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15.竜さんと竜さま

 気持ちいい響きで目が覚めた。

 いつもの部屋じゃなくて一瞬、ぽかんとする。ふかふかから身を起こして、コケむした川原を眺める。二十センチくらいある羽虫が、水を飲んでいた。

 隣でむくりと起き上がったのは、ジュスタだ。

 ――髪がいろいろはねてる。

 ふわーと大きなあくびをするから、つられてあくびをした。

「おはよう」

「おはよー」

 大きな木の間から、ほとんど光は落ちてこない。それでも、ゆうべ星の散っていた木々の切れ間は、薄い赤紫に染まっていた。

「シスの声だね」

 システーナの歌が聞こえる。本当に、毎朝歌っているんだ。

 でも、姿は見えない。

 声が大きいから、離れて歌っているのかな?

「エーヴェ、見てくる」

 ジュスタと並んで川の水で顔を洗い、しゃんとしたので宣言する。

「うん。何かあったらすぐに呼ぶんだよ」

「はい!」


 システーナの声を頼りに、川原をたどる。水の流れによると、上流から声は届く。岩を跳び伝い、その拍子にのぞき込んだ水中に、緑色の背びれを見かけてドキリとした。

 魚かな? でも足もあったような?

 生き物が何もかも大きくなってたら、川の貝(カワニナ)だって脅威だ。

 あれ、一人で大丈夫かな?

 急に不安になって、水面から目をそらす。

 そもそも、システーナの歌が終わってしまったら、道に迷う。まずいぞ。

「シースー!」

 名前を呼んで、上流に急ぐ。

 不意に陰が濃くなって顔を上げた。

 余裕たっぷりの笑顔があって、ほっとする。

「シス!」

「しー!」

 言葉とともに抱き上げられる。

「ここには声真似が得意な鳥がいるんだ。大声で名前を呼ぶんじゃねーよ」

「ん? エーヴェの真似する?」

「今度、おちびが迷子になったときに、紛らわしいだろ」

 呼ばれたと思ってそっちに行ったら、鳥しかいないってことになるのか。

「エーヴェ、迷子にならない」

「そりゃあ、心強えーな」

 あっはっはと笑い飛ばされた。


「シス、どこにいたの?」

「んー? 見るか?」

 答えを待たずに、システーナは連れて行ってくれる。

 倒木や岩が転がる広い空間に出た。若い木が何本か生えているけど、周囲はさっきまでと同じく、三十メートルはありそうな高木。

「向こうに台状の山があって、雨が降るとここに水が降り落ちんだよ。滝だな。だから、ここはごたごたしてる」

 一方を指して、システーナが言う。

 さっきより広く見える空は赤く染まっていた。日が昇ってきている。

「木が高いと、空が遠いね」

「へえ!」

 サーモンピンクの目がきらきらした。

「おちびもそう思うか。空が小せえと暗いからかなあ」

 ――あたしが前にいたところはさ、と顎を空に向ける。

「いつも空が遠かったよ。ここは雰囲気が似てんな」

「シス、前はどこにいたの?」

 んー、とシステーナは首をかしげる。

「知らねぇな。なんか、番号で呼ばれてた。穴の底に木切れ寄せ集めて小屋を作って、寝て起きて、石を掘る」

 きょとんと、システーナを見つめる。

「貴重な石だったらしい。良い物が出ると、少し良いモノが食える。死なねー程度の水と食事で、いっつも腹が減ってた。ろくでもねーところだ」

「……ろくでもねー!」

 にやっとシステーナが笑う。

 というか、なんだ? そんな人権を無視した労働環境が、この世界にあるのか。人間がある程度いないと、そんな搾取構造は生まれないと思うけど、思ったより人口が多い?


「りゅーさまが助けてくれたの?」

「いや、――ん? どーなのかな?」

 システーナは首をひねる。

「あたしが住んでた穴の壁は、崖みたいに切り立ってたから、人間じゃ登れねーんだよ。外から石の鑑定に来る奴らは、竜に乗ってたんだ。全体的にろくでもねー中で、好きだったのは、あの竜だけだなぁ。――あ、竜って言っても、竜さまとはだいぶ違ってさ。どっちかと言えばトカゲかな。翼がなくて、(あし)がつえーの」

 手振りで大きさや形を示す。

 二本脚で走るタイプの小型恐竜かな?

「あたしは広い空が見たかった。ずっと、丸い遠い空しか見たことなかったからな。そんで、竜に乗れば、壁を越えられるって気がついたわけよ」

「そーだね!」

「奴らが石を見てる間に、見張りに体当たりして、竜の背中に飛び乗った!」

「おおお!」

 さすがシステーナ、強い!

「めちゃくちゃ興奮したなあ! このまま壁を駆け上れる、空が見える、そう思った。竜に乗れたんだから、もう無敵だろ?」

「むてきだよ!」

 両手を挙げると、システーナがにやにやする。

「で、その時、銃で撃たれたんだ」

 ――?! 銃?

「音は聞こえなかったなあ。興奮状態だったからよ。()っつ、いってぇえええってなって、でも、竜の首にしがみついた。絶対、落ちねえぞってな。でも、竜が動くとすげえいてえんだよ」

 あっはっはとシステーナは笑うけど、いやいや、ちょっと待って?

「いい竜だった。きっと壁を登ろうとしてくれたんだろうな。いてえいてえと思ってるうちに、何も感じなくなって、気がついたら、目の前に空が広がってたんだ」

 嬉しそうに笑うシステーナに、言葉を失う。

「見えるところ、ぜーんぶ空だった。すげーよな。そんで、あたし、なんでか泣いてんだよ。泣くしかできなくてさ。そしたら、竜さまが来てくれた。かっこいいだろー?」

 それは、間違いなくかっこいい、です、けど!

「あの竜が、ここまで届けてくれたのかもな」


 限界だった。ぶわっと涙があふれる。

「うわっ! 何泣いてんだ?!」

「だってー! シス死んじゃやだー!」

「死んでねえよ!」

 転生してんじゃん! 絶対、システーナ、転生してんじゃん!!

 むーむー! システーナを撃ったやつ、絶対許さん! でも、何もできない!

 ああああ! 竜さんありがとう!! 竜さま、ありがとう!

 大混乱で泣いていると、システーナがピクッと眉を上げる。

「泣かせてねえよ! ――こら、おちびの声がジュスタまで届いてるぞ!」

「だってぇええ! シス好きー!」

「……あ、ははははははは!」

 システーナは大声で笑う。

「あたしもだよ。――ほら!」

 一瞬の沈み込みのあと、システーナは跳ぶ。枝を過ぎ、高い木の上に飛び出す。

 朝日と、日を受けた森が、ばっと広がった。

 一瞬で、新鮮な空気が肺に満ちるように。

「今のあたしは、あたしを救えるんだぜ」

 ――うわぁああああ!

「シースー! かっこいー!」

「知ってるから、泣くな泣くな」

 笑いながら、頭をなでられたけど、なかなかうーうー言うのは止まらなかった。

書きながら、転生とは? ってなっちゃいました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] みえるとこ、ぜーんぶ空。 以前のシスの境遇を思えば切ない思いも交じるけど、シスが次に、最初に目にしたものが果てのない空だったことにちょっと感動しました。 思うままに跳んで駆けて、竜さまと竜…
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