3.日の影の月
少し手間取りました……。
「初めて会ったときね、お骨さま、ばくん! ってエーヴェを食べたよ!」
――ほう。
何度目か分からないくらいお骨さまの話をしてるけど、竜さまは気にしていない。
「エーヴェがあいさつしても、何も言わないからとっても怖かった。わざとおどかすのは悪いよね、りゅーさま」
竜さまの尻尾をすべりながら聞く。
――ふむ。脅かすのはいつも、わざとではないか?
三秒くらい考えた。
「あ、ほんとだ! わざとだ! あれ? エーヴェ間違った?」
すべった尾を、また登りながら考える。
「うーん、お骨さまは、あいさつするつもりで驚かせたんだよ。びっくりしたら仲良くなれないよね」
――確かに、賢いやり方ではないな。
竜さまの声は、ちょっと愉快そうだ。
竜さまもお骨さまも、心に響いてくる声だけど、ちょっと違う。竜さまはチェロの響きだけど、お骨さまはマリンバを思い出す。
骨だからかな?
一人で楽しくなって、くすくす笑った。
「エーヴェ、とっても怖かったから、怒っちゃったよ」
怒らなくても、仲良くなれたのに。
「――そうだ、りゅーさまは怖いことありますかー?」
片目だけでこちらを見ていた竜さまが、目を細める。
――こわい、か。
「りゅーさまは強いから、何も怖くない?」
――ふむ。
竜さまは目蓋を閉じた。思い出しているのかな。
「エーヴェ、夕食だ」
洞の入口にニーノが立っている。竜さまと夕陽を見ても邸に戻らなかったから、怒っているかもしれない。
――怖いは、以前あったように思う。思い出しておこう。
竜さまは私をそっとくわえて、ニーノの前に降ろしてくれた。
「りゅーさま、ありがとー!」
「お世話をおかけいたしました」
――よい。
礼をして、ニーノが洞を出る。
「りゅーさまはーいーだーいー! やさしくてーいーだーいー」
星明かりの道を帰りながら、歌を歌う。ぴょんぴょん岩を跳びながら、後ろを歩いているニーノを振り返る。
「りゅーさまはーいーだーいー! つーよーいーいーだーいー」
ニーノがいつもの冷たい目で見ていたけど、切り替えたみたいに急に早足になった。
「わっわ! 待って」
とっとっとと、早足で隣に並ぶ。
「ニーノ、怒った?」
「いや。貴様の歌に感心しただけだ」
感心した顔には見えなかったけど。
「ニーノも一緒に歌っていいよ!」
「それは貴様のアドリブだろう。どうやって一緒に歌うのだ」
おお、それは確かに。
「じゃあ、ニーノがあどりぶで歌っていいよ!」
「――考えておく」
え! それはすごい。
「やったあ、ニーノのお歌ー!」
両手を挙げて跳ねたら、青白磁の目が、ちょっとビックリしてる。
「ニーノはりゅーさまの偉大なところいっぱい知ってる! 素晴らしいお歌!」
「いや……、何も保証せんぞ」
ニーノの眉間に皺が寄った。
でも、私はわくわくスキップで、いいことを思いつく。
「ジュスタとシスも歌うかな?」
これは楽しいぞ? ラップバトルができるのでは?
偉大なる竜さまラップバトル。フォー!
「貴様、すこし落ち着け」
頭をがしっと押さえられ、抱っこされた。
「竜さまと長く一緒にいて、気がたかぶっているぞ。落ち着きなさい」
「……おお」
よく分からないけど、ニーノが歩くリズムで身体が揺れていると、ちゃんと酸素が行きわたる気がする。
たしかに、ちょっとおかしかったかな?
冷静に考えれば、どう考えても、ニーノはラップバトルしない。
「新しいものをたくさん学ぶと、気がたかぶる。貴様はまだ子どもだ。足下も、さほど確かではない。慌てるな」
ゆあん、ゆあんと頭が揺れる。
「ニーノも新しいものを学ぶと、気がたかぶる?」
「当然だ。気がたかぶると普段、見えている物が見えなくなる。とても楽しいが、すこし危ない。思いがけず、大きな失敗をすることがある」
視野が狭くなるってことかな。
「それから、自分の気持ちが分からなくなることもある。楽しい気持ちが強すぎて、つらさや悲しさが隠れてしまうことがある」
ぼう、と東の空が明るく光っていた。
月の気配だ――。
そうか、ニーノは心配していたんだ。
すごいなぁと、ぼんやり脳裏に浮かんだ。
「……あのね、お骨さまを焼いたのは人間なんだよ」
口にした途端、顔がくしゃくしゃにゆがむ。
「――竜さまに聞いたのか」
「竜さまはよく分かんないって言ってたけど、たぶんそうなんだよ」
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「お骨さまがかわいそう。人間のせいで死んだ木も草も動物もかわいそう」
やっぱり、やっぱり、悲しくてつらい。
竜さまが呼んでくれたのは嬉しいけど、とっても悲しい。
「エーヴェがしたんじゃないけど、エーヴェ、ごめんなさいしたい」
ニーノが立ち止まって、背中をとんとんと叩いてくれる。
「人間はとってもおろか! きらい!」
腹が立って、悲しくて、身体を揺すってニーノの肩を叩く。
「貴様が誇るのも、謝るのも、自分がなしたことだけでいい。竜さまも、お骨さまも、貴様がすることだけで、貴様を判断してくださる」
涙と鼻水で、息が苦しい。
「エーヴェ、貴様は愚かな人間にならなくていい。貴様の誇れる人間になれ」
何度も何度も、ニーノが背中をなでてくれる。
「貴様の好きな人間になれ」
声を上げて泣いた。
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