21.ひび割れる日々
お待たせして申し訳ありません。そろそろ第一部終了のため、まとめに少し時間がかかってます。
お付き合いいただければ幸いです。
みんなに質問して回るのには、思ったよりもずっとかかる。船の改造をしてるみんなの手が空くときをねらって話を聞くのが、まず難しい。質問するつもりが、手伝いに夢中になって夕陽の時間になってたり、お屑さまとおしゃべりしてたら、イコとテーマイがやって来たからルピタに紹介したり。結局、お泥さまの座のみんなに質問して、ルピタに伝えるところまで行くには、八日もかかった。
お屑さまの腕輪をルピタと交替でつけてたおかげで、お屑さまのこと一つ発見。
ときどきお屑さまは話さずに、ふわーっと漂ってる。ときどき、ぴこんぴこんの速度がゆっくりしてる。どうも、お屑さまがここじゃない景色に注意してるときみたい。
「お屑さま、何見てますか?」
――ぽはっ! いつも通りなのじゃ! 鳥と虫が風にもまれてお互いにくるくる飛んでいったのじゃ! 愉快じゃ!
「おおー」
どんな景色だったんだろう? 野原かな? 海かな? あそこもここも全部見えてるのは、やっぱり不思議。
竜さまの洞には、もちろん毎日行く。竜さまは眠ってるけど、一緒に夕陽を見る。
お骨さまはときどき洞から邸までの道を走り回ったり、木の上をントゥとお散歩したりするけど、竜さまの側にいることがいちばん多い。寝るときは隣でぴったりくっついてる。
「お骨さまと竜さま、仲良しです」
にこにこしてたら、ニーノが朝の話をしてくれた。掃除してると、お骨さまが起きて、まっさきに竜さまが起きてるか確認するんだって。もしかしたら一緒に起きるをやってみたいのかも。
竜さまはだんだん色があせて、古木みたいな風格になる。
――ふむ? 山の気配が遠いのじゃ! 目の前におるのに遠いのじゃ!
くっつくと、ちょっと前は大きな木を思い出したけど、今は大きな岩の気分。
ペロはいよいよ縦横無尽に竜さまに登ってる。竜さまのたてがみに近づいて、たてがみを飲みこんでゆらゆらする。愉快そう。
一緒に登ってみると、ツルツルしてた鱗ががさがさだ。
「ペロ、りゅーさまの肌が荒れてます!」
長生きな松の幹みたい。ショックを受けたけど、ペロは普段通り。でも、日に日にゆらゆらするたてがみの量が減ってきた。ふわふわのたてがみが石の彫刻みたいに変わっていく。変化は背中から始まって、尻尾と頭の方へ広がっていく。ゆらゆらたてがみはもう頭のてっぺんだけ。ペロはそこでゆらゆらしてる。
「お骨さま、りゅーさま、化石になるみたいです」
夕陽を眺めながら、お骨さまと話す。
――カ……セキ?
たどたどしくお骨さまが言葉をなぞる。
――死んだ生き物の体が石に置き換わることじゃ! 山は死んでおらぬゆえ、化石でははないのじゃ!
――おお、友はカセ、キではないのじゃ。
確かに大きな違い。うーん、どんな姿でも竜さまは竜さまだけど、竜さまの体からキラキラした部分が減っていくのは、ちょっとしょんぼりする。
とうとうゆらゆらたてがみが全くなくなった。でも、ペロは彫刻たてがみに張りついてる。残念なのか、でこぼこを楽しんでるのか、どっちかな?
――大変なのじゃ。とっても大変なのじゃ。
翌朝、お骨さまが羽を広げ、邸に四つ足で走ってきた。後ろ足だけで走るときより、ずいぶん速い。洞からなら瞬きの速さ。
――大変なのじゃ。友が、ひび割れておるのじゃ!
「ひび!!」
――なんじゃと! 見たこともないのじゃ! 童、すぐに行くのじゃー!
起きて顔を洗ったところだけど、大慌てて洞へ走る。
どうしたんだろう、硬くなりすぎてひび割れちゃったのかな? 前の世界で、冬場に指先があかぎれした記憶が急に浮かぶ。
うー――、痛そう。
後から来て悠々と追い越した白い骨の尾を追う。
「りゅーさまー!」
洞に駆けこむと、ニーノが竜さまの側に立ってる。
……いつの間に追い抜かれたんだろ?
「竜さま、大丈夫ですか!?」
ジュスタやシステーナもかけこんで来た。システーナは寝起きなのか、髪の毛がぼさぼさ。
「なんと!」
竜さまの灰色の身体には、干からびた泥に似た深い裂け目ができてる。ひび割れと聞いて卵のひびを想像してたから、痛そうでびっくりした。
「りゅーさま、痛くないですか? 大丈夫ですか?!」
当然、竜さまからの答えはない。ニーノ、お屑さま、お骨さまの顔を見て、また竜さまを見る。お骨さまは首を傾げて、竜さまのひびに顔を寄せた。
――童! 近くへ行くのじゃ! 何やら面白い気配がするのじゃ!
……面白い?
首をかしげたとき、視界の端できらっと何かが光った。竜さまの頭から、すごい勢いでペロが走って行く。ニーノを避けてから、お骨さまの足元を過ぎて洞の壁に寄った。
お骨さまが口をぱかっと開ける。
――友の感じがするのじゃ。
「……? ペロのことですか?」
ペロは竜さまのよだれだから、竜さまの感じがするのかも?
お骨さまに聞いたとき、地面がズゥンと鳴った。洞に駆けつけたみんな――お泥さまの座のみんなも来てる――が、ぴたりと静まる。
……ちょっと地面が揺れた?
「うわ! ひび、増えてっぞ?」
システーナがサーモンピンクの目を見張ったのが分かる。
ばき……ばきばき
「おわわ!」
派手な音と一緒に、竜さまの体にひびが走った。
ばちっびしり、ばちっ
思わず、耳を押さえる。弾け飛ぶ音が繰り返し響く。
竜さまの体が瓦礫みたいに崩れていった。
「りゅーさまが!」
ぽかんと洞の真ん中を見つめる。
――ぽはっ! 山が岩の山になったのじゃ!
お屑さまが大興奮でぴこんぴこんした。
――友?
一山の岩になった竜さまに、お骨さまがひょいひょい近づく。首を何度も傾けながらのぞきこみ、勢いよく岩の山に頭をぶつけた。
「おわー! お骨さま!」
びっくりする間に、お骨さまが顔を出した。
口に白っぽいひょろひょろしたのをくわえてる。
――ぽはっ! ぽはっ! なんと! ぽはっ!
なぜかお屑さまは大喜び。
「お骨さま、それ、何ですか?」
お骨さまはこっちを向く。
――友なのじゃ。
「――竜さま」
今までずっと無言だったニーノが、久しぶりに口を開いた。
――友よ。無理に引き出すでない。
白っぽいひょろひょろが動いた。
聞こえたのは、紛れもなく竜さまの声だった。
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