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4.付き人ってなんなんだ

今回は竜さまが出ません……。

 明るくなった気配に、自然と目が()く。

 吊り下げられたドラゴンのモビールが、くるくる動いている。植物の茎で編まれた造形は、民芸品っぽさがあって大のお気に入りだ。

 部屋の壁や天井は、オレンジシャーベットの色をした石でできている。

 寝台をコロコロころがった。マットは植物の葉で織られていて、冷たく、すぐにほっぺたの熱がにじんでいく。も一度、転がって起き上がり、床に飛び降りた。ござ風の敷き物が、はだしに心地いい。

 寝台のそばに置かれたテーブルに、カゴが載っている。椅子に上って中を見ると、いつもの白いワンピースが用意されていた。頭からかぶってから、サンダルに足を入れ、ひものボタンをパチンと留めて、準備できた。


「おはよー!」

 食堂に駆け込む。

 テーブルセッティングをしていたニーノが、頷いて挨拶を返してくれる。その間に、窓に駆けつけた。

 (やしき)で寝室以外のスペースは、竜さまが見える方角に窓が切られている。今は、首をお腹に寄せて、まだ眠っているご様子。

 ――ふわりとなびくたてがみが、とってもきれい。

 手伝いを命じられるまでは、竜さまにうっとり見とれる幸せな時間だ。


「ほい、おまたせー」

 大皿にごろごろ、ほかほかと湯気の上がる葉包み焼き。めいめいのカップには、熱々のスープ。レモングラスだろうか。香りが鼻に触れ、鳥の出汁がメインっぽい。

 今日は、ジュスタが料理を作る順。ニーノもジュスタも料理は上手で、七日毎に当番を替わる。子どもに合わせてか、二人の料理はどちらも薄味だ。

 お腹に入ったスープの熱で、うっすら汗が出る。

「ゆっくり食べなさい」

 ニーノが浮かんだ汗を(ぬぐ)ってくれた。

 全体の色も雰囲気も冷たいニーノと対照的に、ジュスタはカールした黒髪とタイガーアイっぽい着こなしで、明朗な印象がある。


 余談だが、(キヤ)(ツツ)(アイ)(タイ)(ガー)(アイ)と宝石で、龍眼石だけ“見立て”になっちゃうの、何なんですか? いっそ、オパールが竜目石(ドラゴンズアイ)でよくないですか? 同音なら、フルーツで生薬でもある竜眼のほうが、透明感的にポイント高い。生はライチみたいで、おいしい。

 ――って、竜さまの目は食べ物じゃないぞ!



「エーヴェには熱いな」

 ジュスタが葉をむいて、中身を皿に(よそ)ってくれる。葉っぱの中にはマッシュしたイモと、少しバナナが入っている。もちろん、どれも見たことがない物だから、イモでもバナナでもないのだろうけれど。

 木のスプーンですくって、口に運んだ。

 ――塩味とバナナの甘み、もちもちした食感と焼けた葉の香ばしさ。

 幸せにもっきゅもっきゅしながら、大きい二人を見る。


 銀髪ストレートと黒髪カール。

 (せい)(はく)()と蜂蜜色の目。

 冷徹と明朗――。

「ねえ、どーしてニーノとジュスタは似てないの?」

 二人はお互いに顔を見合わせ、私に視線を戻す。

「そうか?」

「この程度、個体差の範囲だ」

 ジュスタは首をかしげ、ニーノは平熱で切り捨てる。


 ――確かに、人間は個体差が大きいけれども。

 もきゅもきゅ考える。

 例えば、サルはみんな同じに見えるけど、人間はふつう同じには見えない。でも、それって、髪型や服装が大きいかも。

「どーして、ニーノは青で、ジュスタは黄色で、エーヴェは……白なの?」

 ニーノは深い藍色の袖に、ジュスタはサフラン色の襟元に視線を落とす。

「私にとって、好ましい色だからだ」

「俺も、この色はお気に入り」

 青白磁の瞳が、じろりとワンピースを見た。

「貴様の服は、ケガがわかりやすい」

「それに、赤い髪に合うからな」

 ぐいっと強い掌が頭をなでる。


 はっと気づいた。

「髪……、あかい?」

「ああ。火花みたいだ」

 ジュスタの表現は、ちょっと珍しい。

「目は?」

「快晴の色だ」

 行儀良く食べながら、ニーノが答える。

 わあ、それはきれいな色。

「なんでみんな違うの?」

 ファンタジーでは、多彩な目や髪の色は常識だけれども。

「違う人間だからだ」

「ニーノさんも俺もエーヴェも、別の場所から来ているからね」

「別の場所?」


 これは重要な情報なのでは?

 私は赤ん坊だったが、結局「親」には会っていない。ここには三人しか人間がいないようだけれど、この邸は人間二人が作ったにしては頑丈で大きい。しかも、熱帯雨林の真ん中だ。資材の運搬はどうしたのだろう。――まさか、竜さまが?

 しかし、今まで私は竜さまが飛ぶところを見たことがない。それどころか竜さまは、洞と呼ぶ岩棚を出ることさえない。

 そう考えると“私は餌”説も有力になる。何しろ、ニーノの第一声は「いたか」だ。


 記憶は全くないけれど、私の住んでいた村は、何年かに一度、竜さまに生け贄を捧げる風習があり、赤い月の夜に生まれた赤い髪の赤ん坊を砂漠に捨てて、竜さまへの貢ぎ物にしたのかもしれない。顔も覚えていない私の両親は、今もこの世界のどこかにある村で、娘を生け贄に捧げたことを、嘆き悲しんでいるのかも。

 いや、そういう場合は両親が私に二人の肖像画が入ったネックレスとかを手渡してくれるはずだから、「赤い髪の子なんて不吉、いなくなってせいせいした」と思っているパターンか?


「ニーノ……」

 赤ん坊のとき、ネックレスを持っていたか聞こうとして、はっとした。


 冷徹なニーノが、赤ん坊のネックレスを取り上げて、捨てた可能性もある。その場合だと、私はやんごとなき身分のお姫様とか、いつか竜さまを倒す蛮勇者の血筋を引いているとか……。

 ――それはいけない!

 なるほど、竜さまを倒すという邪心を起こさせないために、ここで育てているのか。現に今、竜さまを倒すことを考えただけで、あまりにも心が痛む。


「エーヴェ、りゅーさま、すき!」

 質問待ちだったニーノが、かすかに眉根を寄せた。

「知っているが?」

 あああ、四歳児の語彙では竜さまに敵対する可能性が皆無だと伝えることができない。


 そこでまた思いついた。

 蛮勇者の血筋の子どもを食べると、竜さまがさらに強くなる可能性は?

 三蔵法師を食べると、妖怪は強くなる、みたいな。

 それなら、ちょっと嬉しいかも。竜さまが飛ばないのも元気がないからで、私を食べると元気になるのかもしれない。これは、つじつまが合う。

 竜好きの私が転生して、竜さまを元気にできるなんて、最高なのでは?


「エーヴェ、いつ、食べられるの?」

 自信満々に発言する。大きな二人が、じっとこちらを見た。

「……どんどん食べていいよ?」

 ジュスタを見て、両手で示されたご飯を見る。

 ――主語と述語!

 ぶんぶんと首を振った。

「りゅーさまは、いつ、エーヴェ食べるの?」


 その瞬間、二人の表情が凍りついた。

 青白磁と蜂蜜の視線の強さに、ぞっと鳥肌が立つ。

「竜さまが、エーヴェを食べると言ったのかい?」

 口元は笑みの形だが、ジュスタの声の圧がすごい。

 ふたたび、首をぶんぶん振る。

「そうか。じゃあ、エーヴェが、自分で、そう思ったんだな?」

「うん」

「――私は」

 平板な声に肩がはねた。

 ニーノがひたりと視線を当てている。眉間を撃ち抜かれそうだ。

「貴様は竜さまの付き人だと言ったはずだ。何か、誤解を与える言動があったか?」


 ――めちゃくちゃ二人とも怒っているんだけど、そんなに怒らせるような話だっけ?


 右を見て、左を見て、下を向く。

「付き人、三人しかいない。りゅーさま、いだいなのに、とっても少ない」

 ――蛮勇者の血筋の話は、長すぎるので事実を話す。

「ダメな付き人、餌になるとおもう」


 しばらくの沈黙の後、はあっと大きな溜め息が落ちた。

「ニーノさん、エーヴェはどうやら想像がたくましいらしい」

「――そうだな」

 上目遣いにうかがう。

 ジュスタは表面上は和やかだが、相変わらす、目がマジだ。

「いちばん始めに、竜さまは人間を食べない。少なくとも、今まで召し上がったという話は聞いたことがない。竜さまに食べたいと言われれば、喜んで食べていただくけど、竜さまの希望がないのに餌になろうとするのは、とても不敬で、不遜で、気持ちが悪いからやめるんだ」

「……うん」

「――返事は」

「はい!」

 横やりが入って訂正する。


 ジュスタは椅子を立ち、私の隣で膝をついて視線を合わせた。

「竜さまの偉大さが分かって、えらいな。でも、付き人が少ないと思うのは、エーヴェから見ると、竜さまの偉大さに、ニーノさんと俺とエーヴェでは足りないってことだろ」

 え、と目を見張る。そんなことは思っていない。

「エーヴェが鍛錬をしているように、俺も鍛錬をしている。エーヴェの言葉は、全員を軽んじることだ。ダメな付き人、なんて、どこで覚えた?」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


 ――たしかに、どこで覚えたのだろう?


「貴様にはエーヴェという名があるだろう。名前とは、集団から個を(しゆん)(べつ)するための記号だ。わざわざ名前をつけたものを、食べるわけがない。名前を与えて養育したものを餌にする――そういう悪趣味な真似をするのは人間だけだ」

 ニーノを見上げる。

「そして、私は、そういう人間ではない」

「あ、俺もね」

 ジュスタの声が明るい。


「付き人って何する……ですか?」

 おそるおそる口にした。

「竜さまの側にいるんだ」

 ジュスタの答えは明快だ。

「それだけ?」

「あとは、生きる」

 椅子に戻って、ジュスタは食事に手を伸ばす。

「何を心得違いしているか知らんが、竜さまは貴様のような幼子ではない。我々などおらずとも、何ら支障はない。だが貴様も、蝶を見れば心が動くだろう。その程度のものだ」

 ニーノはすでに食事を終えて、飲み物を口に運んでいる。


 でも、それって――。


「ペット?」

 ジュスタが楽しそうに肩を揺らした。

「俺たちは、竜さまから餌をもらうわけじゃない。自分の食べ物や寝床は、自分でなんとかする」

「生きて、竜さまの側にいる。それが、付き人だ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 生きて、側にいる。この言葉に目を開かされる思いをした私はエーヴェの勘違いを笑えないなと思いました。 生きる、以上の存在価値を自分に求め、相手も欲していると考えるのは自分で自分の生を軽んじて…
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