19.火の周りでうぉっふぉっほお
お骨さまの首の骨にしゅるん、と縄が巻き付いたように見えた。
「あー、なるほど、こういうことですか」
ひらっと影が過ぎて、砂丘にずぼっと埋まる。黒い髪がふるふる揺れて、黄色がこぼれた。
「ジュスタ!」
「咆哮が聞こえたから、びっくりしましたよ、お骨さま」
砂からはい出して、ジュスタがにっこりする。
――おお! ジュスタ! 久しいのう!
とーん、とーんとお骨さまが後ろ肢だけで飛び回った。
――シスに、エーヴェに、ジュスタじゃ!
すごく嬉しそう。つられて、一緒にぴょんぴょん跳ねる。
「もう竜さまの庇護が弱まる範囲なのに、砂漠に行くってのはこういうことだったんですね、シスさん」
「お骨さまがいらっしゃれば、庇護は十分だろ」
「教えてくださいよ。俺だって、お骨さまに会えるならすぐ来たのに」
ジュスタが両手を振ると、お骨さまが、がぶんと来る。
次の瞬間には、顎の骨に腕を掛けて、ジュスタは高く持ち上がっていた。
「おおー!」
さるわたり――雲梯だっけ? の要領でジュスタはすいすいとお骨さまに登って、頸椎にまたがった。
「エーヴェも乗りたーい!」
「任せろ」
システーナが私を抱えて跳び上がる。肩甲骨に乗っかって、脊椎に降ろしてくれた。
お骨さまが歩くに連れて、ゆらんゆらんと足が揺れる。下がスカスカだからお腹がくすぐったい。
「すごーい! すごーい!」
――さよーか、さよーか。
ご機嫌でお骨さまはずんずん歩く。西に広がる砂丘が、少し朱色に映えている。
日が傾いていた。砂丘の風紋がくっきりと浮かび、でもずっと変化している。
「砂漠、きれーだねー」
うっとり呟いたら、ふわっと支えがなくなった。
「――ふ、きっ?」
お、ちる!
がっちり抱きかかえられ、ほっとした。システーナが、ちゃあんと着地する。
ぼすん、ぼすんと落下の音。
ジュスタは落っこちて、砂をぺっ、ぺっと吐き出している。
「いやー、絶対やるだろうと思った」
――なーんじゃ、ジュスタしか落ちておらん。
「あぶないよ! お骨さま!」
抗議するが、めきめき元に戻ったお骨さまは、悪びれない。
ジュスタは頸椎を放さなかったので、そのまま元の位置に戻っていく。
「戯れがお好きですね、お骨さまは――うわっ!」
砂を払いながらジュスタが言うと、またお骨さまは崩れた。
ぼす、ぼす、ぼすん
まったく、子どもみたいだ。
夜が来る前に、火を焚いた。
砂漠は冷えると、ジュスタから厚手の布でぐるぐる巻かれる。
雑穀の粥を作るジュスタの手許を、お骨さまはのぞき込んでくる。
「お骨さまはご飯を食べる?」
――食べぬ。腸がないゆえ、飢えもせぬぞ。
「だったら、そんなにのぞき込まないでください」
ジュスタがハエを払うみたいに腕を振るう。
お骨さまはふてくされたように近くの砂丘に頭を埋めた。ぴょんぴょんと、いもむしジャンプで近寄る。
「疲れたり、眠くなったりはする?」
――眠くはなるぞ。疲れはしばらく経験がない。
「ふおー!」
肉体がないと疲れないのか。寒いとか暑いとかも関係ないのかな。
ぴょんぴょんしてると、お骨さまも面白くなったのか、ぴょんぴょんしはじめた。
――うぉっふぉっほお、うぉっふぉっほお。
尻尾の骨で上手にバランスをとって、後ろ肢の左、右と重心を移して、跳ねる。
「お骨さま、おじょーず!」
楽しくなって、布をはねのけ、うぉっほっほ、とくるくる回る。お骨さまも、その場で回る。
ひょわー! ドラゴンと踊れちゃうよ!
「なーに、楽しいことしてんだ?」
森に戻っていたシステーナが、果物を置いてひょーいと飛び込んできた。
システーナも、うぉっほっほし始めたので、ジュスタも我慢できなくなったみたい。
焚き火の明かりの中、みんなで跳ね回る。舞い上がった砂が赤い火に照らされ、きらきら光った。
「たのしー!」
利き足を軸に、くるん、と回る。
――おお!? おお!
お骨さまは首を上げ下げしてから、少しして、尾てい骨を軸にぐるん、と回った。
持ち上げた両足と尾から、ひゅんひゅん風を切る音がする。
「すごー――い!」
「かっこいー!」
「わー、お見事」
ちょっとブレイクダンスっぽい。スカルドラゴンのブレイクダンスなんてスケールがすごい。
みんなでくるくる回って、目が回って、そのままぶっ倒れた。
すっかり星が散った空。東側が明るい。
ああ、月だ。
砂漠の地平線から、他の星より明らかに大きい、円い光が昇っている。
満月じゃないな。ちょっと欠けている。
うーん、やっぱり、転生前に見た月じゃないなぁ。
うさぎやカニの爪に見立てられる、あの模様じゃない。クレーターで作られる模様はあるけれど。
「うわ、吹きこぼれる!」
ジュスタが叫んで、身を起こし、晩ご飯になった。
火の暖かさが気持ちいい。
お粥のつぶつぶを口の中で潰しながら、お骨さまを見る。骨だから表情が分からないと思っていたけど、今は、ふくふくしている。
竜さまと仕種に共通点があるから、なんとなくそんな気がするんだな。
でも、竜さまが尻尾を軸にくるんと回ってくれたら、あまりのことに卒倒するかもしれない。
「お骨さまの側に、付き人はいない?」
――わしは親竜になるほど、力が強くないのじゃ。骨じゃもの。
お骨さまは首をかしげる。
――力の強い竜ならば、落ちてきた子らを拾って育むことができるが、わしはほんの小さな範囲しか力が及ばぬ。
「落ちてきた子って、エーヴェみたいな?」
――人に限らん。しかし、エーヴェもそうじゃ。
人だけじゃない? ってことは、動物や植物もなのかな。
「りゅーさまは力が強い?」
――強いぞ! 大きい上に、何しろ、長いこと同じ場所に留まれるのじゃ。
同じところに留まれる? どういう意味だ?
システーナが持ち帰った果物にかぶりつく。
果汁が口いっぱいに広がって、にっこりした。
――わしは、じっとしておるのが苦手じゃ。ヒナがおっても、どこぞに行きたくなる。しかし、わしと共に来られるならば、それはヒナとは呼ばぬのじゃ。
お骨さまはしょんぼりしている。
確かに、お骨さまについて行けるのは、もう巣立った――システーナやジュスタみたいな人だけだろう。でも、お骨さまは骨だ。じっとしていたら、もうお骨さまでいられるのかなんだか心配になってしまう。
「りゅーさまは動かない」
同じところに留まる力は、性格なのだろうか。
あの広大な森は、竜さまがあの洞に長く留まって、庇護を与え続けているからできた。
どのくらいの時間がかかったのだろう。
山ができるくらいの時間?
想像もつかなくて、星を見上げた。
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