5.飯は温かいうちに
ガイオは口を開けっぱなしだから、放っておく。
「タタンの住んでた世界、面白いですね。どうして、竜ときょうだいになりますか?」
「竜はそれぞれすごい力があるから、力を借りるためだよ。人だけで生きるのは、大変だから」
「そっかー」
どんな世界なのか分からないけど、生きるのに一生懸命だったのは間違いない。
「……お前たちは、人を食う竜がいても竜と一緒に生きるのか?」
ガイオがやっと口を開く。
「人を食う竜を殺してしまおうと思わないのか?」
「ええー! 怖いこと言うね! いつも食べようとするわけじゃないんだよ? 食べられそうになったら逃げるけど、それで十分だよ」
おお、ちょっと混乱する。ガイオが言うことのほうが分かるけど、ルピタの言葉を聞くと、とっても悪いことのような気がする。前の世界なら、クマやオオカミかな? そう考えると、やみくもに戦ってたわけでもないのかも。
ガイオも混乱してる。
「うむむ……だが、ここの竜と違って言葉が通じるわけではなかろう。殺すしかないではないか。菜園ならば、育てる草以外は抜く! それも殺しているのと同じだ!」
「おお! ガイオサ、賢い!」
「言われてみれば、そうだね!」
ルピタはビックリしてる。
「うーん、でも、草を抜くのは簡単だけど、竜を殺すのは大変だもん。わざわざやらないよ」
「大変かどうかで変わるのか?」
「そりゃそうだよ! だって、小さいハエが顔の周りを飛んでたら、ぱちんって叩いて殺すでしょ? でも、大きいハエだったらぱちんとしにくいし、ちょっと気がとがめるよね」
「なんと……でも、そうですね!」
大きな生き物を殺すより、小さい生き物を殺すほうが簡単だし、罪悪感が薄い。前の世界でも、蚊を叩いて殺すことは別に咎められなかったけど、動物を殺すのはぞっとする。今でも、ぞっとする。
「不思議です。……うーん、殺すことに時間や力を使うと、気分が悪いと思います」
「あ! そうかも! 狩りをして獲物の息を止めるためにずっと力を入れてるとき、ずっとどきどきするもんね」
「ふおおおおぉぉ!」
まだ経験がないけど、そんなことになったら、手に力が入らないかもしれない。
「何の話をしているのだ!」
ガイオが叫ぶ。
「あれ? 何の話だっけ」
「殺すのは怖いってことですよ!」
「お前たちと話すと、訳が分からなくなるのだ!」
ガイオが地団駄踏む。
「もー、ガイオサはどうしてほしいですか!」
ガイオは怒るばっかりで、何がしたいか分からない。
「ガイオさんの前にいた世界の竜は、どんな竜なんですか?」
ルピタがにっこり笑って言う。とってもおおらか。
「俺のいた世界の竜は……」
苦り切ったガイオが重く口を開く。
「貴様ら! まだ見つからないのか!」
急に響いた声に、ピンと背が伸びた。
「む、ガイオさん?」
「おおお、ニーノ! ガイオサいたよ!」
立ち上がって、ガイオを両手で指し示す。
「ならば、さっさと戻って来い。もう食事ができている」
「ご飯!」
「ごめんなさい、ニーノさん、行きまーす」
ひょいっと立ち上がったルピタと対照的に、ガイオは腰を上げない。
「……どうしましたか、ガイオさん?」
ニーノが片眉を持ち上げる。ニーノもやっぱり、ご飯で喜ばないガイオが意外みたい。
「ガイオサ、複雑です」
「複雑?」
「前にいた世界の竜の話をしたら、ガイオさん、なんだか怒っちゃったんです」
「何?」
ニーノの声に、思わず首をすくめた。
「お、お? エーヴェ、タタンととても仲がいいですよ! だから、いいんですよ!」
前の世界の話はするなって釘を刺されてたもんね。ルピタは不思議そうにニーノと私の顔をキョロキョロ見てる。
ニーノが眉根を寄せて、こっちを見下ろした。
「――いいか。前の世界の話はするな。前の世界はその世界で生きる人々が、そこで生きるために作った理に満ちている。この世界で生きるとき、その理は助けにも逆にもなる」
「理ですか」
「常識と言ってもいい。この世界での常識は、この世界で作られなければ意味がない」
「ほう」
確かに、常識は住んでる場所によって変わる。前の世界でも、気候や習慣で意味や受け取り方が変わるものがあった。お葬式で黒を使うところもあれば、結婚式で黒を使うところもある。雲一つない青空がいい天気の地域もあれば、曇ってそよ風が吹くのがいい天気の地域もある。
「まず貴様が生きている世界と向き合え」
「分かりますよ! でも、エーヴェ、竜が大好きです。他の世界の竜はとっても気になります」
眉をひそめるけど、きっとニーノだって気持ちは分かるはず。
ニーノも竜さま大好きだもんね。
「――聞くとしても、たやすくない。その世界がどのような世界で人々は何を喜び、悲しみ、何を必要としていたのか知らなければ、竜がいったいどのようなものかも理解できないだろう」
「おお」
考えを巡らせようとしたところで、ニーノが首を振った。
「食事だ。来い。ガイオさんも」
「――うむ」
「お?」
今度は素直に立ち上がったガイオを見上げる。
「飯は温かいうちに食うのだ! 行くぞ!」
「おお! はい!」
「ごはんごはんー!」
いちばんに作業部屋を出たガイオの背中を追って、上の層へ向かった。
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