18.悪い骨
――ばぐん。
目の前で、上顎と下顎の骨がぶつかる。
――た、食べられた!
ショックで口がぽかんと開いた。
信じられない。
暗くなった世界で瞬くと、光が落ちてきているのに気づく。骨だからスカスカで、見上げたらゆがんだ楕円の空が見えた。
「シスー!」
もう一度、力いっぱい呼ぶ。
「はーいー。お骨さま、もうおしまーい!」
明るい声がした。
私を取り囲んでいた骨が上がっていく。
ぽかんと見上げていたから、口の中に砂が入って吐き出した。
――顎の骨ってU字型だから、つかまらないのかぁ。
それでも、訳が分からない。
スカルドラゴンが首を曲げてこちらを見る。
――どうじゃ? 恐かったか?
竜さまと同じように、声が聞こえた。
「……恐かった」
ぽそっとこぼすと、スカルドラゴンは両翼を伸ばして、羽ばたく。
ひゅ、ひゅん――
きょきょきょきょきょ……
骨が風を切る音と、変な音がする。
――さよーかさよーか。面白かったじゃろー!
声は上機嫌だ。隣に来たシステーナの顔を見て、はっとした。
「だました! エーヴェだましたー!」
「うーん。お骨さまがかっこよく会いたいっておっしゃるから」
システーナをまじまじと見上げ、改めてスカルドラゴンを見る。
「おほねさま?」
――うむ、わしじゃ。
なんと!
「おほねさま、――悪い!」
恐かった分、怒りがぶかぶか湧いてきて、地団駄踏んだ。
「エーヴェとっても恐かった! かっこよくない! 悪い!!」
――何じゃと!
びっくりしたお骨さまが、こちらに首を垂れる。
――わしは悪い骨でないぞ? かっこ悪いのか?
表情がない骨のくせに、なんだかしょんぼりしてるみたいだ。
「おほねさま、かっこいい! でも、エーヴェだましたのとってもかっこ悪い!」
「さんせーい! お骨さまはかっこいい!」
ぎっとシステーナをにらむ。
「システーナ、嘘ついた! とっても悪い!」
「え? そ、そうか?」
「きっとシステーナは面白がった! 悪い!」
「あ……、わ、悪かったよ」
ピンクサーモンの瞳が泳いでいる。
ぷいっとして、お骨さまを見上げた。
「砂漠からざーって出てくるお骨さま、かっこよかった! 歩くのも、羽動かすのも、かっこいい! でも、わざと恐がらすのは間違いだよ!」
お骨さまは、しょぼーんと顎を砂丘にめり込ませる。
――ふーむ。わしはかっこいいのに、間違ったのじゃ……。
砂丘を前肢で抱え、ざばっと顔を上げる。
飛んできた砂に顔をかばった。
――よし、よし! 間違いがわかったぞ! もう安心じゃ。そなた、賢いのう。
「――エーヴェだよ!」
エーヴェと、繰り返しながら、砂丘の周りをぐるぐると回る。
――エーヴェじゃ! 覚えたぞ!
とっても嬉しそうで、こっちまで嬉しくなる。
「お骨さま! エーヴェも覚えたよ!」
――エーヴェ、よく参った。どうじゃ、この世界は?
「楽しー」
――ふふん。そうじゃろう。エーヴェの親竜は、とりわけ寛大で温厚じゃからな。
おや? それは竜さまのことだよな?
竜さまを褒められて、にやにやする。
「りゅーさま、いいお方! お骨さまも知ってるの?」
――当然じゃ! わしらは友じゃ!
きょきょきょきょきょ……
お骨さまがまた羽を震わせて、さっきの変な音がした。
「おおー! りゅーさまのお友達!」
いろいろお話しするぞ!
襲われないと分かってしまえば、お骨さまと遊びたい十割エーヴェだ。
お骨さまは一所にじっとしていられないタイプなのか、歩き始める。私の脚では追いつけないので、システーナに肩車してもらった。
「お骨さまは、どうして骨だけなのに動けるの?」
――ふむ? 動ける理由とはなんじゃ? シスもエーヴェもどうして動けるのじゃ?
腕をむきむきと動かしてみせる。
「エーヴェもシスもね、肉がね、つながってるの!」
お骨さまは、私をしげしげと見て、自分をきょろきょろと見る。
――おお! わしはつながっておらん!
「まあ、お骨さまだもんな」
システーナがツッコミだ。珍しい。
――ふーむ。なぜじゃ?
お骨さまも分からないのか。
「最初から、お骨さまは骨だった?」
お骨さまは、首を上下左右に曲げたり伸ばしたり……。
考えているんだろうか?
――いや。昔は肉もあったぞ。空も飛んだぞ。
ご、ごお――っ
後ろから聞こえる風切り音は、尻尾の骨が作る音らしい。骨の尾も左右にぶんぶん揺れている。
――あれは、いつじゃ? ひなたぼっこをしておったら、ひどい熱と光で、焼けたか溶けたか……。
ぴくっと体が跳ねた。
「――おちび?」
システーナにぷるぷると首を振る。
――竜を溶かすなど、お日さまが落ちてきたのかのう?
遺跡のことも考えると、とてもいやな想像が浮かぶ。
「……お骨さま、痛い?」
お骨さまがぐいっとこちらに頭を寄せてくる。
――ほう! エーヴェはわしを心配しておるぞ! 優しいぞ! よい、よい!
嬉しそうに首をふりふりする。
なんか、こういうおもちゃあった気がする……。
――痛くない! 気がついたら、身体が軽くなっておった。いろいろ忘れたゆえ、頭も軽くなった。
「お骨さまは本当に身が軽いんだぜ」
眺めてみると、こんな大きな身体なのに、ほとんど砂に埋まっていない。
「足跡、シスの方がくっきり」
「そうだなー」
お骨さまも足跡を見たらしい。
――ふーむ。つながっておらぬが、動く。昔あった肉が消えて、こんなに軽い。もしや、わしは死んでおるのでは?
え?!
「そんなことないよ! お骨さま、生きてるよ!」
慌てて主張したが、お骨さまはなんとなくしょんぼりしてる。
「お骨さま、大丈夫! 元気で、かっこいい!」
――そうかのう……?
こくこく頷いたとき、背後でぼす、と音がした。
振り返ると、羽のいちばん先の骨が落ちている。
「……お骨さま?」
あばら、尺骨、脊椎……。パズルのピースが抜けるように、ぼたぼたと骨が砂に落ちる。
「うわ、うわあ?」
システーナが声を上げながら、骨をよける。
「え、あ?」
すべての骨が地に落ちて、しんと静まりかえった。
「お、お骨さま?」
システーナから降りて、頭骨に駆け寄る。どこに駆け寄るのが正しいのかわかんないけど、やっぱり顔のような気がする。
「大丈夫? お骨さま?」
骨に触れても、なんの反応もない。振り返ったシステーナもぽかんとしている。
え、まさか、急にただの骨になっちゃった?
過去のことを聞いたのが、トリガーになったのだろうか。
そんなー、スカルドラゴンが!
「お骨さまー!」
のしっ
頭に上顎の前歯が乗っかった。
「うわあああああ!」
――どうじゃ? 面白いじゃろ?
上顎がしばらくひょいひょい砂を跳ね、瞬く間にもとの竜の形に組み上がっていく。
「お――、おもしろーい!」
後ろでシステーナが爆笑している。
むー!
ばっと立ち上がって、両手を突き上げた。
「お骨さま、悪い! 面白くない!!」
「え、すげーよ! おもしれー」
「すごいけど、面白くない! エーヴェ、心配したー!」
私は地団駄踏んだが、システーナはげらげら笑っていた。
お骨さま、かわいいお方になりました。
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