25.それぞれの大冒険
「鱗が生えそろうまでにはどのくらいかかるんですか?」
竜さまの首を触ってニコニコ顔になったジュスタが聞く。
――三日ほどであろう。
――おひゃーなのじゃ。
顎の骨を床にぐりぐりするお骨さまの頭の上で、ントゥがぽんぽん跳ね回ってる。もしかしたら、元気づけてるのかな。
――友よ、嘆くでない。羽の具合を確かめに後で飛ぼう。
――おお。飛ぼう! 飛ぼう!
お骨さまが急に頭を上げたから、ントゥが珍しくよろめいた。
でも、ニーノが眉根を寄せる。
「申し訳ありません、お骨さま。まだ羽の布が仕上がっておりません」
お骨さま、ぱかんと口が開いちゃった。
――む……。ニーノ、友の口を閉じてやるのじゃ。
「はい」
ニーノが動く前に、お骨さまが口を閉じた。
――おひゃーなのじゃ。
また顎を床に擦りつけてる。ントゥが、今度は上手にバランスを取った。
「りゅーさま、もう飛べますか!」
お骨さまを眺めてた竜さまがこっちを見る。
――うむ。ちょうど良い気晴らしになろう。
「気晴らし、ですか?」
ジュスタが首を傾けた。
……うーん、洞の中だと気分がふさぐのかな? それは大変。
――これからが少うしばかり、大変なのじゃ。
「これからぁ? 竜さま、前と同じくれーでっけーのに?」
ひび割れた竜さまの殻(?)は洞の中で岩山になってる。見比べると、竜さまはもう岩山と変わらない大きさ。へなへなさんからこんなに大きくなるなんて、すごい。
――ぽはっ! 分かったのじゃ! 痒いのじゃ! ぽはっ! ぽはっ!
お骨さまの羽の先で、急にお屑さまがぴこんと伸び上がった。
――うむ。
お屑さまは大笑いしてるけど、竜さまは表情が曇ってる。
――鱗が生えるときはむず痒いのじゃ。飛べば、気が紛れるであろう。
「なんと。エーヴェ、かきますよ!」
「やめろ。何かすがすがしい薬を用意いたします」
思わず、孫の手ポーズでニーノに不満の目を向ける。
「確か、角を丸めた金属片で軽く皮膚をこすると、皮膚を傷めずに痒みが治まるはずです」
ジュスタの案は聞いたことがない。前の世界の知識かな?
「洞の壁にこすりつけりゃーいいんじゃねーの?」
「シス! 乱暴!」
「……うふっ! あっはっはっは! 面白いなー!」
ドミティラが笑って、みんなきょとんとなる。
「やっぱり、エーヴェちゃんたちもお山さま大好きなんだね」
ルピタがにかーっと笑った。
「お? そーですよ! みんな、りゅーさま大好き!」
思い返すと、お泥さまの座では付き人みんながおどろさま好きなのをいっぱい感じてた。邸でも竜さま好きが伝わったら嬉しい。
「力を分けてくださったので、そろそろ旅に立てますか」
ニーノの言葉で、はっとする。たくさん人がいる邸に楽しいなーっと思ってる毎日だったけど、そろそろ出発しないと!
――うむ。よいだろう。皆の準備は整っておるか?
「船の改造は、ほとんど終わっています」
「へー――そーなのかぁ?」
「言われたままやってるだけだから、分かってなかったねー」
システーナとプラシドがぽかんとする。
「私はお骨さまの布の加工を急ぎます」
――おお、ニーノ頑張るのじゃ。急ぐのじゃ。
お骨さまがぴょいっと顔を上げて、こっちを見た。ニーノはうやうやしく頷く。
「んじゃー、あとは竜さまの鱗がそろやーいーのか」
――そのようじゃ。
お屑さまがぴこんぴこんする。
――やっと出発なのじゃ! 準備ばかりで何の準備か忘れたのじゃ!
――友と皆と旅をするのじゃ。
お骨さまが羽を振って、お屑さまがパタパタ揺れる。
――古老にお会いせねば。
――そうじゃそうじゃ! 珍しいことがたくさんでうっかりしたのじゃ! ぽはっ!
お屑さまの言う通り。古老の竜さまに会うために、船を作ってたらスーヒに会って、お骨さまを邸に招いて、イコが生まれて、船でお泥さまの座に行って、お泥さまの座のみんなが邸に来た。
「そして、白いりゅーさま!」
「なんだ、急に」
「今までのこと思い出しましたよ!」
「そうか」
せっかく思い出をたどってたのに、ニーノはいつも通りの冷たい目。
いい機会なのでみんなで洞の床に座り、今後の話し合い。
「案外近くにいたぜー。やっぱ気にしてんだなーガイオサ」
話し合いなら必要だろうってことでガイオを連れに行ったシステーナは、すぐに戻った。
「気にしてない! 話し合いがあることくらい分かっているのだ!」
不満げなガイオは、なぞの言い訳。ニーノが無言で頷く。
「お骨さまの布は明日で仕上げる予定だが、船は?」
向こうでお骨さまが口をぱかっと開けて、竜さまを見上げた。
「細かな調整まで含めると……五日くらいですね」
「あ、私、帆布のことでちょっとやりたいことあるから、一日ちょーだい」
ハスミンが元気よく手を上げる。
「食い物はどうするのだ!」
ガイオが口をへの字にしてる。
「保存食は継続して作っています。運び込みも含めて、――七日もあればいいか」
――七日の後に、出発なのか? 出発なのじゃ! 風じゃ! 移ろう景色なのじゃ! ぽはっ! ぽはっ!
お屑さまが盛り上がってる。移ろう景色が好きなのかな?
「俺たちはお山さま、お骨さま、お屑さま、ニーノちゃんたちを見送ってから、竜さまの座に帰るよ」
プラシドがお泥さまの座のみんなを見回して、にっこりした。
「……プラシドたちをお泥さまの座に送ってから、旅に出たらどうですか?」
「でも、エーヴェちゃんたち北に行くんだよ? 逆方向だよ!」
ルピタが目を丸くして、ジュスタが眉を下げる。
「本当に送れたらいいんだけどね。食料や水には限りがあるから、遠くに行く前はあまり寄り道はできないな」
「おお……」
無くなった分をお泥さまの座でまた積むのも、時間がかかる。
「大丈夫、エーヴェちゃん! 私ね、あの崖歩くの楽しみなんだよ! きっと空から見たのと全然違う景色が見られるよ」
「おお、ホントです! エーヴェ、崖の話楽しみです!」
「砂漠を越えて、森を越えて、崖を越えて、沼を越えるから、ルピタには初めての大冒険だね」
ドミティラの言葉に、ルピタと顔を見合わせてハイタッチした。
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