16.遺跡
遅くなりました。
「やっぱり泣かせてるじゃないですか」
「いいや、勝手に泣いたぜ」
「エーヴェ、かってに泣いた!」
戻ったあとの言い草に、ジュスタは蜂蜜とろかして、朝ご飯にしてくれた。
コケごと焼いて蒸されたイモと、トウモロコシの粉を溶かしたお湯だ。イモはどこかから、取ってきたのかな?
「これはつる草の実だよ。風に落ちずに長く残っているのは、ときどきこんな風に甘くなるんだ」
ほら、と指さした先は対岸で、干された網のようなつるに、まばらに実がなっていた。形は、しぼんだサツマイモみたい。
温かい物を食べると、気分が明るくなる。
見上げると、システーナも美味しそうにご飯を食べている。嬉しい。
「さ、急ぐぜ」
「はーい」
「エーヴェはいいなあ」
「さすがにお前まで背負えねぇぞ」
「それは、全体にスピードダウンでしょう」
焚き火のあとを始末して、システーナとジュスタは走り出し、私はシステーナの背中にしがみついた。
木の間を走って行く。大きい木があることは森が古くからあることだから、豊かだと思ってたけど、邸近くの森に比べてなんとなく静かだ。
木の枝が高いところにあって、日の光は所々しかさしこまず、すこし肌寒い。地面は、岩や根や灰色の落葉で埋まっている。根が絡み合って、複雑な段差やアーチを作ってるから、走りにくそう。
身を隠す場所がない分、動物や鳥を見つけやすいかと思いきや、一向に見かけない。
「なんか、さみしいね」
「上に陽気な連中が集まってるけど、下もさみしいってわけじゃねぇよ」
「そーなの?」
「でも、でっけえ蛇とか足がいっぱいあるやつとか、あんまし会いたくねえ連中が多いからなー」
「おお!」
大きなムカデとか出てきたら、ひーやーってなっちゃう。
「ジュスター!」
システーナが背後に声を投げる。
「はーい」
「ここから登るぞー」
システーナは大木の幹を蹴って、上に向かう。のたくった根が遠のくのが奇妙で見とれていると、鳥の声が聞こえ始める。
光が増えると、枝が伸び出す。あ、逆か。光が減ると、枝が落ちちゃうんだな。
きゃあきゃあきゃあ
遠くから聞こえる声に顔を向けた。たくさんの白いサルが枝を揺すったり、飛び回ったりしている。システーナは次々他の枝に飛び移るから、サルの群れは一瞬で見えなくなった。
枝は大きく、鳥や小さな生き物が目の端を何度も横切った。
下と違って、とっても賑やか。どこからか紛れ込んだのか、ヤギに似た姿もあってビックリする。
「よし、跳ぶぞ」
目の前には、切り立った岩と、そのてっぺんに生える木が見える。目の前とは言うけど、十メートルはありそう。思わず、ぎゅっと手に力を込めた私に、ちらっと笑みを向けて、システーナは跳んだ。
バサバサ、ガサーン
木の枝に突っ込む。小枝や葉っぱでもスピードがあれば、それなりに痛い。
――口も目も、ちゃんと閉じててよかった。
「だいじょうぶか?」
「へーき」
「そっか」
システーナは歩き始める。岩は切り立った尾根のようで、すぐに向こうがのぞき込めた。
森が続いているけど、ここは若木が多いのか視界が開けている。すとんと落ちた森の左手に、黄色い砂漠が迫っていた。
「着いたぜ、ここが遺跡だ」
――うん、まあ、そうなんだろうとは思った。
ガサガサ音がして、ジュスタが追いついてくる。
「あー、これは大きいですね」
本当に大きかった。
今立っている部分は、例えるなら割れた卵の殻で、中身の方にビルの残骸がある。
三十階建てくらいの高層ビル、の残骸に見える。一つじゃない。折れたり倒れたりした建物の骨組みがいくつもあった。目立つのはビルだけど、ビルにありがちな大きな窓に、ガラスが一枚も残ってない。どれもたくさんの植物が群がっていて、うち捨てられた温室みたいな雰囲気だ。
システーナが手近の残骸に飛び移る。
――エレベーターを使わずに、ビルを降りる。変な感じ。
内装も外装もはがれて、コンクリートや、場所によっては鉄筋までむき出し。うまく日が当たって土が溜まっているところは苔むしたり、小さな草むらになっている。
ビル全体を抱きかかえて成長した大木や、ビルを絞め殺したように見えるつる性の木がすさまじい。
「――ここら辺ならよさそうだ。下りるか、おちび」
「はい」
降りて、地面を見る。
――アスファルトかな?
黒い石は所々あるが、溶けて丸まったような物ばかり。朽ちて転がった石壁はコンクリートに似ている。遺跡は全体に溶けたか、焼けたかしたみたいで、転生前に見た物と同じかはっきりしない。
いや、同じだったら、ぞっとするな。
――まさか、ここは地球なのか?
転生して、別の世界に生まれたのかと思っていたけれど、もしかして未来の地球だったとか?
しかし、転生前に竜さまはいなかった。竜もドラゴンも空想上の生き物だったはず。
同じ場所だとは思えない。
うーん。
頭を抱えて思い出す。そうだ、星空はどうだっけ? 星が多すぎて、わっかんないなー。月は? あった?
あった気がする。昨夜、木々の合間に大きな光を見たような?
あー……全然気にしてなかったから、わかんないよ。
周りを見ると、ジュスタがコンクリートの欠片を取っていた。
「ジュスタ、それどうするの?」
近づくと、ジュスタは荷物からいろいろな道具を取り出している。
「何を使っているのか調べるんだ。遺跡の建材はいろいろな種類がある。遺跡同士の関連性や活かせる技術がないか探してるんだよ」
「この遺跡、石の中に金属ある?」
蜂蜜色の瞳が、丸くなる。
「ああ、いくつかの遺跡にそのパターンがあったよ。ここもそのようだ」
――やっぱり鉄筋コンクリートか?
「なんか、ここ、溶けてる?」
角の丸いコンクリートを指し示して、尋ねる。
「ああ。よく見つけたね。確かに溶けて変質している。遺跡のほとんどに、熱による変質が見つかるよ」
――うわー、なんだかいやな予感。
ジュスタが笑った。
「前にうかがったけど、竜さまが燃やしたんじゃないよ。竜さま以外の竜さまかもしれないけど、だとしたら、ここに住んでた人間はとっても悪い奴らだったってことだ。エーヴェが心配することはない」
「――そうか!」
悪い人間を、竜さまが燃やし尽くした。なるほど。その方が、私の想像よりマシに思える。
「ここ、ホントに人間住んでたの?」
「人間か、俺たちに似た生き物が住んでたんだと思うよ。大きさが俺たちに合っているだろう」
階段の残骸をとんとんと登ってみせる。確かに、人間サイズで、同じような動き方で、自分たちに都合が良いモノを作る生き物がいた証明だ。
「道具とかは? あった?」
「んー……探してるんだけど、あんまり見つからない。建物の骨組みがこれだけ残るんだから、道具も残りそうなもんだけど」
「ふーん」
高層ビルの残骸を振り仰ぐ。錆びた鉄の柱は街灯で、角張った欠片はポストだったかもしれない。
――でも、まあ、いいか。
普通の生活からこうなる最中に生きてたら、とっても恐ろしいだろうけど、すでに過去のことだ。どうしようもない。
ここにもし悪い人間が住んでいて、竜さまに滅ぼされたとしても、私は竜さまに仲良くしてもらっていて、ニーノの言うことが本当なら、それは二百五十年以上続いてる。
――前の人間と私たちは、別と考えていいんじゃないかな?
とはいえ、何がどうしてこうなったのかは、ちょっと興味がある……。
「帰ったら、竜さまに聞いてみるー!」
宣言して、システーナの方に駆け戻った。
「おちび! こっちきれいだぞ」
システーナは私を小脇に抱え、ぴょんぴょん三階くらいまで飛び上がる。
ぼろぼろに錆びた鉄に、花が巻き付いている。床は一面、草原だ。
天井はなく、空中に浮いたコンクリートの箱は、さながら空中庭園だった。
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