11.判断と行動
「エーヴェ、貴様は後で鍛錬室に来い」
ボール遊びで大満足の私は、ニーノに呼ばれて立ち止まる。ニーノは、ディーの歩く練習に付き沿っている。
「わかったー!」
工房に行くジュスタに手を振って、四階までのぼった。
そういえば、この邸の探検してないな……。
ファンタジーの西洋風なお邸だったら、書斎や宝物庫があって情報が手に入るけど。いつも竜さまのところに行くのがいちばんなので、探検の暇がない。
竜さまの伝説が書かれた本があるなら、真っ先に行きたい。でも、どうやらこの世界、本がなさそうだからなぁ。
紙はあった。ジュスタは工房でのいろいろを記録してる。ニーノはどうかな?
――竜さま日記、つけてたらいいのに。
もしかしたら書いてるかも。聞いてみよう。
でも、まずは竜さま伝説だ。紙がなくとも、口伝がある!
鍛錬室に入るなり、窓にはりつく。竜さまは寝てるのか、顔は見えない。
残念……。
暇なので、ひやっとしたガラスをなでまわす。工業製品と違って、むらを感じるのがいい。
「エーヴェ」
呼ばれて、窓から下りた。
鍛錬室はときどき来て、体力測定をしていた。たぶん、今日もそうだ。握力、腕力、背筋力、跳躍力など何を測っているか分かる物も、分からない物もある。
「持て」
特に分からないのが、これだ。
細い棒が、鍵穴みたいな形に曲がってる。前方後円墳の“方”の底辺がつながってないやつ。傾斜がないから、フラスコ型のほうが的確かな。
素材もなぞだ。象牙やくじらのヒゲの加工品みたいな光沢。
切れ目を上にして、棒のわっかを両手でにぎる。両腕はまっすぐ伸ばす。
…………。あれ?
普段は十秒もすれば、「やめ」と声がかかる。今日は制止がない。
ちらっとニーノをうかがうと、棒の切れ目に手を入れようとしている。
まるで、壁があるみたいな触り方。
「――よし。もういい」
棒を台に戻した。
「なになに? エーヴェ、強くなった?」
「成長している」
「おお!」
キラキラしながらニーノを見たけど、特に続きはない。
「成長すると、なんかある? りゅーさま飛ぶ?」
「それはまだだな」
なーんだ。
「鍛錬で行ける範囲が広くなる」
「え!」
「この間、システーナから連絡があって、遺跡を見つけたそうだ。ジュスタが行きたがっている。貴様は行きたいか?」
――待って、情報が一気に来た。
「いせきって何?」
「たいていは建造物の痕だ。人が生活をした跡が残っている場所を、遺跡と呼んでいる」
「人がいたの?!」
ニーノが後ろ手を組んで、いつものスタイルになる。
「我々と同じかは分からんが、竜さまもご覧になったそうだ。遺跡もあるから、いたのだろう」
「今は? エーヴェたち以外にも人はいる?」
「いる。数は知らんが、竜さまがたのお側にいる」
そうか、この邸みたいなケースが、あと七はあるのか。
それぞれがそれぞれの竜さまの側にいるの? 大丈夫なのかな? 闘争とか始まらないかな??
「エーヴェ、行ってみたい!」
何にせよ、熱帯雨林の中の遺跡とか、絶対行きたい。
マヤ? アステカ? 比較的近いアンコールワットだって、テレビでしか見たことないよ。もう二度と行く機会はないけど……。
「では、システーナに伝える。三日はかかるから、野宿の――」
「三日っ? りゅーさまに会えない?!」
ニーノの言葉をさえぎってしまった。
だって、三日も竜さまと会えないとか……。
「貴様の判断次第だ。竜さまは、貴様の判断と行動を喜ばれる」
「おおお……」
竜さまが偉大だ。
「エーヴェ、行くー!」
野宿トレーニングだってやるもんね。
「ニーノ、どうやってシステーナに伝えるの?」
鍛錬室から一階に戻るときに聞いてみる。
「竜さまの声は、耳ではなく、心に聞こえるだろう。同じように、私はシステーナ、ジュスタと話せる」
なるほど、テレパシーですね。
「エーヴェもできる?」
「貴様は無理だ」
「えー」
ニーノが立ち止まって、掌を出す。訳が分からないけど、なんとなく掌をのせる。
――よーっす、ニーノ。なんだー?
「シス!」
明るい声に反射的に呼びかける。
――お、おちびか。元気か? あ、そっか、遺跡のことだな! おちびも来るよな! 迎えに行くぜ。
なんだか、システーナに掲げられて、頭をなでなでされてる気分になる。
「行くよ! シス、いつ来る?」
――六日後くらいだなー。よしよし! またな!
「またねー!」
そのまま、無言が続いた。
「あれ、ニーノは話さないの?」
「今は、特にない」
また、歩き始める。
「今の、どうやったの? ニーノやジュスタやシステーナと手をつないだら、エーヴェもお話しできる?」
「そうだ」
「わあ!」
けっこうお手軽だ。
「ニーノは遺跡に行かない?」
「行かない」
「そっかぁ。――竜さまは、ニーノの判断と行動を喜ばれる」
もじってニーノを見上げる。
「その通りだ」
冷ややかな瞳は、揺らぎもしない。
ニーノ語録でもできそうです。
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