23.月明かりの道
船の作業を手伝ってる間はごまかせたけど、夕方過ぎて夜になるとやっぱり竜さまのことが気になってくる。
しばらく寝台の上で転がってたけど、月明かりが射しこむ窓を見てたら、いつの間にか外に出てた。窓から出るのが上手になったかもしれない。
今日は月が大きいから道がよく見える。ちょっと考えたけど、洞への道に向かった。月明かりの中だと洞までの道は、水の中に沈んだみたい。空気も昼より冷たくて泳ぐ気分でるんるん進む。すると、先に行く人影があった。
くるくる跳ねた髪が背中で揺れてる。
「お! ジュスタです!」
思わず、声が出た。隠れる間もなく、ジュスタが肩越しに振り返る。
「あれ、エーヴェ。寝たと思ったけど」
「寝てました。今は起きてます」
……戻れって言われるかな?
様子を見てると、ジュスタが笑って手招きする。
「一緒に行こうか。竜さまの様子が気になるんだろ?」
「そうなのです! 行きます」
ジュスタは話が分かります。
「ジュスタもへなへなさんが気になります!」
「そうだね。だって、竜さまがへなへなさんになったのなんて、初めてだからね」
「でも、へなへなさんは大きくなって、りゅーさまに戻ります」
「うん」
ジュスタが頭をぽりぽりかく。何か引っかかってる合図だ。
「あ! お骨さま!」
ジュスタに質問しようとしたけど、道の先に見えた物に手を振る。
月明かりの中でも白いお骨さまはよく分かる。頭を前肢の上に乗せて、眠ってるのかな。
……お骨さまは意識するとバラバラになれるのに、眠ってるときはバラバラにならないのはちょっと不思議。
羽の先でぴこんぴこんしてる黒い影も見える。
「お屑さま!」
――む! 童とジュスタか! 夜中に何じゃ?
高い所でぴこんぴこんしてるお屑さまは、ちりみたいに頼りない。
「竜さまのご様子を見に来ました。お骨さまは眠ってらっしゃるんですか?」
――うむ! わしもそろそろ寝るやもしれぬ! 山の様子が面白いゆえ、力を込めて見てしまったのじゃ! ぽはっ!
……力を込めて見るって、スポーツの試合を見るような感じかな?
考えながら、洞を振り向いて、思わず、飛びはねた。
「うわぁああ! わ! りゅーさま!」
「わ……、すごい」
後ろからもジュスタのびっくりした声が上がる。
竜さまは、朝のへなへなさんからすっかり大きくなって、普段の半分くらいまでふくらんでる。眠ってるのは変わらないけど、朝よりずっと竜さまらしくなった。それでも、輪郭はまだ丸っこくて、風船の感じが残ってる。しかも、羽や皮膚が透けてた。白っぽいから、さすがに骨までは見えないけど、液体が竜さまの羽の先までめぐってる様子が見える。
足に冷たいのが触って、びっくりした。
「わ! ペロです!」
ペロはすぐさまジュスタの足下にも行き、すごい勢いで竜さまのほうに行った。
……あ、久しぶりのぺちょ。
「なになに? ペロ、どうしました?」
追いかけていって洞に入る。洞の中は、外より温かい。
――童! 気をつけるのじゃ! 山は順調に大きくなっておるのじゃ! しかし、まだ触れてはならんのじゃ!
「はい、お屑さま!」
竜さまに近づくと、なんだか熱い。
白く透けた皮膚の下、竜さまの体をめぐる血が、いろんな色に見えるから不思議。
「きれいだな」
ジュスタも傍に来て竜さまを見てる。
――羽も体もまだまだ伸びるのじゃ! 珍しい眺めなのじゃ!
うん、とっても珍しい。お屑さまが、力を込めて見るのも分かる。
ジュスタはしゃがんで、ペロの鉢をなでた。ペロは熱心にぺちょを繰り返してたけど、なでられて少し落ち着く。
「ペロはどうしましたか?」
「よく分からないけど、機嫌が良さそうだね」
ジュスタは自分の周りをくるくる回り始めたペロを追って、首をめぐらせる。
――ぽはっ! 水玉は、山が自分と似ておるので自慢なのじゃ! ぽはっ!
「おお!」
似てるのは、透けてるところかな? ちょっと丸いところかな?
「ペロ、竜さまの様子が分かりますか? すごい」
ただ透明の水玉だけど、竜さまの様子は見えてるんだ。
「お屑さま、ペロはどうして竜さまが自分と似てるって分かりますか?」
しばらく待っても答えがない。
洞の外を見ると、お骨さまの羽の先でお屑さまがぷらーんと下がり、ときどきそよっと揺れる。
「お屑さま、寝ちゃった!」
いつもだけど、唐突に寝ちゃう。
「そろそろ、俺たちも戻ろうか」
ペロと三人で竜さまの様子を眺めてたけど、ジュスタが立ち上がった。
「ジュスタは大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
「来るとき、ちょっと心配してました」
「ああ……。ペロ、俺たちは行くけどまだここにいるかい? だいぶ暑いよ」
ペロは一瞬ほよんと止まったけど、のそのそ洞の壁の方へ移動する。
「まだここにいるみたいです」
「うん。じゃあ、エーヴェ、行こう」
「はい! また明日来ますね、りゅーさま! ペロ!」
お骨さまとお屑さまはぐっすりなので、横をそうっと通り抜ける。
涼しい月明かりの中に戻って伸びをしたら、そのままあくびが出た。
「歩ける?」
「大丈夫です! 手、つなぎます」
ジュスタと手をつないで邸に戻る。
「りゅーさま、とってもきれいでしたね。明日、もっと大きくなりますよ!」
話しながら、あくびが出る。
「ふふっ、エーヴェも安心したんだね」
「ジュスタも安心しましたか」
「そう。俺は船のことがあるからね」
……船って何だっけ?
「俺たちの船は最初、竜さまに持ってもらって空に飛び出すだろ? だから、竜さまがへなへなさんからどのくらい大きくなるのか、ちょっと心配だったんだ」
「――おお! そうです! 大変な問題!」
船には竜さまの足の爪を引っかける場所もある。前より小さくなっちゃったら、引っかける場所を変えなきゃいけない。
「ま、でも、一日でこんなに大きくなるんだから、大丈夫って気がしたよ」
「……そうです。りゅーさま、もうだいぶ大きかったです」
二人で同時にあくびをして、目を見合わせる。
「二人とも安心!」
「ほんとほんと」
笑いながら、緑色の光の中をゆっくり歩いた。
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