10.しゃん、しゃん、ちりん、ぱちぱちぱち
話の切れ目がよく分からなくなってきました。
「わー!」
拍手の中、つん、と無表情のディーがいる。
――立ったくらいで何を騒いでいるのか、この小さいのは。
って感じの顔。でも、立てて、良かったねー!
黒い布仕切りの半個室を、とてっ、とてっと行き来する。
骨が固まるには早いんじゃないかと思うけど、ディーの判断にニーノは任せるみたい。
「貴様は、さっさと運んでこい」
「はーい」
お皿を持って洞に向かう。
洞の入口の一段下にある茂みから、ぴょんっと子ディーが飛び出してきた。
「あれ? ディーの子、どうしてここにいるの?」
ここでお皿を降ろすと竜さまに会う機会を逃すので、そのまま子ディーと洞まで行く。
子ディーは、洞の入口で竜さまを見つめ、とととっと駆け寄り、顔を上に向ける。竜さまがずいっと顔を降ろしてくれて、お鼻ごっつんこした。
おおおお!
竜さまとご挨拶!
「エーヴェも! エーヴェも! りゅーさま!」
ぼん、と鼻鏡に顔面が当たる。サッカーボールが顔に衝突した感じ。ちょっと、いたい。
――うむ? 強かったか?
「へいき! 次はもっとゆっくりやる!」
子ディーにワンピースを噛んで引っ張られた。
「はい、置くよ!」
皿を置くと、一心不乱になめている。
しゃがんで様子を見ていたけど、ふと竜さまを見上げた。
「ディー、どうして外に出てたの?」
――どうやら、わしが大きいと気づいたようじゃ。
どゆこと?
――大きな岩が動いて、おののいたのじゃろ。
そうか。昨日のじたばたを子ディーは目撃した。竜さまが一つの大きな生き物だって、初めて気がついたのか。それで、後ろ肢の間で寝るのを止めたんだ。
「えー! 竜さま怖くないよ!」
――怖がる様子はないぞ。
すっかり皿をなめ終わった子ディーが、竜さまの周囲を走る。
とーん、とんとーん――
身体をしならせながら、あっという間に竜さまの陰に隠れ、しばらくして竜さまの首の方向から飛び出してくる。
竜さま一周、楽しそう!
子ディーを追って駆け出す。
竜さまのお腹の横を走り、後ろ肢を過ぎ、お尻と尻尾の隙間をくぐる。
子ディーは身軽に尻尾の上に跳び乗って、跳び降りたけど、私はくぐったほうが速い。
尻尾の下の隙間が通れる、イコール、竜さまの大きさ実感で、にまにまする。
さらに逆サイドの後ろ肢を通り過ぎ、前肢を過ぎる。
――二人とも、速いな。
竜さまが首を巡らしながら、ディーと私を眺めている。
俄然、やる気が増した。
「りゅーさまー! エーヴェはやいー?」
両手を振ったところで、ディーに抜かれる。
「なんと!」
周回遅れ!
一生懸命走ってみるけど、周回遅れが二周遅れになるだけだ。
「むー!」
――エーヴェ。朝食ができたと、ニーノが言うておる。
竜さまの声に足を止める。周囲を見回してもニーノの姿はない。
あの独り言だ!
――腹が空いては、走れぬぞ。
言われてみれば、すごくお腹がすいている。このままでは邸に戻れないかも。
「りゅーさま、また来るね!」
お皿を拾い上げ、洞を後にする。竜さまの陰から子ディーがこっちを見ていたので、大きく手を振った。
**
「おいしー!」
朝ご飯は、ココナッツミルクとカボチャ似ウリのスープだった。薄くてぼそぼそしたトウモロコシパンもある。
ココナッツミルクの香りがカボチャの甘みを引き立てて、塩加減もさっぱり。ココナッツミルクがあるから、ぼそぼそパンもしっとりになって、どんどん食べてしまう。
だいたい、たいていの子どもは、甘い物が好きと決まってる。
「さっき竜さまから、貴様が走っているとうかがったが、もう足は痛くないのか」
相変わらず、ニーノはおでこの汗をふいてくれる。
「――忘れてた!」
思い出すと、ちょっと痛い気がする。
「食事の後、見せてみろ」
「はい」
「じゃあ、ボールは今日じゃないほうがいいですか?」
ジュスタは、トウモロコシパンをちぎってスープに入れる。
「走っていたんだ。構うまい」
「ボール! 乾いた?」
スープを口に運びながら、ジュスタはにかっと笑う。
「鈴もつけたよ」
「おおお!」
「まず、食べろ」
「はい!」
「初めて作ったけど、急に壊れたりはしないよ」
「わぁあ!」
籐で編まれたボールを受け取る。思ったより、ずっと軽かった。
ジュスタの仕事は素晴らしい。丸いカゴ、でよくこれを作れた。
植物であんまり弾ねないかと思ったけど、石の上なら落下点から二分の一以上は弾ねる。
鈴を入れてもらったけど、籐と籐がぶつかって、しゃんしゃん鳴るのもすてきだ。
「鈴、どうなってる?」
籐の隙間からのぞくと、カゴの内側に糸でくくりつけられていた。
ちり――ちり
控えめだが、ボールに触るたびに鳴るから楽しい。
「ケガがあるから、それで遊ぶのがいいだろう」
つまり、鍛錬はお休みだ。
「じゃあ、ジュスタもやろー!」
ジュスタの手を引いて、竜さまの洞へ急いだ。
「ディー! ディー! 見てー」
子ディーを呼んで、ボールを高く放った。
りん――ちり、しゃんしゃん
ボールはいろんな音を奏でながら、てんてん跳ねる。
子ディーは音と動きにビックリして、とんとん後ろに跳ねたけど、ボールがそれ以上動かないのを見て近寄ってくる。
うっふっふ! 興味持ってる!
ちょん、と鼻で押すと、ごろりと動いたボールがちり、と鳴る。
今度は強く突かれて、ボールはごろごろ、ちりちりする。
何もない方に転がったボールに駆け寄って、子ディーにぽんっと投げる。二、三回跳ねて、子ディーがつん、とボールを突く。
しゃん、ごろごろちりり
転がった先には。
「ジュスター、こっちー!」
手を振ると、ジュスタは笑って、ちょんとボールを蹴った。
そうか、ジュスタは背が高いから、蹴ったほうが楽ちんかも。
しゃんしゃん戻ってきたボールを、ディーに投げる。
ごろん、しゃん、しゃん、ちりん
子ディーはもう、慣れたみたい。ボールを小突き回し、追いかける。
しゃん、ちりん――しゃんしゃん
「――あとは、エーヴェに返してくれるといいんだけどな」
まったくその通り!
子ディーからぽーんと離れたときだけ、私は取りに行って投げるけど、子ディーから私へというラインがない。
ボール自体は気に入ったみたいだけど……。
「こっちこっち」
呼んでも、耳がこちらを見るだけで、ボールが来ない。
むずかしい……。
ちり――しゃんしゃんしゃんしゃんしゃん
大きく跳ねたボールが、誰もいない方へ飛ぶ。でも、竜さまの頭の下だ。
「りゅーさまー!」
――む?
竜さまは小さなボールを見下ろした。頭を降ろして、鼻先をちょっと振る。
――うむ?
ボールが小さすぎて、鼻と地面の間をすり抜ける。風圧でちょっと流れただけだ。
――ふむ。
竜さまは頭を傾けて、鼻をボールの後ろ側にやった。
しゃらん、しゃんしゃん、ちりりり……
ふわっとした鼻息と一緒に、ボールが私の目の前に転がってくる。
――どうじゃ。
頭を持ち上げた竜さまに、ジュスタと一緒に拍手を送った。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




