7.藁ベット半個室
遅くなりました。
お腹がすいて、目が覚めた。
昨日は夕ご飯を食べないまま眠ってしまったから、仕方ない。
――まだ暗いけど、食堂に行ってみよう。
部屋を出ると、ニーノと鉢合わせした。
「早いな」
「エーヴェお腹すいた」
ニーノは外から入ってきた。竜さまの洞の掃除から戻ったところだろう。
「昨夜の残りがある。来い」
「はーい」
食堂に踏み込むと、見慣れない黒い麻布が天井から吊されていた。
居酒屋の半個室みたいに一角が見えなくされている。
「近づくな」
自然にそっちに寄ろうとしていたので、びっくりする。
「ディーが休んでいる。子どもがうろついては目障りだ」
「ディー! 元気になった?」
「元気になっていないから、ここにいる」
「おお」
ニーノの視線が厳しいので、後についてキッチンに入った。
かまどから少し離れた、低い椅子を指される。
「ディーはいつ元気になる?」
「炎症が治まるまでに三、四日というところだ。骨が固まるには五十日くらい」
ニーノは身を屈めて、鉄の扉を開ける。奥に、赤く焼けた石がいくつも見えた。石をいくつか取り出して、平たい台の下に入れる。台は陶板っぽい。
「そのあいだ、ずっとここにいる?」
「それはあちらが決めることだ。できれば十日はいたほうがいいと伝えたが」
注ぎ口がついた大きな土瓶から、昨夜沸かした湯を注ぐ。一緒に、棒を渡された。
「温め直すから、先に顔を洗ってこい」
「はい」
キッチンには外に続く扉があって、邸の裏に出る。まだまだ薄暗く、静かで水っぽい空気を鼻からいっぱい吸いこんだ。
扉の横の棚から、小さな桶を一つ取る。地面から浮かせて作られた貯水槽があって、木の板をずらすと水が樋伝いに流れてくる。桶に水が溜まったら、板を戻す。
顔を洗って、棒とぬるま湯で歯をみがく。……この世界に歯ブラシは、まだ無いのです。
樋の下の岩を残り水で流して、棚に桶を返した。
「顔洗ったよ」
棒とカップを返すと、今度はお湯の入ったカップを渡される。すっとする匂いの葉っぱが浮かんでいる。
その場で飲もうとしたら、さっきの椅子をまた指されて、腰を下ろした。
「ニーノはお医者さん?」
「何の話だ」
「りゅーさまが言ってた。ケガや病気を治すのが得意!」
「……そうか」
陶板の温度を見ていたニーノは、食料棚から黄色い粉を取り出す。
「動物のケガ治す?」
「――もし、あちらからやって来れば、そういうこともある」
黄色い粉は水で溶かされ、陶板の上で薄く焼かれる。
「じゃあ、どうしてなんでって聞いたの?」
ディーのケガを治してと訴えたとき、ニーノは理由を聞いた。自分も治しているのに、不思議な気がする。
「貴様がディーのケガを治療したい理由を、私が知っていると思うのか」
――ん? あ? そうか?
「じゃあ、ニーノのちりょうのりゆうわ?」
「あちらが治して欲しいと希望していて、私に治す技術があるからだ」
「……」
なんだかいまいちピンとこないけど、動物の気持ちが大事ってことかな?
お湯をふーふー吹いて、口に含む。
「エーヴェ、あんまり見たことなかった」
「当然だ。貴様がいるから、しばらくは来ないよう頼んでいた」
「ふぇ? そーなの?」
何枚かの薄焼きに、ニーノは鍋の中身を包んでいく。
「とりわけ病気は、感染る場合がある。貴様が幼いうちは気をつけている」
「――でも、エーヴェ元気だよ!」
クレープを盛った皿を手にして、ニーノが冷徹な眼差しで見下ろしてきた。
「最近、熱を出した分際で――。子どもなぞ、ふとした弾みに死ぬ」
――こっわい。
「おいしー」
トウモロコシ粉のクレープ。中身はスパイシーに味付けされた昨日の魚で、普段より味が濃い。これでもさっきニーノは、鍋にトマトっぽい物を加えていた。
――二人は、本当はこんな味が好きなのかも。
「……私はディーの食事を用意するが、ディーのほうには行くな」
釘を刺されて、口をとがらす。
「こーっそり見ちゃダメ?」
短く溜め息が落ちた。
「貴様はこっそりかもしれんが、ディーに好奇心はよく伝わる。他の生き物の“知りたい”と“食べたい”は、区別が難しい」
「わあ」
それはいけない。それはとっても怖いに違いない。
「むー――しかたないー」
「よし」
短く言って、ニーノはキッチンに戻ってしまった。
――なかなか難しいなぁ。
クレープを食べながら、なんとか気配を殺せないものか考える。
――子ディーのときみたいに、ぴょんぴょんしたらどうかなぁ?
あれは子ディーだから良かったけど、まだ炎症があるときに、周りがぴょんぴょんしてたら、きっといらいらする。
しばらくすると、キッチンからものすごい匂いが漂ってきた。
――漢方薬?
植物だけど、混ざって薬っぽい匂い。ニーノは食事だけじゃなく、薬も作っているらしい。その証拠に、ニーノが匂いを引き連れて、キッチンから黒い布の向こうへ入った。
せっかくのトウモロコシ粉クレープを、憎々しくかみ砕く。
――むー、おいしい。
「――エーヴェ」
黒い布の間からニーノが顔を出す。
「ディーに許可をもらった。入ってもいい」
ぽかん、と口が開く。
――許可をもらった?
なんだかいろいろと言いたいことが頭を駆け巡ったけど、クレープを皿に置いて椅子を飛び降りる。
ニーノの足下に駆け寄って、黒い布の向こうをのぞき込んだ。
気迫でものすごく大きく見えたディーは、干し草ベットの上でゆったりと寛いでいた。
座っていても、目線は私より高い。
――目、きれいだなぁ。
ほわっと見とれた。慌てて、背筋を伸ばす。
「こんにちは! エーヴェだよ」
彫像のように私を見つめてから、ディーは顎をぐいっと突き出す。
……あいさつしてもらった気がする。
「ニーノ、今の、こんにちは?」
「そんなところだ」
「――うっふっふ!」
顔がニコニコする。
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