9.とんでもない幸運
本格的に冷え込む前に、船に戻る。入り口で体を振るうと、あちらこちらから砂が落ちる。無限に落ちるのが面白くて、ルピタとけらけら笑った。
「明日は早い。さっさと寝ろ」
ニーノの命令に、お泥さまの座のみんなが「はーい」と聞き分け良くお返事する。ニーノはちょっと驚いたみたい。システーナは面白そうだけど、ジュスタは心配と面白いのが半々の表情。
「エーヴェちゃん、今日は私みんなと寝るね! 藁の寝床なんだよー」
「おお! 分かりました」
藁の寝床、一度寝てみてもいいかな。
「船を動かさなくていいから、ゆっくり眠れるね」
ハスミンが大きく伸びをして、二層へ降りていく。ときどき弦や太鼓の音がするから、耳を澄ませてみんなが降りるのを見送った。
船が砂地に泊まってるから、傾いて床は坂になってる。坂を上って部屋に行きかけたとき、ふと思い出した。
「あれ、ガイオサ見てません!」
食堂をのぞいてみるけど、スーヒもガイオも見当たらない。角で鉢がひっくり返ってて、ペロは中でもう寝てるみたい。ジュスタやシステーナのところものぞいてみた。
「何をしている」
「おお、ニーノ! ガイオサ見ませんでしたか?」
「ガイオさんか」
ニーノはちょっとどこかを眺めて、一つうなずいた。
「心配ない。竜さまのところにいる」
「なんと! ケンカ!?」
飛び上がって駆け出したら、襟の後ろを引いて留められる。
「ケンカではない。竜さまと話しているだけだ」
「なんと。ガイオサ、りゅーさまとケンカしない?」
最近は確かに竜さまを見つけて攻撃しに行くことはなくなったけど、逆にできるだけ竜さまを見ないようにしてた。それが、自分から会いに行くなんて。
「構うな。竜さまにお任せしろ」
「……分かりました!」
何が起こってるか分からないけど、ケンカしてないならきっといい方向へ行くんじゃないかな? 二百年つんつんしてきた竜さまと話しに行くなんて、きっとたくさんの勇気が要る。
「ガイオサ、勇敢! ちょっとワクワクしますね。二人が仲良くなったらいいね」
小さくうぉっほっほすると、ニーノがうなずいた。
「そうだな」
翌朝、砂漠の明るい朝日が窓からさんさんと注いで目が覚めた。ごうごうといびきが聞こえて食堂をのぞくと、ガイオが角でひっくり返って眠ってた。うるさかったのか、ペロはいなくなってる。
「――早いな」
「お! ニーノ! おはよー!」
「おはよう」
「もう飛びますか? エーヴェ、ちょっとりゅーさまに会ってきます!」
いびきをかいてるガイオをちらっと見て、ニーノが頷いた。
「急いで行って、戻れ」
「はい!」
船を飛びだして竜さまの休んでた砂地へ向かう。離れてないからすぐに竜さまとお骨さまの姿が見えた。
「おはよーございます! りゅーさま、お骨さま!」
二人の足下に駆けつけてあいさつする。
――エーヴェ、おはようなのじゃ。
――おはよう。
お骨さまの足下ではントゥが小さな獲物にかじりついてる。裂けた毛皮と骨が見えるから、ネズミかな。
「ントゥは狩りしました」
――夜に狩りに行って、たくさん獲物を捕まえたのじゃ。それで六匹目なのじゃ。
「おお、ントゥ、すごい!」
お骨さまはちょっと誇らしげ。
ントゥは目だけこっちを見て、一生懸命骨を噛みつづける。
――今日は出発であろう。エーヴェ、どうしたのじゃ?
砂が入らないよう目を細くした竜さまがこっちを見る。
「そうです、りゅーさま! 昨日、ガイオサ来ましたか?」
――うむ。来たぞ。
「じゃあ、りゅーさまとガイオサ、仲良くなりましたか?」
――む? ガイオと仲違いしたことはない。
「なんと」
竜さまにとってガイオにケンカをふっかけられるのは「仲が悪い」に入らないのかな?
「えーっと、これからもガイオとケンカしますか?」
――それはガイオが決めることである。
――友ー! わしも友とケンカするのじゃ。
お骨さまが羽を広げてきょきょきょきょきょと鳴らす。布がついてるから、ばっさばっさときょきょきょきょきょが混ざった音になった。
竜さまも首をあげ、羽を大きく広げた。
「わ! 待って待って! りゅーさまとお骨さま、ケンカはダメですよ!」
慌ててぴょんぴょん跳ねたけど、二人はちょっと噛むふりをしただけで、こっちを見る。
――ときにはケンカもよい。
――友は強いのじゃ。
お骨さまがぱかっと口を開けた。
……うーん、竜さまたちにはケンカも遊びの一部なのかも。
「じゃあ、りゅーさまは昨日ガイオサと何を話しましたか?」
肩透かしな気がして、唇がとがる。
――聞かれたことを答えておった。人を食らうか。人を傷つけるか。
「りゅーさまは人を食べません!」
思わずむっとして飛び跳ねた。金の目の奥で青い光がチラチラ揺れてる。
――うむ。わしは食わぬ。山を食らっておるとき、誤って口に入ってしまえば分からぬが。
「おお……」
そういえば、竜さまのうんこには蝶や小さい動物が混ざってることがある。食べる気はないけど、食べてしまった生き物たち。
――傷つけることも同じである。わざわざ傷つけようとは思わぬが、うっかり踏んでしまうかもしれぬ。
うん、それは仕方ない。
「ガイオサ、何か言ってましたか?」
ふわっと鼻息が上がった。
――それは内証じゃ。友も黙っておれ。
――うむ? 分からぬが、黙っておるのじゃ。
かたっことっと首をかしげて、お骨さまは口を閉じる。
「えー――!」
――ガイオに聞くがよい。ガイオの気持ちはガイオにしか分からぬ。
……むー、竜さまは偉大。
しばらくぶーっとふくれてから、竜さまの胸にぼふっとしがみついた。
ふかふかの毛の中に砂の感触がする。竜さまが呼吸する度、ふわーっと体が持ち上がり、ゆっくり戻る。
――エーヴェ、どうしたのじゃ?
ルピタやガイオと話したことがよみがえる。いろんな世界から来て、いろんな竜の経験を持ってる人がいて、この世界の竜さまに会った。私が竜さまを単純に大好きと思えることって、すごくラッキーで、すごく嬉しい。
「エーヴェ、りゅーさま大好きだよ!」
竜さまの顔を見上げて言い放つ。
ふわっと温かな息が触れた。
――うむ。何よりじゃ。わしもエーヴェが大好きである。
竜さまの金の瞳がきらきら輝く。
おおおおおおおお!
――わしもエーヴェが大好きなのじゃ。
お骨さまがぱかっと口を開ける。
おおおおおおおおおお!
なんだこれは! すごいことが起こってるぞ!
奇声をあげて砂の上を転げ回ってたところを、ニーノに拾われて、ようやく正気に戻った。
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