6.動物のお姉さん
子ジカは、大人よりも毛皮が赤っぽい。ぱっと思い浮かぶ白い水玉模様はないけど、耳とお尻が真っ白でかわいい。
慣れたみたいで、足がもつれそうに跳ね回ったり、竜さまに体当たったりする。でも、私が傍に寄ろうとすると、すぐさま距離を開けられた。
私が竜さまにくっつくと、子ジカもこっちに寄ってくる。
「むー、りゅーさましか触れない」
頰を膨らませる。
――ディーは怖がりじゃ。仕方ない。
「でぃー」
このシカは、ディーというのか。
「ディーは、りゅーさま怖がらないね」
竜さまの足を中心に、ディーの子と追いかけっこをする。子ディーはしなやかで、竜さまの爪や指の関節の上にひょいっと乗ってしまう。
――身軽な!
もしかしたら、背中にも登れちゃうのかな?
――思えば、エーヴェも、わしを怖がらなかったなあ。
「りゅーさまはいだい! 怖くない!」
両手を挙げて主張する。
竜さまの鼻から、ふわっと風が届いた。
「――あ、ニーノだいじょうぶかな?」
竜さまの周りでディーの子を追いかけるのに夢中になって、忘れていた。
――ニーノがどうかしたか?
「大人のディーがケガしてて、ニーノが治すって言ったんだよ!」
――うむ。ニーノはケガや病を治すのが得意だ。
え、そうなのか。
――子どもの時分より、ケガなど器用に治した。
そういえば、いろいろ痛い目に遭わせたって……。
「ニーノはいつも、動物のケガを治すの?」
竜さまは、たてがみにからまりそうなディーの子から、尻尾を持ち上げて逃がす。
――そういうこともあろう。わしはうとうとしておるから、知らぬ。
「りゅーさま、うとうと!」
ぼふん、と竜さまの毛並みに顔を埋める。
いーなー! 私もうとうとしたい。
いっぱい跳ねて、ちょっとくたびれちゃった。
ディーの子がちゃんといるのを確認して、竜さまにもたれかかる。
――ディーはあんなに跳ねて、疲れないのかな?
ゆらゆら、身体が揺れている。
目を開ける。
星明かりに照らされた道が見えた。坂の先に、竜さまの洞の口が見えて、ほの白いたてがみがゆわん、とはみ出している。
ゆらゆら、まだ揺れている。
誰かに抱っこされてるな。がっしりしてるから……。
「ジュスタぁ」
「お、起きたか?」
「……起きてない」
ジュスタの肩が揺れた。
「――あのディーは?」
起きてないけど、口は動く。
「ああ。足のケガ。なかなかひどかったけど、骨をつなげたよ」
骨折だったっけ。添え木とかしてもらったかな。
「すこし化膿しているから、傷が塞がるまで、邸にいるからね」
そうかそうか。
安心したので、また寝てもいいかな。
目蓋を閉じる。
「エーヴェとは、縁のあるディーだったよ」
ジュスタの言葉に、耳だけ起こす。
「ニーノさんが言うには、あのディーから、エーヴェにお乳をすこしもらったらしい」
――お?
お乳を分けてもらった? じゃあ、私も動物に育てられたのか?
いや、育ててるのはニーノとジュスタだな。
おとーさんがニーノとジュスタ。あのディーは、話に聞く乳母かな。
ぼやーっとした考えが、だんだんクリアになってくる。
――あの子ディーは、たぶんあのディーの子どもだよね?
ということは、私とは乳兄弟にあたるのでは?
ばっと顔を上げる。
「エーヴェ、弟か妹がいた?!」
ジュスタが目を丸くした。
「弟か妹?」
「あれ、ディーの子は?」
後ろにはついて来ていない。
「竜さまが見ていてくださるよ」
「エーヴェの妹か弟!」
「――ああ」
ジュスタは、にっかり笑う。
「なるほど、エーヴェはおねえちゃんか」
「ぉわー――!」
――すごい。
竜の付き人エーヴェは、なんと、シカのお姉さんだった。
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