2.生きよ、生きよ
おしゃべり回続きます。
竜さまの首は上るより、降りるのが難しい。特に、角から首――人間だとうなじの辺りが、のぞき込むとひやっとする。今までは、竜さまに首を降ろしてもらって鼻から降りてたけど、今日はたてがみをしっかりつかんで降りてみる。
竜さまのたてがみはゆらゆら揺れて、私がひっついてても、ふわっと浮かんだり、揺れたりする。
私の体重なんて、あんまり関係ないんだな。
下を見ながら、手を放して次のたてがみをつかむ。ちょっと落ちる感じで怖いけど、うまくいった。また、手を放して次のたてがみをつかむ。
思ったよりずっと早く、首の根元に戻った。大満足。
「りゅーさま! エーヴェ降りられた!」
――上達したな。
ほめられた!
嬉しくて、うぉほっほをしていると、竜さまがのぞき込んでくる。
「りゅーさまは踊れる? こうやってね、お骨さまと踊ったんだよ!」
ばっ、ばっと竜さまが笑った。
――身が軽い! うむ、踊れるやもしれんが、ここではよそう。いろいろと壊れるゆえ。
竜さまが洞を見回した。天井が落ちたり、岩盤が割れたりしたら大変だ。
「りゅーさま、壊すのきらい?」
竜さまが、また、ごうごうと笑った。
――壊すのは、楽しいぞ。暴れるのも大変良い。火を噴いて、焼けただれる物を眺めるのも、たいそう面白い。
「おおお」
竜さまは、きっとなんでも壊せちゃうもんな。
「もう、暴れたり、燃やしたりしない?」
――さて、気分じゃな。わしが強いのは知っておるゆえ、ちょっと壊したところで面白くもない。壊したら、戻らぬであろう?
はぁあ! なんと偉大。
たてがみの中でじたばたする。
「あ、そうだ。人は、りゅーさまがほろぼしたの?」
少し気になっていたことを聞いてみる。竜さまは首を傾けた。
――ほろぼす? 全部殺したり、壊したりすることじゃな。ほろぼすは面倒なので、竜はせぬぞ。
「おおお!」
確かに、滅ぼすは、相手を選別して一つ残らず殺し尽くすこと。大変な労力だ。
――ほろぼすなど、よく思いついたのう。
竜さまにじっとのぞき込まれてはっとした。
いけない。これは、転生前の蛮族の思考。
「遺跡が燃えてたから、りゅーさまなのかなって思ったの」
――あれは人間が自分で壊したのじゃ。
「あー……」
やはり愚かな人間の仕業なのか。
――エーヴェは、ほろぼすが分かるのか? 人は自分も他の生き物もほろぼしてしまったが、どうやったのかも分からない。エーヴェは分かるか?
竜さまは首をかしげている。
金色の瞳はただ透き通って、私が一人ずつ映り込んでいる。
「どうやったのかは、エーヴェ知らない。――もしかして、人間が自分をほろぼしたときに、お骨さまって骨の身体になっちゃった?」
――む? 詳しくは分からぬが、確かに同じ頃じゃ。
愚かな人間どもが兵器を使って、星一つ焼いてしまったのだろうか。あああ、まったく迷惑な人間だ。
「うーん。ほろぼすはね、自分のしたいことの邪魔になる相手を殺すことなのね。人間は群れで生きてるから、群れを全部殺さないと、次に自分が殺されるかもしれなくて、怖いんだよ。それで、ほろぼすができるんだよ」
――ふむ。怖いのか。
竜さまは強いから、次は自分が殺されるかも、なんて恐れはないだろう。竜さまと戦おうとする生き物なんて……。
「あー! りゅーさま、人間はりゅーさまにひどいことしなかった?!」
人間は、周りの生き物にすぐにちょっかいかけるからな。
絶対なんかしてるぞ!
――そういえば、生まれたばかりの頃に、人間にケンカを挑まれたことがあるぞ。一生懸命わしを取り囲んで、すこぉし吼えたり飛んだりすると、わあわあ言うのじゃ。面白かった。
ふんす、と鼻息が上がった。
竜さまが楽しかったなら、よかった。
――一緒に遊んだこともある。だが、だんだんと、人間はわしらが分からなくなっていった。古老は、人が別の層に行ったと言う。人しか入れぬ場所をたくさん作って、自分たちだけで遊ぶのじゃ。騒々しく、まぶしくてな。わしは地下にもぐって眠った。あるとき、ずいぶんと大きな揺れがあって、妙じゃから、久しぶりに地上に出ると、すっかり生き物が消えておった。
目を見張った。
熱が出た夜見た夢が、ぱぁっと周囲に広がる。
砂に触れた痛みがよみがえって、震えた。
――あんな光景は見たことがなかったゆえ、驚いた。人がほろぼしたのだと古老に聞いた。草も鳥も人も何もないのじゃ。ほろぼすは、よく分からぬ。
「エーヴェも分からぬー……」
しょんぼりして竜さまにしがみついた。
たぶん、人間はそんなことがしたかったわけじゃない。しかし、がっかりだ。竜さまの世界から草や鳥や生き物を取り上げた原因が、人間なのは、とってもがっかり。
――エーヴェ、しょげるでない。
鼻で脇腹を押された。
思わず、にこっとなる。
「この森、りゅーさまが作った。すごい!」
ふわっと鼻息がほっぺたをかすめた。
――古老が連れてきてくださった。
「古老って偉い竜さま?」
――古老は、わしよりずっと長く、遠くまで生きている。今は唯一の、層を通り抜けられる竜じゃ。
層って何だろう。遠くまで生きるというのも、ちょっとイメージが湧かない。
――地上に出てから、待っても待ってもなーんの生き物も戻らぬゆえ、古老が別の層から連れてきてくださっているのじゃ。
「連れてくるの? どうやって?」
――知らぬ。じゃが、ときどき砂漠に落ちる。
砂漠に落ちる? おや、それって。
「エーヴェも? エーヴェも別の層から来た?」
――うむ。
ぽかんと口が開いた。
つまり、愚かな人間が世界をほろぼした結果、別の世界から生き物を連れてくることになり、結果、私はここに生まれた?
うあぁあぁぁああ……。
なんというか、なんというべきか。
竜さまに会えたことは嬉しいけど、その理由が、竜さまたちからいろいろなものを奪った結果なのは、たいへん苦しい。
「うー――」
竜さまの背中に顔を埋めてうなる。
――何をうなる?
竜さまの金の瞳。奥で赤紫のきらめきが揺れる。
「りゅーさまは、どうして人間も連れてきたの?」
竜さまが首を傾ける。
――元からここにいた者を、古老は連れてきてくださる。人は元からおったもの。
「でも、人はみんなをほろぼしたよ」
竜さまは、意味が分からないのか、目を細める。
「また、ほろぼすかもしれないよ。だから、人間は連れてこないほうが、簡単じゃないかな」
言いながら、少し悲しくなった。
――ふむ。だが、面倒じゃ。
「面倒?」
――連れてくるときに、いちいち、何を連れてくるのか確かめるのじゃろう? なにやら面倒じゃ。
……あ、そうか。竜さまから見れば、選別は滅ぼすのと同じなんだ。
「りゅーさま! エーヴェ、間違ってた」
――何を間違えたのじゃ。
人間が世界をほろぼしたから、私がここにいるんじゃない。
「古老の竜さまが連れてきたから、エーヴェがここにいる!」
竜に呼ばれて、一緒に生きようと誘われたのだ。
「嬉しい! エーヴェ、生きる生きる!」
ぴょいと竜さまの鼻鏡にしがみつく。
鼻息が温かい。
――そうじゃ。生きよ、生きよ。
楽しそうな竜さまの声。やはり、竜さまは偉大だ。
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