17.箱庭と砂漠
冒険は文字数が増えがちです。
「あんまり面白くなかったか?」
隣に座ったシステーナが、トウモロコシパンサンドをくれる。いろいろな種類の木の実ペーストだ。
「おもしろいよ! 眺めもすてき」
人類文明が美しく自然に呑まれていく――みたいな絵を思い出す。転生前の私も、けっこう好きだった。
ただ、見知らぬ古代文明が苔むし木に覆われているのと、見覚えがある建造物が花を咲かせているのを見るのは、やっぱり違うかなぁ。
「遺跡ってどれも同じ?」
「いやー? いろいろだぜ。ここはなんか塔だって分かるじゃねえか。でも、何なのかよく分かんないやつもある。ジュスタは作られた目的や時間が違うんじゃねえかってさ。その順番が分かったら、面白いとかなんとか。あたしは、……まあ、景色がいいかどうかだな!」
乾いた風が通り抜けて、システーナは目を細める。
「ここは景色いい?」
「いーだろ? 見ろよ!」
目の前の光景を示される。破れた殻に見える岩壁の中に、箱庭めいた森とビルの廃墟。岩壁の切れ目から黄色い砂漠が見えて、とってもきれいだ。
――砂漠かぁ。最初にいたのは砂漠だった。
砂の色は何色だったっけ? あれが私がいた場所だろうか。
「シスー、あの砂漠、遠い?」
「ん? 遠いってほどじゃねーな。行きたいのか?」
せっかくなら、行ってみたいな。砂漠なんて行ったことない。
「行きたいけど、ジュスタは?」
ジュスタはいろんな物を見つけては、サンプルを取っている。まだまだ、見て回りたいだろう。私がお昼休みの今も、姿は見えない。
「ジュスタ、おちびにちょっと砂漠見せてくっけど。……あー、それは大丈夫。ほんとだって」
空と相談していたシステーナが、こちらを振り向いた。
「話しといたから、行こうぜ!」
システーナの背中に乗る。いきなりビルの高所から飛び降りるのにはビックリする。ジュスタが来ないから、思う存分ってことかな。
振り返って見た。殻だと思った岩壁は、実際にビルの残骸を取り巻いていて――むしろ、ビルの残骸が殻にへばりついているみたい。
ドミノ倒しになったのかな?
もともとの地面の位置がよく分からない。基礎がむき出しのビルもある。木に覆われて見えない部分もあるからなぁ。
殻の向こうは大きな木。システーナに背負われて抜けた森だ。
――変な景色。
前を見ても、やっぱり見たことのない景色。
森と砂漠の境目は、だんだん木が少なくなって、砂漠になると思ってた。でも、ここは木の上に砂がかかってて、砂漠が押し寄せたみたい。さっきの森に目が慣れたせいで、この辺りの木はもやしみたいに見える。地面に立って見ると、ちゃんとした木なんだけど。
殻の破れ目から侵入した砂漠。
遠く見えた――実際遠いんだろうけど、システーナはどんどん距離を詰める。
砂漠を引き寄せてるみたい。
「速いねー!」
システーナはにやっとする。
やっぱりぴょんぴょん跳ぶほうが好きなんだな。
風が熱く乾く。
快晴の青に、砂の黄色がまぶしい。
細かな砂が肌をかすめるのも、風の一部だ。砂がこすれ合うちりちりとした響きが、日に焦がれている音みたい。
「広いー! 熱いー!」
システーナに降ろしてもらい、砂に触れる。
さらさらしている。でも、掌の湿り気を察知して、細かな砂が手に残った。両手にすくいあげ、風に放す。黄色のベールがさらさらと落ちた。
「すごーい」
砂がどこまでも続いている。手近な砂丘に走り出す。
――うわっ! やわらかい! 重い!
登るのと砂が崩れるの、どっちが速いか競争する感じだ。
登っても登っても、なかなか砂丘の頂上にたどりつかない。
えっさえっさと登る。私を見ていたはずのシステーナは、気がつくと頂上に立っていた。
――むー、システーナはひとっ跳び!
両手両足ではい上がる。
「えらいぞ、よく登った!」
満面の笑みで迎えられて、誇らしい。
砂丘はいくつも連なり、殻の破れ目を越えて、どこまでも続いている。
「遠くまで見えるねー」
「そうだな」
「シスは、向こうまで行ったことある?」
「いーや。水がねえから、砂漠を行くのは大変なんだよ」
「そっかぁ」
システーナでも軽く移動はできないくらい、大きな砂漠だということか。
「そうだ! 水が要るなぁ。ちょっと取ってくるから、おちび、遊んでな」
「お?」
システーナはしゃがみ込んで、砂丘を指す。
「砂丘のてっぺんがいちばん歩きやすいぞ。斜面を下るのは楽しいけど、登るのは大変だからな。変な生き物が寄ってこないように、歌でも歌いながら遊んでろ。すぐ戻る」
頭に手を置かれ、なでなでされた。
「すぐ戻る! けど、なんかあったら大声で呼べよ」
「はい!」
システーナは砂を蹴り、森のほうへ戻っていった。
一人! こんな広い空間に一人!
「ひとりぼっちー! ひばないろーのかみーのおんなのこー」
興奮して、斜面を駆け下りてみる。途中で足が間に合わず、ころんころん転がり落ちた。
「きいろいすなー! おんなーのこがーころんころんー」
えっほえっほと斜面を登る。
途中、小さなオレンジ色のとげとげしたトカゲが見えた。追いかけたけど、相手の足が速い。
こんな砂ばっかりのところでも、やっぱり生き物はいるんだな。
陰になって、少し冷たい砂を登り切る。
また幾重にも続く砂丘!
登るのがとても大変なのに、また駆け下りたくなる。
「わー――!」
叫びながら駆け下りた。
何度か登って駆け下りるのを繰り返して、さすがにてっぺん歩きに変えた。同じ坂道でも、砂丘の尾根伝いに歩くほうが何倍も簡単だ。
「きいろいーりゅーさまーのーせーー――なか」
砂丘の尾根が連なっていると、竜の鱗や背びれをほうふつとさせる。
これが大きな竜さまの背中だったら、とっても素敵だ。
「なんにんもーりゅーさまーがーねー――てる」
両足跳びで尾根に足跡をつけていると、ふと揺れを感じた。
――震度三かな?
立ち止まって辺りを見渡す。
砂漠で地震ってどうなるんだろう。砂丘が崩れるのでは?
どうしようと固まったとき、また揺れが来た。今度は大きい。
「なに、なに?」
殻の破れ目の方角から揺れが来ている。
その瞬間、高く高く、土煙が上がった。
煙というより柱だ。三十メートルくらいある。
大きな音もした。爆発だろうか? でも、なんの?
黄色い砂が煙幕のように立ちこめている。なかなか収まらないのは、滝のように砂が下に落ちているせい。
そこに立ち上がった物から、砂が砂漠へと落ちている。
目をぱちぱちした。口がぽかんと開いた。
大きな大きなそれは、両方の白い尺骨を持ち上げた。
上顎と下顎が大きく離れる。
ギリャァー――ギィィィン
コンテナとコンテナをぶつけてこすったような、すごい音。
――うわぁぁあああああああ!
鱗はない。一欠片の肉もない。眼球もない。ただ、骨だけのドラゴン。
「スカルドラゴンだー――!」
かっこいいぃぃぃいい!
黄色い砂漠に立つ白骨のドラゴン。
砂が落ちるのは、いままで埋まっていたからかな?
骨だけなのに、なぜか動いている。恐竜の骨格標本が歩くCGみたい。
四本足に羽があるから、竜さまと同じタイプだ。
竜さまが歩くところは見たことがないけど、こちらは後ろ脚二本で歩いてくる。だから、ティラノサウルスっぽく感じるんだな。
――大きい! とっても大きい!
竜さまと同じくらいある。
――おや?
いつの間にか、スカルドラゴンは目の前に立っていた。
「こ――こんにちは、エーヴェ……です!」
名乗ってみたけど、返答はない。
……あれ?
骨だけだから、どこを見てるか分からない。何を考えてるかも分からない。
大きな歯がそろった頭骨が近づいてくる。
「逃げろ! エーヴェ!」
システーナの声だ。
はっとして、斜面を駆け下る。ばっと砂が散って、転げ落ちた。見上げると、さっきまで立っていたところに、スカルドラゴンが食いついていた。
――あれ? え?!
駆け出そうとした先に、どすどすっと鈍い響きで、骨が突き立つ。
隙間から走り出た。たぶん、前肢の骨――。
急に心臓の音が速くなる。
振り返ると、砂丘を越えてスカルドラゴンが追いかけてくる。
――え? そんな? まさか。
この世界の竜は、人間を襲うんですか?
砂丘のてっぺんにいるシステーナを目指して走るけど、やっぱり砂はもろもろ崩れる。
「シスー!」
はい上がりながら、必死に手を伸ばした。
やっと二人目の竜さまです。
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