1.竜の名前
遅くなりました。ここから新章です。
翌朝、ニーノが朝ご飯を運んでくれて、みんなで食べた。そして、いつも通り、ニーノが告げる。
「鍛錬に行くぞ」
「やだ!」
竜さまの背中をよじ登って、たてがみの中に埋もれる。
「エーヴェ、貴様、何をしている」
「今日はりゅーさまとおしゃべりするもんね! 鍛錬はお休み!」
システーナが爆笑した。
「ま、今日一日くらい、いいんじゃねーの」
「俺は工房を見に行きますね、竜さま」
――うむ。
ジュスタは竜さまに見送られて、邸に戻る。
「がんばれよ、おちび」
システーナは背伸びをしながら、戻っていく。
ニーノだけが、こちらを冷たい目で見上げている。
「鍛錬が終わって、竜さまとお話しすればいいだろう」
「やだ! 今日はずっとりゅーさまとお話しする。昨日寝ちゃったから、いっぱいお話しする!」
「貴様が寝てしまったのは、鍛錬が不足していたからだろう。戻ってきて、竜さまに報告を終える力を――」
「りゅーさまとずーっと一緒にいるー!」
たてがみを頭に巻き付けて叫んだ。
しばらく沈黙して、ニーノの肩の線が少し下がる。
「竜さま、申し訳ありません。今日一日、エーヴェがついていてもよろしいですか」
――ニーノが謝らずともよい。エーヴェの話を聞く約束をしておる。
「りゅーさま、偉大!」
顔をたてがみにぐりぐりとすりつける。
うわーい、竜さまの匂い! 薬湯の匂いが取れて、竜さまの匂いが分かる。
「お願いいたします、竜さま。エーヴェ、貴様は少し落ち着け」
「はーい」
ニーノが洞を出るのを見送りながら、竜さまの首をたてがみ伝いに登る。
珍しかった物や出来事を、順番に話していく。
森のこと、虫のこと、星のこと、月のこと、砂漠のこと――。
「お骨さまがね、りゅーさまとお友達って言ってたよ」
やっぱり何より、お骨さまだ。
――うむ。旧き友だ。
竜さまの角の間にたどり着く。
「ふるき? 昔から? じゃあ、お骨さまに肉があるとき会ったことある?」
――あるぞ。
「どんな? お骨さま、どんな竜だった?」
竜さまの目をのぞき込むと、竜さまが少し頭を傾けた。
――ふむ。……エーヴェは広い水面に、日の光がぎらぎらと輝いておるのを見たことがあるか。かつて、あやつはそれに似た鱗をした竜でな。思慮深く、穏やかな性格だった。
「しりょぶかい!」
今のお骨さまとは、だいぶ性格が違う。
――思慮深いからこそ、骨の身であれほどよどみなくいられるのだろう。
金の瞳の奥に、紫色の光が散っている。
「お骨さま、とっても優しくて楽しかったよ。ビックリさせるのが好きだから、ちょっと危ないけどね! 一緒にここに来て欲しかったけど、森はこそばゆいんだって」
ふわっと鼻息が上がる。
――あやつらしい。いつかまた、遊ぶといい。
「はい!」
今度は竜さまも一緒に会えるといいな。お骨さま、きっと大喜びでおおはしゃぎする。
危ないから額に戻るように言われて、角の付け根に座りこんだ。
「りゅーさまは、お骨さまがお骨さまになる前に、会ったことあるんだよね? その頃、お骨さまって、なんて呼ばれてたの?」
――ふーむ。
お骨さまと言うからには、今の外見になってからの名前のはずだ。素朴な質問に、竜さまはしばらく考え込んだ。
「りゅーさま、忘れちゃった?」
――覚えておる。しかし、それは人には出せぬ音ゆえ、伝えようがない。
「ほえ? りゅーさまたちの言葉?」
――人は白銀の龍神だとか、シルバードラゴンだとか呼んでおったはずじゃ。
おおお、かっこいい。
つまり、竜と人が共存してた時代があるんだ。
「りゅーさまたちはなんて呼ぶの?」
――そうじゃな……。簡単にすれば、カラルクリハ――というところか。
「カラルクリハさま!」
ばっ――
竜さまが笑って、慌てて角にしがみつく。
――おお、すまぬ。……どうにも奇妙に聞こえるのう。クァラル、くらいが良いようじゃ。
ふわ、ふわっと鼻息が上がる。
竜さまたちの言葉を、無理に人間の音に合わせた名前ってことだな。
そこで、はっとした。
「りゅーさま! りゅーさまもお名前ある?」
――む?
竜さまは、竜さまの言葉のお名前があるはずだ。
「エーヴェ、りゅーさまのお名前が知りたい」
――確かに、わしも名前があるはずじゃな。
わくわくしながら、答えを待つ。
――うむ。呼ばれることがないゆえ、忘れた。
「ええええええー? エーヴェ、りゅーさまのお名前呼びたい!」
――ふーむ。困ったのう。
いやいや、困るのは私です!
名前忘れるってどういうことだ? そんなに他の竜と話さなかったんだろうか? 確かにお骨さまが、竜さまは動かないって言ってたけど。
「あ、お骨さまは? クァラルさまは知ってる?」
――うーむ。あやつは自らの名も、覚えておるかあやしいぞ。
竜さま、人のこと言えません。
名前、名前かあ。
「りゅーさま、名前は誰からもらうの? 親?」
自分の言葉に、疑問がわいた。
「あれ? りゅーさま、どうやって生まれるの?」
柔らかな鼻息が上がる。
私の混乱を見透かしているみたい。
――竜は一人で生まれる。親は卵を産み落としてすぐ去るゆえ、親も子も互いを知らぬ。
「え! りゅーさま、両親知らない! エーヴェと一緒!」
ふわっとまた鼻息が上がる。
――そうじゃ。しかし、竜の親は一人じゃな。
「……おお!」
つまり、竜さまは単性か。
――竜は、卵を割って世界に触れた瞬間、一つの音が与えられる。それが名だ。名を知るのは、その竜だけだ。誰も呼ぶことがない名ゆえ、気にすることはない。
不思議だ。誰も呼ばない名前に、どんな意味があるのだろう。
――名前は他の竜から与えられる。竜は同胞の誕生を、世界のどこにいても感じることができる。皆で新しい竜の名前を決めるのじゃ。もし出会えば、その名で呼ぶ。
竜さまたちは、他の竜の存在を感じ取れる。だとしても、どうやってみんなで名前を決めるんだろう? 竜さま集会?
「じゃあ、りゅーさまが他の竜さまに聞いたら、お名前分かる?」
別々の場所にいる竜さまみんなで名前を決められるなら、今、他の竜さまに聞けばいいのでは? テレパシーみたいなのだよね、たぶん。
――すべての竜とやり取りできたのは、ずいぶん昔の話じゃ。今は、ひずみが大きい。じかに会って尋ねるしかないのう。
そうか……。
そうか!
「りゅーさま! りゅーさま! エーヴェ、いいこと思いついた!」
竜さまのお耳に近寄って、こっそり話す。
「あのね、エーヴェいろんな竜さまに会いたいんだよ。だから、エーヴェが強くなって、りゅーさまが飛べるようになったら、一緒に、他の竜さまに会いに行くの! そして、りゅーさまのお名前を聞く! とても素敵!」
――なるほど。それはおもしろいな。
わくわくしてきた。竜さまの額の上で、うぉほっほを踊る。
「りゅーさま! エーヴェ、強くなるね! だから、りゅーさま、一緒にいろんなところ行こうね!」
竜さまは、私の変な動きが気になっているみたい。鼻を上げて下ろし、上げて下ろしする。
――巣立ったなら、どこへでも行くがいい。
しばらくして届いた言葉に、びっくりして耳につかまった。
「だめだめ! 違うよ! りゅーさまと一緒に行きたい! お骨さまも、りゅーさまと一緒に会いたかった!」
耳を覆う柔らかな毛を、ぎゅっとにぎる。
楽しかったけど、やっぱり竜さまと一緒がいい。
――ふむ。そうだな。しばらくここで根を生やしておったゆえ、世界がどう変わったか、見に行くのもよい。
とっても気楽な答えだ。竜さまも旅に出たいんだ。
不思議と、ほっとして、うぉほっほを再開した。
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