27.最後の仕上げ
水と食べ物と器。
道具と材料と布。
寝床とかまどと算日器。
必要な物を全部そろえた船は、だいぶ重くなったはず。竜さまが試しに持ってみて、ひょいっと地面から離れたときは、みんなほーっと息を吐いた。
ガイオがいるから、邸は空っぽにならない。でも、物はとっても減った。私の部屋も寝台は残ってるけど、寝具や赤い目の竜さまのモビールは船に積んだからもうない。
結局、全部を運び入れたのは夕方になったから、出発は明日の朝になる。
みんなで邸の前で焚き火をして、特別に外でご飯。保存食にできなかった余り物のスープを囲んで、地面に座る。お骨さまと竜さまも様子を見に来たから、邸の前はぎゅうぎゅう。仕方ないから、お骨さまは邸の上に座って月明かりを浴びてる。お骨さまは邸と同じくらい大きいけど軽いから、つぶす心配はない。
ニーノがお酒を持って来て、大人はみんな一杯ずつもらう。干し果実をぎっしり入れて、甘くして飲むみたい。ルピタと私は甘い飲み物だけもらった。
「お酒だー! やったー!」
お泥さまの座のみんなが大喜びして、一杯も飲まないうちから、音楽と踊りが始まった。お酒がなくても踊りは始まったと思うけど、とっても愉快。
「旅の先 どんなに美しい景色が迎えても
高い木々に 茜の山
戻ってくるよ この場所に
ヒナのときから巣くって見慣れた この場所に」
軽快なリズムでプラシドが歌う。歌を追いかけて弦を合わせたドミティラが、目を丸くしてる。
「おー、プラシド! 初めて聞いたよ」
「そうなんだよー、ずっと前に聞いた歌ー。ちょっと変えたけどね」
にこにこしてる二人は、二人とも顔が真っ赤だ。強いお酒なのか、みんなが弱いのかどっちだろう。
「タタン、すぐにお泥さまの座に戻りますか?」
取ったばかりのココナッツミルクをくぴくぴ口に運ぶ。一気に飲むのはもったいない。
「ずっと船の手伝いで、食べ物とか用意できてないから、支度して行くよ!」
「お泥さまの座まで、どのくらいかかりますか?」
「だいたい十日くらいだよー! 砂漠で天気が悪くなったらもうちょっとかかるね!」
ルピタの視線を受けたプラシドがわざわざ手を挙げて答えた。
「ガイオサ、急に寂しくならなくてよかったですね!」
こっちも真っ赤な顔のガイオを振り返って励ます。
「なんだなんだ? 俺はもともと一人なのだ」
「スーヒがいんだろー!」
システーナがゲラゲラ笑って、ガイオの背中をバシンバシンたたいた。見回すけど、スーヒはいない。食堂で藁をかりかりしてるのかな?
「スーヒは邸に残りますか?」
顔色が変わらないニーノに聞く。お酒に強いんじゃなくて、飲んでない。私と同じジュースを飲んでる。
「スーヒは森に帰るべきなのだが、本人にその気がない。ガイオさんも甘やかす」
「何? 甘やかしてないぞ!」
「ガイオサはだいたい甘やかすかケンカすっかのどっちかだよなー」
システーナがお腹を抱えてゲラゲラ笑う。ジュスタもつられて笑ってる。
「ガイオさんが一緒に寝るものだから、同類だと思っています」
「同類!」
「ホント? 私も藁の寝床好きだから、スーヒと同類になれるよ!」
ルピタとケラケラ笑った。
* *
楽しく騒いでいつの間にか眠ってた。ふわっと何かが顔に触れて気がつく。
「おお……、ニーノ!」
ニーノが寝こけてる全員に布をかけて回ってる。
「寝ろ。明日は早い」
「ニーノはまだ寝ませんか?」
「やることがある」
何だろう? みんなに布を掛けるのかな?
「貴様は寝ろ」
隣に立ったら、ニーノが冷たい目で見てくる。
「エーヴェも手伝いますよ!」
「貴様にできることはない」
「お? じゃ、何するのか見ます」
両手をあげて主張すると、ニーノはジュスタとシステーナにも掛け布をして、歩き出す。
洞へ行く道だ。ニーノと歩くのは久しぶりな気がする。月も沈んで、すっかり星明かりだけの道を黙々と、ときどきあくびをしながら歩いた。
洞では竜さまが鳴り竹を鳴らしてた。
「りゅーさま、こんばんは!」
――おや? エーヴェか。もう夜も深いぞ。
顔を寄せてふーっと鼻息をかけられて、温かい風で髪や服がはたはたする。
「ふっふー! 飛ばされませんでした!」
「何をするのか見たいと言うので」
――ふむ。そうか。
「ニーノ、何しますか?」
楽しくなってぴょんぴょん跳ねる。
「洞を封じる」
「ふーじるってなんですか?」
入口を閉じちゃうのかな? でも、そんなことしたら竜さまの寝るところがなくなる。
「竜さまの力を分けた岩を外に運び出せないようにしておく」
ニーノはまっすぐ殻の山に近づいた。
「誰か竜さまの殻を持って行きますか?」
「竜さまを慕うものが殻の側に来て、かけらなどを持ち去ってしまう可能性がある。これは竜さまの力で、座の全てに影響する」
なるほど。みんな竜さまが大好きだから、持って帰っちゃう生き物がいるのは納得。
ニーノが殻の山の前で足を止めた。
「ペロ、離れろ」
「ん? ペロ、いますか?」
しばらく動きがなかったけど、ニーノがじっとしてると、殻の影からペロが根負けしたみたいにすささっと外に飛び出て来た。そのまま、竜さまへ駆け寄る。
「ペロは殻を取ってませんか?」
竜さまの爪に引っ付いたペロのところに行く。鉢をかぶってるけど、いつも通り透明。
「取ってないです。さすがペロ」
鉢をぺしぺしすると、隣の爪に移動していく。
「じゃあ、ニーノの魔法でふーじますか?」
「まず、ひとつ目だ」
ニーノがすっと右の掌を滑らせて、指揮者のように動かす。
……うーん、何も変わってないように見える。
「――よし。入口にもかける」
「え? エーヴェ中にいますよ!」
――案ずるな。出入りはできよう。
竜さまは何か見えてるのかな。
ニーノが両手を水平にかざして目蓋を閉じた。
「――ぼっ!」
何かの圧力みたいなのが体に当たって、通り過ぎていった。息はできるけど、水に飛び込んだときみたい。
「今、何か広がりました!」
「そうだ。殻に興味を持つ者は入れない」
「なんと! エーヴェ、殻に興味がないです!」
「貴様は竜さまが好きなのだろう」
それは間違いないけど、意外な結果!
――ふむ。ペロは押し出されてしまった。
竜さまの視線を追うと、洞の入口に鉢が転がってる。
「ペロー!」
ペロ、びっくりして鉢の中に引っ込んだのかな。
駆け寄る間に、これでおしまいみたいなことをニーノが竜さまに伝える声が聞こえた。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




