5.同じだと言ったそばから
長くなりました。
起きると、寝台にいた。
ごろんごろんして、顔に当たった太陽の光にはっとする。
服を着替えて、食堂に行くと、すでに大人はせっせとご飯を作っていた。
鳥のスープと芋とカボチャ(?)のマッシュには、木の実が混ぜてある。ほかほかご飯からは、花の香りがした。
「朝ご飯、いっぱーい!」
「今日は忙しいからな」
芋とカボチャサラダは、ナッツが香ばしくておいしい。しょっぱくて、ほんの少しココナッツの香りがする。
「トウモロコシを収穫して、干す。それから、米で酒の準備だ」
「おさけ!」
この世界、酒があったのか。
その割に、大人が酒を飲むのは見たことがない。
「トウモロコシの始末と、豆を植える土地の土起こしもあるからね。忙しいよ」
「しっかり手伝えよ、おちび」
「――はい!」
鳥のスープもおいしい。
そういえば、魚料理はあるけど、肉料理は鳥しかない。それも本当に珍しいから、今日は頑張れってことだな。
工房に行って、トウモロコシをもぐ。今日収穫するトウモロコシは、もちとうもろこしってタイプのやつ。他より少し上の畑にいる。実はつやつやして固く、甘みや水分はほとんどない。
下の畑にもトウモロコシはいて、そっちはスイートコーンに近い。若いときに二、三本もいで食べたけど、植物の青臭さとほどよい甘みがジューシーでおいしかった。ちゃんと熟したら収穫して、粉にするんだって。
収穫したトウモロコシは、邸の屋上に作られた乾燥小屋に運び込み、皮を結んで束で干す。システーナがぴょんぴょん運んできてくれるので、ジュスタとニーノと私でアブラムシやいも虫をはたき落として干していく。
「私は火の準備に行く」
途中で、ニーノが屋上から降りた。
「よーっと、これで畑の分は全部持ってきた!」
システーナが大きなカゴをひっくり返して、畑の片付けに戻る。全部干し終わって、ジュスタとハイタッチした。
次は物置だ。邸の入口の右手に物置の扉がある。そこから、ゴザや浅くて広い桶を取り出し、ジュスタと一緒に邸前の広場に運ぶ。
ニーノが火を焚いていて、大鍋にお湯を沸かしている。
「大きいお鍋ー!」
「システーナが米を見ている。貴様らも手伝って来い」
「はーい」
ジュスタと声を揃えて、台所を通り過ぎ、貯水槽に向かう。
お米は水につけてあったのか、白く膨れている。
みんなで水を切り、五段の蒸し器に分け、大鍋に運んだ。
「受け取れ。熱いから気をつけろ」
蒸したトウモロコシが、ニーノからみんなに支給される。米が来る前に、蒸してくれたらしい。
米が蒸されるまでの間、取りたてトウモロコシと朝に作ったおにぎりとで、お昼ご飯になる。
「もっちもっちもっちもっちするね」
「そうだな、もっちもっちもっちもっちするな」
システーナと節をつけて、もちもちする。
甘みは、噛みしめれば少し。でも、もちもちがおいしい。
一足先に食事を終えたニーノが、立ち上がった。
「これで髪を覆え」
邸から戻って、全員に布を手渡す。
これは、三角巾!
髪が長いジュスタとシステーナは、三つ編みでまとめて布の中に押しこむ。ニーノと私は、今は髪の長さが同じくらいで、ちょっと持ち上げれば簡単に収まった。
手をきちんと洗う。
お米の蒸し加減を見て、ニーノがジュスタに蒸し器を降ろす指示を出す。
「貴様はこれを、まんべんなくかける。――まだだ、合図をする」
大人三人が、蒸し上がった米を布の上に広げていく。名前を呼ばれる度に、そっちに走ってぱらぱら粉をかける。粉というか、たぶんカビ。
「エーヴェ、こっちも!」
「はい!」
もうもうと湯気が上がる米に三人がカビをまぶしていく。ものの数分で終わらせると、システーナがひとまとめにして、どこかに運んだ。
ジュスタとニーノは、カビをまぶしていない米をまとめる。
「エーヴェ、その桶を持ってついておいで」
貯水槽のところから、細い階段が崖に続いている。初めての道だ。あまり日が当たらないのか、ひんやりしている。
階段の途中に木の扉があった。かんぬきを動かして、ジュスタが扉を開ける。
中は空洞で、大きな樽がいくつか置いてあった。壁にはのみの跡があるから、岩のくぼみを掘り進めた貯蔵庫みたい。
二人は蒸した米を樽の中に放り込む。
「エーヴェ、桶の中身を入れて」
ジュスタが両脇を支えて、樽の口まで持ち上げてくれた。
「はーい、水とーちゃく!」
私が桶の中身を、システーナが水瓶の水を注ぐ。
「止め!」
ニーノが棒でかき回し、終わったのを見計らって、システーナが二つ目の水瓶をあけ、私も桶をひっくり返した。
「水をもう少し」
「はーい」
システーナが外に駆け出していき、私は床に降ろされる。
「ニーノ、さっきのとこれ、違うのですか?」
「違う。米にまぶしたのはカビだ」
ニーノはジュスタにも棒を渡し、二人は揃って混ぜ始める。
「今のこれは米と――私の唾液だ」
え、と三人分、声が重なった。
「ニーノのよだれかよー?」
新しい水を持ってきたシステーナが叫ぶ。
あ、そうか。口噛み酒みたいな?
「カビよりも安定して酒ができるから、いいだろう」
「ま、いーけどさー」
システーナは水を注ぐ。
「よだれでお酒ができるんですか?」
「酒は糖からできるからな」
「おお!」
そういう仕組みそのものは、この世界でもおんなじなんだな。化学反応とか、物理法則とか、数学とかは共通だと思うけど、ときどき全然法則が通じない。
「エーヴェ、りゅーさまのよだれがいいと思う」
ニーノのよだれが入っていた桶を頭にのせて主張する。
「おー! それいいな!」
「へえ、飲んでみたいな」
盛り上がった二人と対照的に、ニーノの眉間にはしわが寄った。
「それはだめだ」
「なんで?」
答えずに、ニーノは棒を引き上げ、樽に蓋をした。
「終わった。貴様ら、外に出ろ」
貯蔵庫の外に出て、かんぬきをきっちり下ろし、邸に戻る。
狭い階段を並んで歩くと、みんな三角巾――バンダナ姿なのが面白い。
そうか、全員おそろいなんて初めてだ。
「私は蒸し器を洗う。畑は貴様らに任せる」
「おー、任せとけー」
貯水槽の前でニーノと別れ、豆の畑に向かった。
でも、着いた先は雑草だらけだ。
「ここー?」
シャベルにもたれかかって、ジュスタを見上げる。
「ここは麦がいたんだ。収穫したから、次は豆をまくんだよ」
「どのくらいまで起こす?」
鍬を担いだシステーナが聞く。
「これくらい、ですね」
ジュスタが手首と肘の間、手首に近い三分の一辺りを示す。中指から考えると、三十から四十センチくらいだ。けっこう深い。
「エーヴェもやるー!」
「うん。土をひっくり返していくんだ。――こう」
シャベルで実演してくれる。
返されたシャベルで、土をひっくり返してみた。
うーん、土は固い。
「体の重さでどすん! そうだ。それから手前に倒して。それで、横にする。いいぞ」
少し見てくれたあと、ジュスタも鍬を振り始める。
――二人とも、とても速い。
これは見ていると、終わっちゃうぞ。
でも、シャベルをけるのは愉快だ。てこの原理で土が浮くのも楽しい。
えっさえっさと土をひっくり返した。
「よしよし、頑張ったな」
システーナの明るい声に顔を上げる。
「ちょっと掘り足しとくぞ」
しゃっくしゃっくとリズミカルに土が起こされていく。私が起こしたより、ずいぶん深い。
うーん。ほとんど役に立ってないな。
「まあ、こんなところか?」
「はい、十分です」
ジュスタが畑を見回す。はじめは緑だったところが、黒い土の色に変わっている。
「豆まくの?」
「いいや、今日はまだ。ひっくり返した草が枯れて、地面を整えてからだな」
「はーい」
手を挙げた先、見上げる空は夕焼け色だ。
「戻るかー」
農具置き場に鍬や道具をきれいにして片付け、邸に向かう。
邸の前には、蒸し器に使った布が干されて、風に揺れていた。
「ニーノー! 豆の畑終わったよー」
「豆まきは明後日くらいですね」
「そうか。水を浴びてこい」
土や泥を落とし、汗をぬぐっている間に、ニーノが着替えを用意してくれる。みんな着替えて台所に入った。
「いーにおーい!」
ハーブたっぷりのスープって感じ。朝のスープをアレンジしてるんだな。
「りゅーさまのところ行ってくる!」
駆け出そうとしたところで、ニーノに止められた。
「エーヴェ、念のため言っておくが、竜さまの唾液を発酵させるな」
「ん? なんだ、酒の話の続きか」
料理をし始めたシステーナがこちらを見る。ジュスタは私に水を渡してくれた。
そういえば、昼から全然飲んでない。
「どうして?」
木のコップに口をつけながら、ニーノを見上げる。
「ずいぶん前のことだが、竜さまの唾液を酒の発酵に使ったとき、透明の粘菌に似たものが生まれた」
「はぁ?」
システーナのすっとんきょうな声。
ホントあっぶない、水噴くところだった。
「――ねんきん、って何ですか?」
「あれだろ、キノコみたいなやつ」
「そうだ。試作でこの程度の桶に作ったが、今使っている樽で発酵させていたら、大変なことになっていた」
この程度は、バスケットボール大だ。
「生まれたってことは、生き物ですか?」
「おそらく。水のように形が変わり、あっという間に逃げてしまった」
「逃げたの!」
バイオハザードですよ、それ!
「障壁を作ったが、通過された」
「うへ! お前の障壁越えられるとか、何もんだよ」
「急いで竜さまに報告したが、何者かは分からずじまいだ」
「見つかってないんですか?」
それそれ、私も気になる!
「見つからない。もう七万日以上前のことだから死んでいると思うが」
「生きてたら、あたしより長生きだぜ」
システーナはげらげら笑う。
うーむ? 透明の粘菌ってスライムみたいなものじゃないのか?
「それ、怖くない? だいじょうぶ?」
「竜さまがおっしゃるには、生き物を食べることはない」
「――なるほど? 竜さまは生き物を召し上がらないから」
「でも、あたしもそんなの会ったことねーよ。やっぱ、死んでるって」
竜さまと食べる物が同じだったら、鉱石のところにいてもおかしくない。システーナがいちばん出会いそうだ。
「とにかく、やめておけ。奇態な生物が生まれかねん」
じろりと見下ろされ、真顔でうんうん頷いた。
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