12.今更ながら名前はこちら
「えええええええぇ!」
「叫ぶな」
ニーノの冷たい目に見下ろされても、これは断固叫ぶ。
「なんでー? いつー?」
「夜明け前だ」
「ニーノにはなんか言ってたのー?」
「特に。固定具のことがあるから、もう一度来るように伝えているが」
――なんと。
ショックで開いた口が塞がらない。
今日もお乳運びをしようと朝食前に食堂に向かったら、ニーノが黒い布を外していた。なんで? と首を傾ける私に、ディーが森に帰ったという知らせ。
――これが、青天の霹靂!
ディーは、ここ数日のニーノとの練習で、だいぶ歩けるようになっていた。ちょっとは走ってるところも見た。でも、完全に治った感じじゃなかったのに。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だから、行ったのだろう」
「そうかぁ……」
もっと仲良くなりたかったなぁ。
邪魔しないように、仕切りの中にはあんまり入らなかった。触ったのも二、三回だ。でも、頭ごっつんこはしてもらったか。
「あ、子ディーは――?」
「乳離れにはまだ早いだろう。連れて行ったと思うが」
「見てくる!」
叫んで、竜さまの洞に走った。
「ディー! ディー!」
洞の一段下からずっと呼んで登っていったけど、子ディーは飛び出してこない。
首を羽の横に置いて眠っている竜さまが見える。
「りゅーさまー!」
――エーヴェ。
鼻を突き出すと、竜さまが鼻をとん、してくれる。
「りゅーさま、ディーの子は?」
竜さまの小さな耳がぴるぴると動いた。
――おらぬようじゃ。
「おおお……」
じゃあ、ディーと一緒に帰ったのかな?
がっかりして、その場にしゃがみ込む。
――どうした?
竜さまを見上げる。虹彩で揺らめく光が今日はとても白っぽい。
「ディーが、森に帰ったの。だから、子ディーも一緒に帰ったんだよ、たぶん」
――それは何よりじゃ。
むむむ、確かにそうなんだけど。
「でも、エーヴェ、さよならしたかった」
ケガが良くなりました。じゃあもう、森に帰って大丈夫だね。いままでありがとう。またね。そういうやり取りなしで、急にいなくなってしまったのがショックだ。
こんなの人間の気持ちの整理だから、ディーには何にも関係ないだろうけど。
それでも、頰はふくらむし、とっても悲しい。
「エーヴェ、お姉ちゃんなのにー。もっと仲良くなりたかったー」
乳兄弟も、人間側の概念だけど……。
――よく遊んでいると見えたぞ?
「ボールもっとやりたかった」
――ふむ。失望か。ディーも、エーヴェがボールを置いていかないので、失望しておった。
「なんと! ディー、ボール好きだった?」
――うむ。
自分のアイディアで作った物だから、ディーが気に入ってくれたのはとても嬉しい。
――ディーの縄張りは遠くない。また会うこともある。
元気が出てきて、立ち上がった。
「りゅーさま! エーヴェ、妹? 弟? ――テーマイとまた会うね!」
今、名前つけました!
――うむ。
「エーヴェ、ボールいつも持ってるね! そしたら、テーマイがすぐ分かるもんね!」
――それは、面白い。
竜さまの言葉に力を得て、ぴょんぴょん跳ね回る。
勢いのまま、竜さま一周を始めた。
「エーヴェ」
洞に響き渡った声に、大きな声で返す。竜さまの後ろから、洞の入口にたどり着くと、思った通りニーノが待っている。
「朝食だ」
「はい」
「竜さま、失礼いたします」
――うむ。
「またねー!」
手を振ると、ニーノを追い抜いて邸に向かう。
――てんてん、とん。てんてんてん、とん。
けんけんぱもどきをしながら、道を進む。
ニーノにつられて空を見上げると、高い高いところに鳥が舞っていた。
いい天気になりそうだ。
「ディー、元気になってよかったね!」
青白磁の目が、こちらを向いた。
「そういえば、貴様はなぜディーと呼んでいる?」
上半身ごと傾ける。
「りゅーさまも、ニーノも、ディーって呼ぶから」
「――ああ」
納得したのか、歩き出す。
え? 待って待って。
「ニーノ、エーヴェがディーって呼ぶの、変?」
「――『ディー』はディー自身が自らを呼ぶ名だ。我々が自身を『人』や『人間』と呼ぶのと同じだな。だから、貴様がなぜ知っているのかと」
――いまさらー!
びっくりして凝視してしまうが、ニーノだから、こんなものかもしれない。
「今日の朝ご飯なにー?」
「すぐに分かる」
「えー」
すぐに分かるなら、教えてくれればいいのに。
「じゃあ……、なんで空見たの? 鳥さん?」
「ダァルだな」
ちらりと上を見て言うからには、鳥の名前だろうか。ダァルも、ダァル自身の名前なのか?
「――いや、どうも、午後辺りだと思った」
何が、と聞きかけて、はっと気がついた。
「おー!」
両手を突き上げて、邸の道を駆け戻る。
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