26.忙しい七日間
毎日がとっても忙しい。
――ふがっ! ふがー! また恐ろしい匂いがするのじゃ! ニーノがまた何かしでかしたのじゃ! 痴れ者め!
ニーノがまたお屑さまからお説教されてる。でも、お骨さまは羽を仕上げてもらって大喜び。
――かたかたするのじゃ。
においに顎を揺らしながら、竜さまと一緒に空に飛びだした。白い竜さまと白いお骨さまが空を飛ぶ様子は、本当にきれい。空高くを飛んでると、雲の間を抜ける二匹のイルカみたい。
ントゥは急なお留守番できょとんとしてたけど、遊びに来たテーマイ母子やスーヒと走り回ってる。人が増えたから、しばらく警戒してたらしいテーマイもイコについて来てるみたい。イコはすっかり大きくなって、ほとんどテーマイと変わらない大きさ。
ペロは竜さまの殻に気がついてから、探検にいそしんでる。竜さまの力が分けてあるなら、竜さまにくっついてるのと同じ気分がするのかもしれない。洞に来ると、殻の上や中で、ときどききらっとする鉢が見える。
言ったことは実現するニーノは、清々しくなる薬も作った。でも、竜さまの全身に塗るには量が少ない。ジュスタもとっても忙しい中、金属のヘラを作ったけど、こする人手がいなくて、結局竜さまは洞の出っ張りでごりごり体をかいてる。
――ニーノの薬もジュスタの道具も良い出来であるが、竜には合わぬのかもしれぬ。
「ニーノの薬、効きましたか」
みんな興味あるから、塗って欲しいけど、ニーノは手の甲にひとかけしか塗ってくれない。
「ちょっとすっとするかな?」
――ぽ! すがすがしいのじゃ! ぽ! まかまか不思議なのじゃ! ぽはっ!
みんなが首をかしげる中、たっぷり塗ってもらったお屑さまはご満悦。
……差別です!
船はお泥さまの座のみんなが、たくさん知恵を分けてくれた。船を支えるヒレ以外にも、目立たないところがたくさん変わってる。絡みにくい縄のめぐらせ方とか帆のたたみ方、縄の結び方、壊れにくい滑車の軸。
ツバキに似た固い殻を持つ種の中身を、砕いて粉にして縄や滑車にすり込む。すると、はた目にも滑車の動きが良くなった。
「うまく物が動くと気持ちいいだろ?」
「はい! すっきり!」
「あー、そのすっきりは大事なんだよ。余計な力やイライラは、けがや失敗につながるんだ」
ハスミンが猫みたいに笑って、するするっと帆の上げ下ろしをして見せた。
いろんな工夫はお泥さまの座のいろんな材料を使ってるので、材料や特別な道具を分けてもらって、ジュスタは使い方を教わってる。本当はみんなで教わるといいけど、船に積む食べ物や水の準備もしなきゃいけない。
ガイオと一緒に、たくさんのトウモロコシを粉にして、袋に詰めた。保存食を収める箱も足りないから工作する。でも、ときどきニーノに言い渡されて、ルピタとブランコしたり泳ぎに行ったりした。
竜さまの鱗は毛みたいに出てきて、丸い形に広がっていく。出てくるときがいちばん痒いみたいで、しきりと洞に体をこすりつけてたけど、三日もすると落ち着いた。
細い鱗が生えそろうと、西洋絵画で権力者が着てる毛皮のマントに似た模様ができる。確か、白いオコジョの毛だったかな?
「りゅーさま、珍しい模様です」
――珍しいのじゃ。黒い点がたくさんなのじゃ。
お骨さまも右に左に首を動かして、竜さまを眺める。
――うむ。わしはよく見えぬが。
竜さまは羽を広げて背中をのぞき込んだ。
「日に日に姿が移ろわれますね」
ニーノが、ただの事実を口にした。
きっと竜さまのいろんな姿が見られて嬉しいんだな。
いろんな物が船に運び込まれた。米が炊けるように、かまどについては一日がかりで検討された。船の骨格は竜の骨だから、火なんてびくともしないけど、壁や床は木でできてるから注意がいる。お泥さまの座のきれいな泥を固めて、前よりも大きな火が使えるようになった。ニーノ暦も、みんなが簡単な形になるように知恵をしぼって持ち込んだ。
お礼に、お酒や調味料の場所を案内して帰りに持って行くように伝える。
「これらは生き物だから、お泥さまの座ではうまくいかないかもしれないが」
「試してみるね。ありがとう、ニーノちゃん」
コウゾみたいな物も、プラシドに分けるつもりみたい。
お隣さんの割に遠くて、全然違う場所だけど、お互いの物を分け合っていけたら嬉しいな。
いよいよ出発するんだ。
そんな気分が高まった六日目の夜、ガイオが食堂で宣言した。
「おい、お前たち、これをつけるのだ!」
ガイオが掌に落としたのは……枯れ草かな?
よく見ると何本かの藁をより合わせて編んだ腕輪だ。とても細い。そういえば、最近ガイオは、夜中にごそごそ何かしてた。
「ガイオサが作りましたか?」
「当然だ!」
「へえ、ありがとうございます」
ジュスタは偉い。こんな細い腕輪にも、すぐにお礼をする。
「ガイオサ、これ、細いです。すぐに切れますよ」
腕につけてみるけど、一月もせずにこすれて切れてしまいそう。
「それでいいのだ。思いを込めた物は思いが強いとすぐに壊れ、無くなる」
「ふーん? じゃあ、これ、なんか思いがこもってんのか?」
システーナがつけたら、腕輪はもう糸くずみたい。
「お前たちが無事に帰ってくるのだ!」
両手を腰に当てて言い放つガイオに、ニーノが目を見張ってる。
「お前たちの分はまだできていない! まだ、帰らないだろう?」
「え、俺たちの分もくれるんだ、ガイオさん」
プラシドがにこにこする。システーナが頭をかいた。
「ガイオサがこんなん作るなんざー、びっくりだなー」
「そうです! エーヴェもびっくり!」
「うむ。今まで忘れていたが、こういうことも思い出したのだ」
……思い出した? じゃあ、前の世界のことなのかも?
「これは水玉と竜の分だ。お前が渡せ」
二つの輪を渡されて、飛び上がった。
「なんと! ガイオサが渡します!!」
「なんだと! 誰が渡しても同じだ!」
竜さまには大きな輪っか。ペロには小さめの輪っか。
「ガイオサ、一緒に行きます!」
ガイオの手を引いて、洞まで急いだ。わめいてるけど、ガイオもついて来る。
「りゅーさまー! ペロー! ガイオサの贈り物ですよ!」
「別に贈り物ではない! ……なんだ? うむ、守りだ!」
ガイオの手作りお守り。
――ほう。ガイオが物を持ってくるのは初めてである。
竜さまがすいっと鼻先を近づけてくる。
「む……。ほれ、これをつけるのだ。無事に帰って、俺とまたケンカするのだ」
目を細めた竜さまが、ばっと笑う。
――うむ。またケンカしよう。楽しみである。
ガイオが作った輪っかを角につけて、竜さまはもう一度金の目を細めた。
「りゅーさま似合ってます!」
――ふむ。似合うか。
――似合うのじゃ。友は守りがあるのじゃ。
お骨さまがぱかっと口を開ける。
「ペロは出てきませんね」
いつか踏み潰されそうになって以来、ガイオには近づかないもんね。
「ガイオサ、貸してください。――ペロー!」
殻の中に引きこもってるペロに声をかける。しばらくしたら、ペロがのそのそやって来た。
「ペロ、ガイオサがペロにくれましたよ」
ペロに小さな輪っかを渡す。ペロは輪っかをむおっと飲み込んだ。ペロの体の中を小さい輪っかがゆっくり漂ってる。そのまま、ペロはのそのそ戻っていった。
「ガイオサ、ペロに渡しましたよ。でも、吐き出すかもしれません」
ガイオは胸を張る。
「もともと水玉にはつけるところがないのだ。構わん!」
しばらくしたら、岩山の向こうでぺっと吐き出される小さい輪っかが見えた。
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