20.賑やかは続かない
お骨さまが楽しくて、長くなってしまいました。
目が覚めた。寝るときに私をはさんでいた大きな二人は、いなくなっている。
ジュスタは火の世話をして、お湯を沸かすようだ。
寒くて布を巻いたまま、支柱を立てて張った布の下から出る。
「おはよう」
「おはよー、ジュスタ」
ジュスタもシステーナも早起きだ。まだ、空の半分にはうっすら星が残っている。月は、白くなって黄色い砂にほっぺたをつけていた。
はっとして、ぶんぶん首を振る。
「お骨さまは?」
「近くにいらっしゃるよ。探すか?」
「はい!」
布をかぶったまま、砂丘を登った。昨夜踊り狂った跡が、微かに残っている。
一晩で、こんなに薄くなるのか。
触ってみると冷たくてしっとりしている。寒暖差で水分が集まっているんだ。
「お骨さまー!」
砂丘のてっぺんに立って、呼んでみる。
砂丘の向こうに光があふれた。赤く溶けた太陽が昇ってくる。
遠くから、システーナの歌声も聞こえてきた。広いところで聞くと、本当に身体が吹き飛ぶような声だ。
――竜さまも聞いてるかな?
竜さまが金色の目を細めて、白いたてがみをなびかせている姿が思い浮かんだ。
ちょっとさみしくなる。
頰を膨らませて、砂に指で竜さまを書いた。
しっぽの線になったとき、指に固いものが触れた。白が砂の下からのぞく。
ぱたぱたと砂を払うと、白くて長い。
「…………あ!」
気がついた瞬間、地面が盛り上がった。
うわあああああ!
思わず、手近な支えとつかんだのは、羽の先っぽの骨だった。
これはまずいぞお。
湿り気でつながっている砂の塊を頭に乗っけて、お骨さまがこっちに首を向ける。
――よう見つけたなぁ、エー……、エーヴェ!
「おほねさまー!」
かぶってた布が、ふわーっと砂丘に向かって落ちて行った。お骨さまの頭に乗った砂の塊も、もろっと崩れて落ちて行く。
めちゃくちゃ高い! めちゃくちゃ高いから!!
――驚いたか?
「び――っくりだよ!」
お骨さまは嬉しそうに跳ね始める。
怖い、怖い! 落ちる!
「お骨さま! エーヴェは降ろしてください!」
ジュスタの大声に気がついて、お骨さまはようやく降ろしてくれた。
分かったこと。お骨さまは、ビックリさせるのが好き。覚えるのは苦手。
「お骨さま、隠れるの上手だね」
話す間も、何度もエーヴェと繰り返している。
――砂に埋もると見えぬじゃろう?
ゆあん、ゆあんと尻尾が揺れている。
「全然見えないから、どこか行っちゃったかと思ったよ」
――まだ遊びたいのじゃ。
「エーヴェもー!」
両手を挙げて同意する。
「はいはい。まずは朝ご飯だよ」
ジュスタに呼ばれて、火の側に戻った。
お骨さまの下に入って、背骨を見上げる。青い空に、大きな骨が浮かんでいるようにしか見えない。
あばら骨の洞は大きい。いちばん大きいシステーナでも、屈まずに立てるくらい。
「お骨さま、エーヴェたちがいても嫌じゃない?」
――すこぉし、こそばゆい。
お腹を見下ろすお骨さまを見て、システーナがにやっとする。
ピンときて、飛び跳ねた。システーナやジュスタががちゃがちゃ動くと、お骨さまは羽を動かした。
きょきょきょきょきょ……
あの音がする。
――やめい、やめい! こそばゆい!
お骨さまが走り出したので、みんなで追いかける。
「――あぶ!」
こけた私をジュスタが拾い上げる。そのまま、システーナにパスされた。
速い、速い。
楽しくて、勝手に笑い声が上がった。
「お骨さまー! 追いつきますよー」
ジュスタがはやすと、お骨さまは尻尾をふりふりして、ぴょんとその場で跳ねた。
どっ、ざぁー――ん
砂が舞い上がり、お骨さまの身体が砂漠に吸いこまれる。
「あー、泳ぐのかー!」
システーナが笑い混じりに叫ぶ。
羽をぴったり閉じて、身体をくねらせて砂漠を進んでいく。砂漠の上に伸ばした首をこちらに向けて、口を開けてみせた。
……すっごく嬉しそう。
「ジュスタ、羽つかめ」
「はーい」
折りたたんだ羽の高いところが、砂の上に出ている。システーナは跳躍し、ジュスタはフックを投げて飛んだ。
「あー、砂は蹴りづれー!」
文句を言いつつ、なんとか羽をつかむ。ジュスタも、もう一方の羽に取り付いている。
「砂漠泳げるの、すごいねー」
――そうじゃろう、そうじゃろう。
追いかけっこはすっかり忘れたのか、お骨さまは悠々と泳ぐ。
「砂はこそばゆくないの?」
――む?
お骨さまは砂に顔を寄せ、砂に潜る。
「あー! だめだめ、お骨さ――うぁ!」
システーナが慌てて叫んだ。
首から肩、羽……と砂に潜り、私たちは砂に衝突する。お骨さまの骨はきれいに砂に吸いこまれるのに、私たちは熱い砂の上に転がった。
――むむ? エーヴェ、シス、ジュスタ?
お骨さまの声が、砂丘の向こうから聞こえる。
「お骨さま、こっちだよ!」
お骨さまが戻ってきて、首をかしげた。
――砂はこそばゆうない。
「そっかぁ」
ぐるぐると私たちの周りを泳いで、様子をうかがっている。もう追いかけっこしないのかな、って顔だ。
「エーヴェ、あれはどうだろ」
息を弾ませていたジュスタが、その場に身を起こす。
「あれ?」
「ボール」
あ、そうだ。テーマイが気づくように、ボールを持ってきていた。
リュックから引っ張り出して、詰め物を取る。跳ねる度、鈴がちりちり鳴って周りに迷惑だからと、ヒカリゴケから出発する前にジュスタが入れた。
「お骨さま、見てみてー!」
――何じゃ? 小さいのう。
「ボールだよ! ジュスタ!」
ひょいっと投げると、リフティングの要領で、ジュスタがボールを蹴り返してくれる。
「おおー!」
システーナと一緒に拍手する。
――おお? 面白いのう!
ジュスタ、上手になってる。
「あたしもやるー!」
システーナも立ち上がった。
「お骨さまー!」
お骨さまに投げる。頭が動くが、ボールはすかっと通り抜ける。システーナが走って、ボールを蹴り上げた。
お骨さまが羽を振る。また、すかっとボールが飛び越えていく。ジュスタが滑り込んで蹴り上げた。
ボールが小さすぎて、お骨さまの骨にはうまく当たらない。
でも、お骨さまは愉快そう。
砂から姿を見せて、ボールを骨に当てようと一生懸命だ。ときどきかつっと骨に触れて、ちりんとボールが鳴ると、しばらくぴょんぴょんしている。
お骨さまが空振っても、ジュスタとシステーナの身体能力が高いので、かなりの確率でボールはこちらに戻ってくる。それで、何度もお骨さまにボールを投げた。
勢いよく広げた羽が、たまたま良い具合にボールにヒットした。
「あ!」
「わ!」
きれいな放物線を描いて、ボールが砂丘の彼方に消えていく。
――おお! おお! 飛んだぞ!
お骨さまは、ひょいひょい飛び跳ねた。
「ボール……、飛んでっちゃった」
呆然とボールを見送って、呟く。
こんな砂漠で、あんな小さなボールが見つかるのだろうか。
「大丈夫、探そう」
なだめるように頭をなでられる。
「方向は分かるから、大丈夫だろ」
システーナも駆け出した。お骨さまが首を左右に振る。
――何じゃ? どうした?
「ボール、あれ一つなの。見つかるかなあ?」
走り出しながら、お骨さまを見上げる。お骨さまはしばらく尻尾を揺らしてから、とんとんと軽く走り出す。
――案ずるな。造作もない。
頭を目の前に降ろされる。乗っていいってことかな?
乗ろうとしたけど、どこもうまく座れそうにない。お骨さまが、牙をすり付けてくる。リュックが、牙に引っかかって宙ぶらりんになった。
――こっちじゃ。
軽々と砂丘を登り降りして走って行く。ジュスタとシステーナも追いかけてくる。
――聞こえるであろう?
お骨さまが言うので耳を澄ましてみるけど、風の音と、お骨さまの骨の音しか聞こえない。
「何が聞こえるの、お骨さま?」
――ボールの音じゃ。転げておる。
まったく分からなかったけど、行く先に小さな影が動いた気がした。よーく目をこらすと、風に合わせてころころ動くボールだ。
「あれだー!」
――あれじゃー!
お骨さまが踊るように尻尾を振って、ボールに向かって突っ込んだ。
いっぱい遊んで日が暮れて。
――もう行くのか? もう帰るのか?
骨の竜が、砂の上でぐねぐね身体をくねらせている。
システーナが明日帰るから元の辺りに戻りたいと告げてから、お骨さまはぐねぐねしている。
「ちゃんと砂漠の準備をしてないので、水が足りないんです」
「水がないとあたしら死んじゃうからさ」
好き放題に走り回ったので、遺跡からはずいぶん離れているらしい。
――死ぬのは大事じゃ。
お骨さまはゆっくりと首を起こして、砂に沈みこむ。
――送るぞ。つかまるが良い。
お礼を言って、みんなで砂から突き出た羽の骨に乗る。
「お骨さま、りゅーさまのところに遊びに来たらどうかな?」
ぐんぐん過ぎていく砂丘を眺めながら聞いた。
いっぱい走って、砂まみれで、ちょっと眠たい。
――森はいろいろな物があるゆえ、こそばゆいのじゃ。
「そうかー」
じゃあ、一緒に来るのはなしか。
「お骨さまとお別れするの、寂しいな」
「また来ればいいさ」
頰を膨らませると、システーナが頭をくしゃくしゃした。黄色い砂がいっぱい落ちる。
――わしもさびしいのじゃ。わしは賑やかが好きじゃが、賑やかはすぐ終わるのう。
「砂漠だって、鳥やらトカゲやらいますから、仲良くなさればいい」
ジュスタが穏やかに言うと、お骨さまはふわふわと左右に頭を振った。
――皆、すぐに逃げてしまう。
想像だけど、それってお骨さまがハイテンションで動き始めるからじゃないかな?
「……お骨さま、りゅーさまはね、あいさつして相手が安心するまでじっとしてるよ」
テーマイがお鼻挨拶したとき、落ち着くまで待っていた。
「そうしたら、あとでりゅーさまがとっても大きいって分かったときも、ディーはりゅーさまの周りでぴょんぴょんしてた!」
――ふーむ。じっとするのか。
「そう! あいさつしてじっとする。やってみてー!」
あいさつしてじっとする。お骨さまは、何度も繰り返している。
星の沙漠を渡って、初めてお骨さまと会った場所まで戻り、夜を明かした。
翌朝、起きると、お骨さまはもういなくなっていた。
「探す時間はない。行くよ」
「……はーい」
遠くから、きょきょきょきょきょ……というあの音が聞こえた。
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