじとのこぎりを見る。
だって、ぎざぎざの一つ一つが刃だよ? 一本ののこぎりに何個ぎざがある?
「大事にする!」
大人は山刀を使って、細い枝なら一振りで落としていく。なるほど、ケガしないようにのこぎりを渡してくれたんだ。
長さを切るときは、とっても大きなのこぎりが出てくる。二人がかりで引くやつだ。宮大工の絵で見たことある。
あれも、いったい何個ぎざが……。
「のこぎり、すごーい」
「はい! こっちもほめてー」
のこぎりの一方をにぎっているシステーナが手を挙げる。
「シスすごーい! ジュスタすごーい!」
二人が笑う。
家具材は大きな木の枝を切り落とす。枝と言っても、直径八十センチくらいあるから、材はたっぷりだ。
ジュスタを先頭に、あっちの木、こっちの木とウォークラリーみたいに森を回る。
「なんでいろんな木?」
たくさん必要なら、一回だけ切れば簡単なのに。
「木はそれぞれ特徴があるんだ」
「かたいとか、やわらかいとか?」
ジュスタは頷く。
「軽いとか、重いとか、水に強いとか、割れにくいとか。あとは色や木目が違う」
「だから、いろいろいるんだね」
蜂蜜色の瞳がとろんと笑う。
「実のとこ、代用は利くんだよ。だけど、まあ、俺はいろいろあると嬉しい」
感心した後ろから、不満の声が届いた。
「ジュスタのわがままじゃねーかよ。ニーノなんか言え」
注目が集まったニーノは、小首をかしげる。
「いちばん木を使っているジュスタの意見を尊重する」
「もー、つまんねー!」
言葉の割に、道具も材もいっぱい持ってるシステーナ。
うっふっふ、みんななかよし。
きこりの途中で見つけた果実を、木の上でみんなで食べた。
ナツメヤシみたいに枝にびっしりの小さな実は、厚い皮をはぐと果汁たっぷりのぷるぷる果肉が出てくる。味は、ちょっとオレンジに似ている。一つ一つが小さいから、みんな黙って、いくつも食べる。
「……あんま食うと鼻血出るからな」
「え?!」
チョコレートで聞いたことある脅しだ。つまり、これは実質チョコレート?
「こちらも食っておけ」
ニーノが大きな木の実から切り分けた果肉をくれる。白くてあまり水っぽくない。冬瓜のわた(生)みたいな食感で、微かにあまい。とーっても味の薄い綿菓子って感じ。
「ガスアットって木の実だよ」
「貴様はこれが好きだな」
大きいのをわたされて、ジュスタがにこにこしている。
システーナは実質チョコレートのほうが好きそう。手が止まらない。
あ、そうか、シスが鼻血出したことあるんだな。
「子どものときだぞ」
システーナが横目でこっちを見る。
なんと! 心を読まれた。
切るのが終われば、森から材を運び出す作業が待っている。
ばらけた細かい材は、システーナがひとまとめにして背負い、跳ぶ。ニーノとジュスタは、建材をロープで引いていく。私は丸太から落とした枝――薪になる――を抱えて、建材の上にまたがった。
「ニーノ、ジュスタ、がんばれー!」
二人の応援と、ときどき通りかかるシステーナの応援もする。
せーの、と声を合わせる二人が珍しい。
「ニーノはどうして魔法使わないのです?」
のこぎりや山刀を使わなくても、ニーノならちゃちゃっと木を切れる。
「時間も人手もある。今は、必要ない」
斜面を登るのはこの二人でもキツそうだ。車がない時代は馬や筏を使ったはずだから、人間二人は十分けた外れ。でも、気休めに丸太から降りた。
それで、いちばんはシステーナだ。
ぴょーんと頭上を越えた影を見送る。
「あれー? 木、いっぱいあるよ」
たどり着いた先は屋根がある木材置き場だった。丸太が何本も積まれている。家具材らしい短い木もあった。
「生木は建材には使えないからな。あっちは、千二百日くらい置いてる」
「湿度が高いから、乾燥が難しいな」
「そーなんです」
ジュスタは丸太にもたれかかり、ニーノは手扇で首元をあおいでいる。
「ばらけてたやつはだいたい運んだけど、置く場所どこがいーよ?」
システーナが合流し、もう一往復して材を運び終えた。
木材置き場からは、工房前のお花畑に通じる道がある。左に折れたら菜園で、邸に近い方に斜めに入ったところに、高床の倉庫があった。
「おお、初めて!」
中は麦やイモやトウモロコシ――いろいろな種が保管されている。
豆の袋を担いで邸に戻り、夕飯の支度と豆の選別が始まった。
**
「やめておけ」
まっさきに返ってきた声はニーノだ。
「あれは、肩に負担がかかる。貴様の関節は、まだ固まっていない」
「おお……」
豆殻を捨てて、ニーノはちらっとジュスタを見る。
「貴様にもすすめない、ジュスタ。肩は痛めるとことだぞ」
「え、俺は大丈夫ですよ」
「あたしの走りもついて来てたぜ、ジュスタ」
お湯が沸いた気配に、ニーノが腰を上げる。
「スピードが付くと、いっそ危ない。使うなら、改良しろ」
「改良ですか」
ジュスタが眉を下げた。
うーん。腕に付いてると、肩に負担がかかるのはその通り。
いい豆の桶に間違って放った虫食いを、慌てて取り出す。
「ジュスター、身体に巻いたらどうかな?」
犬のハーネスを思い描いて、身振りで伝える。
人間用もあったはずだけど、思い出せない。
「なるほど。でも――うーん、強度がなぁ」
さすがジュスタ、ジェスチャー読み取りの達人。
そう、確かにベルトの素材が難しい。邸では肉をほぼ食べないから、皮革もない。
「あ、そうか。改良できたら、おちびも使えるかもな?」
自分の分を終えて、立ち上がったシステーナがにやっとする。
そのまま、台所に入っていった。
「――おお! ジュスタ、一緒にかいりょー作る!」
期待を込めて見上げる。
ジュスタがにっこりした。
「そうだな。やってみるか」
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