8.仲良くなりたい!
竜さま不足が深刻です。
学び。乳兄弟、ぜんぜん仲良くなれない。
ディーの傷に障るからと、子ディーは邸には入れない。それで、エーヴェお姉ちゃんがディーのお乳を運んでいる。
最初の最初だけ、一匙なめてみた。ミルクだけど、最初に感じるのが草の香り。覚えている牛乳より、ずっとさらっとしていた。
深い皿に入れて、竜さまの洞まで運ぶ。
子ディーは、竜さまの後ろ肢の陰に隠れていた。
――うむ、そこはいいポイントです!
お皿を目の前に置くと、匂いを確認して、ぴろっと舌を伸ばす。
「本物だよー」
しゃがみ込んだ私に視線を寄越したけど、子ディーは鼻先を濡らして飲みはじめた。
飲んでいる間、そーっと耳に手を伸ばす。
ふおー――ふわっ! だ!
耳がパタパタ揺れて、掌を毛がくすぐる。
ふわっふわだ!
しかし、楽しいときはあっという間。
皿が空になった瞬間、子ディーはぴょんと跳ねて、竜さまの前肢まで行ってしまった。こちらを見る目が、誰? って言ってるもん。
――さすが野生動物、ぜんぜんなつかない!
数日間、お乳運びをしているのに、子ディーの態度は変わらない。大人のディーは頭ごっつんこしてくれるけど、がっちり固められてる後ろ肢があるので、やっぱり遠慮してしまう。一緒に遊ぶ展開がない。
――そう、一緒に遊びたい!
竜さまの鱗は、珍しがって近づいてきたけど、遊びにはなりませんでした。
でも、興味を引けば、きっと一緒に遊べると思うんだ。
ルーティンは追加されたけど、鍛錬は普段通りだ。
ニーノは念のためディーと一緒にいるから、担当がいつもジュスタになる。
岩を降りるときに、つかまった蔓に目を留めた。藤に似て、木の枝のような太さがある。でも、私がつかまってもびくともしない。
蔓を伝って地面に降りて、ぐいぐい引っ張ってみる。いろんなところから、がさがさと音がする。見えないけど、何かにからまっている。
「――ジュスタ、これ、カゴ作る?」
がさがさするのを見ていたジュスタが、近づいて蔓を確認する。
「これはカゴ向きじゃないな。カゴを作るなら、もっと細くて若いほうが扱いやすい」
「あのね。丸いカゴが作りたい」
そう、ボールだ。
動物と遊ぶ定番、ボール! たしか、籐で編んだボールを使う伝統的なスポーツがあった気がする。けまりみたいな遊び。
「丸いカゴ?」
「ボール! 中に鈴入れたい!」
地面に絵を描こうと周りを見回したけど、木の根がはびこってて、良い場所がない。岩を振り返って、白い石で傷をつける。
「――なるほど。鈴は金属かな?」
「ボールに入れるから、金属がいい」
ふうん、とジュスタは考え込んで、にこっと頷く。
「材料次第だな。探しに行こう」
「はい!」
「棘があるから、気をつけて触るんだぞ」
言われなくても一見して、ものすごいとげとげだ。
ジュスタが引っ張って作ってくれた隙間に、慎重に手を差し入れて、ナイフを枝――幹? に当てる。棘を支えにして、その蔓は椰子の木に絡みついていた。直径は一センチもないけれど、意外と固い。
「押すより、斜めに滑らせるんだ……よし!」
上に行こうとするのを引き留めて、ジュスタが高い位置を切った。
「皮をむいて芯の部分を編めば、たぶんエーヴェがいうボールができる」
「おお!」
刃物の背で棘をあらかた落とした後、ぐるぐる巻きにした蔓を、ジュスタは左腕に通す。
「生木のうちに加工したほうが楽だから、このまま工房へ行こう」
「はーい」
ナイフをきちんとしまってから、ジュスタと邸へ向かった。
少し枝の端に切れ目を入れて、後は一気に刃を引くだけで、ジュスタは皮をきれいに剥いでいく。私も真似してみるけど、なかなかうまくいかない。
「最初からうまくはいかない。大事なのは、ケガしないように刃を使うことだよ」
ジュスタは小刀の持ち方や、左手の位置を細かく指示する。
「ほい。じゃ、一気に力を入れて! 左手も引っ張る!」
びっと一部だけ、きれいに剥げる。
「おお!」
「うんうん。うまいよ」
「うふふー」
もう一回、同じように繰り返す。
たぶん無駄な力がたくさん入ってるから、木の皮が掌に食い込むし、刃の背を押す親指も痛くなってくる。でも、皮がむける一瞬にぱっと木の匂いがするのも、冷たく湿った生木の感触も気持ちが良い。
夢中になって、一本を仕上げる。
目の前にぶら下げた。無残なできばえだったけど、誇らしい。
「ジュスター! できた!」
すっかり仕事を終えているジュスタが、私の仕事を受け取って、整えてくれた。
「これを、編んでいくぞ」
「カゴとカゴがくっついたみたいな形」
「――ちょっと、やってみよう」
私のジェスチャーに頷いて、ジュスタは材を一本引き抜いて、ぐるぐると円を作る。私も、自分が作った材でくるくると輪を作る。
けっこう弾力がある。見た目は籐みたいだけど……。
「あまり小さな輪にすると、ぱちん、ってなるからな」
「はーい」
大きな丸い輪にしてみる。
……これはこれで、フラフープにならないかな?
「こんな感じで、どうだ?」
ジュスタの掌の上を見て、口が開いた。
「すごーい」
まだ完成してないんだろう、天球儀を思わせる形。
「そう! これでね、ちょっと、ぽんってなるの、ぽん!」
「弾力が要るんだな。だったら、もっとしっかり編み込まないと」
「ジュスタ、すごいね!」
――子どもの説明で、よく立体を作れるな!
ジュスタは誇らしげに笑う。
「――鈴はまた明日な」
アンデスメロンサイズの丸いカゴを渡されて、背中がびりびりする。
ジュスタ、ほんと、すごい。
「ありがとー!」
「どういたしまして。――たぶん、一回、ゆでるといい」
「ゆでる?」
「生木は固い。ゆでたら、すこし柔らかくなるからね」
「おおお」
感心したとき、ぴくっとジュスタが背を伸ばした。
「あ――、すみません。すぐに戻ります」
また、あの独り言だ。
「ニーノ?」
「もう夕飯だ。夢中になってたな」
外に出て、すっかり暗くなった景色にびっくりした。
――竜さまとの夕陽が!
「りゅーさま、会いに行くの忘れた」
手をつないで邸に戻りながら、ジュスタが首を傾ける。
「夕食後に、ちょっとだけ行ってみよう」
「はい!」
ボールはゆでるから、夜はまだ使えない。
――子ディーと遊ぼう計画は、明日だ!
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