おまけ 小休止
遅くなりました。次章に入る前のとりとめないエピソードです。
帰りもヒカリゴケの上で一晩明かし、今度は沢伝いに森を下った。蔓植物が絡み合って作った橋をたどる。だんだん蔓が細くなり、縄ばしごやロープに代わった。
そうか、普通のサイズに戻ってるのか。
日が傾きだした頃、目に入った岩の形にぴんときた。
「あ! ここ、来たことある!」
鍛錬で通る場所だ。
急に元気になって、自分でも驚いた。知っているというのは、こんなに心強い。
「エーヴェ、分かるよ! こっち!」
「そうか、じゃあ、あとはエーヴェに案内してもらおう」
「いいよ!」
ジュスタとシステーナの前に立って歩く。まだ遠いが、夕暮れ前には邸に着く。
よく知っている。近づいている。不思議と胸がどきどきする。
邸が見えて、駆け出した。
「転ぶなよー」
システーナの声を背中で聞く。
邸の入口にリュックサックを捨て、竜さまの洞への道を上る。
ゆらゆらとたてがみが見えて、心が明るさでいっぱいになった。
「りゅーさまー!」
こちらをとらえた竜さまの瞳が、きらきらしている。
――エーヴェ。
お鼻挨拶のために、顔を降ろしてくれた竜さまにしがみついた。
柔らかい鼻息が、二回、ほっぺたをなでた。
「りゅーさま! ただいま帰りました!」
――うむ。よく戻った。
嬉しさでびりびりする。竜さまから離れて、両手を挙げて飛び跳ねる。
「りゅーさま! りゅーさま!」
金の瞳がこちらを見ているから、もっと嬉しくて飛び跳ねた。
「騒がしい。貴様、小汚いまま跳び回るな」
洞によく通る声。
「ニーノー!」
後ろ手を組んだ立ち姿。ちょっと懐かしい。
「竜さま、ただいま戻りました」
システーナとジュスタも洞に入ってくる。
「ニーノ! ただいま帰りました!」
ぴょんぴょん前に行くと、ニーノが頷いた。
「よく戻った」
「はい!」
「ニーノが風呂を用意してくれたんだってさ」
システーナの言葉に、固まる。
「ふろ?」
確かめようと見上げると、冷たい視線が見下ろしていた。
「正確には薬湯だ。来い」
「竜さま、さっぱりしてから、また来ますね」
ジュスタが竜さまに挨拶する。
「――貴様ら、日に焼けたな」
歩きながら、システーナとジュスタを見る。確かに肌が黒い。
「たぶんねー、お骨さまといっぱい遊んだから!」
「お骨さまにお会いしたのか。ご壮健でいらしたか?」
「お!」
びっくりして、口が開いた。
ニーノの口の端がちょっと上がってたぞ? 微笑った?
「なんだ?」
あれ、せっかくの微笑みが消えてしまった。
「ニーノ、今、笑った! 珍しい」
「お骨さまのことが好きじゃない奴なんて、いねーからな」
システーナがにやっと笑い、ニーノは頷く。
「お骨さまはとっても元気でゆかいだった! 一緒に踊ったよ!」
「失礼はなかったな?」
「ないよ! みんなで踊って楽しかった!」
「それはいい」
ニーノは頷く。やっぱりちょっと微笑っている。
邸の前に用意されていた大小の桶に、それぞれつかる。
「きもちぃー!」
「あー――!」
「……くさーい」
いろんな植物のかけらが浮いた沼色の液体で、お風呂とはほど遠い印象だ。
「しっかり頭までつかれ」
みんなが脱ぎ捨てた衣類を拾いながら、ニーノがにらんでくる。
「おちびのおこぼれだな」
「ありがとうございます、ニーノさん」
「礼はいらん。必要だから、用意した」
大人二人は、にこにこしている。これはニーノが一人で沸かして運び入れたんだから、とっても大変だったに違いない。お礼を言う価値はあると思う。
「ニーノありがとうー」
「貴様は頭をしっかり洗え」
言われたとおり、お湯の中で頭をゴシゴシする。
薬臭いのはともかく、温かい液体に頭までつかるのは気持ちいい。
しかも、頭上は満天の星だ。
ぼやーっと眺めていると、だんだん身体から力が抜けていく。お湯としてはぬるいけど、気持ちよくて眠くなる。
目蓋が落ちて、ずるりと桶に沈みそうになった瞬間、首を支えられた。
「眠るな。もう出なさい」
引っ張り出されて、布を渡される。お湯で洗ったりせず、そのまま拭いて清潔な衣類を身につける。
すがすがしい。
なんだこれは、今までにないすっきり感。
「ニーノ、ぽかぽかする。頭もすーっとする」
「そうか」
「ニーノ、いい湯だったー」
システーナも服を替えて、ほかほかになっている。
「そうか。何よりだ」
「これ、一人一人違う薬湯ですよね?」
「当然だ」
「え、そーなの?」
ジュスタとシステーナは嬉しそうだ。一方、ニーノは顔色を変えない。
――皆、すっきりしたようじゃ。
竜さまの金色の目が細められている。目の奥が、深みのある緑に見えた。
「エーヴェ、お風呂初めて! すごくすっきりしたよ」
足が軽くて、竜さまの洞がいつもより近く感じた。
みんなで夕飯を持って竜さまの洞に戻って、竜さまの近くにゴザを敷いて、あぐらをかいた。
カゴから出てきたのは、定番の葉包み焼き。でも、葉を剥いてびっくりした。
「すごい! 三つもある!」
ご飯に焼いた魚のほぐし身を混ぜた物、薄塩味の豆とご飯、ちょっと酸味がある木の実とマッシュしたイモ。レモンの香りがするお茶もあって、とっても豪華だ。
「ニーノ、すごい人……」
「そうなんだよね」
ジュスタはにこにこして、イモの葉包み焼きを食べている。システーナは竜さまに葉包み焼きを見せていた。
「それでねー遠くになると、木とか虫とかが大きくなるんだよ」
お腹がいっぱいになって、竜さまのふかふかな毛を背もたれにして、今回の冒険について話す。
いっぱい話したいことがあるのに、かくんと首が折れた。
「あ! あのね、お骨さまがね、きょきょきょきょきょ……」
また、かくんとなって、はっとする。
――今日は休むが良い。明日、また聞こう。
「やだー」
頰を膨らませて、左を見るとジュスタがうっとりしている。右を見ると、システーナがぼーっとしている。上には竜さまのお顔が見える。
「りゅーさま」
――何じゃ?
もう起きているのか寝ているのか分からない。
温かい布にくるまれたような、竜さまの首に抱かれたような心地がして、嬉しかった。
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