1.はなむけ
翌朝、みんなで船に荷物を積みに行った。
水に浮かんだ船の周りには薄紫色の花が咲いてて、白く輝く船は大きなラッキョウみたいにつやつやだ。
「お? 船、ちょっと変わりましたか?」
数日ぶりに見る船は、索具の様子が違う。少しすっきりしたみたい。
「ナシオが縄の結び方をいろいろ教えてくれたんだ。まとまって、絡まりにくくなったよ」
「おお! エーヴェも覚えたいです!」
「そうだね。空いてる時間に教えるよ。エーヴェに教えたら、俺もしっかり覚えられるから」
ジュスタが縄を引いて扉を開ける。ひょいっと鉤を投げて、梯子を引き下ろした。
「梯子じゃ登れねーよ、板渡せ」
大荷物を持ったシステーナがぶーぶー言う。
「エーヴェ、板出すよ!」
梯子を上って後から来たジュスタと一緒に、岸へ板をかける。
「重さがかたよらないように、奥から物を置いてください」
「ほーい」
運んできた荷物をいったん置いて、みんな順番待ちしてる。
新たに五人も乗るから、二泊三日だけど水や食べ物をたっぷり積む。
お泥さまの座では狩りをするから、大きな胃袋が水を入れる袋になる。瓶より軽くて柔らかいから、持ち歩くにもよさそう。
それから、大きな皮が四枚。たぶんスベンザの毛皮。これはお泥さまの座からのプレゼントだ。
「寒さにはたいして役に立たないが、雪よけになる。寒い場所にも行くだろう?」
エステルの言葉に、邸の大人たちはみんなびっくりしてた。
「エーヴェたち、寒いところ行きますか?」
「そうだな……」
エステルがほくそ笑む。
「ニーノは、そういうところは抜けるな」
「ニーノ、抜けます」
見上げたニーノは普段の顔に戻ってる。
「――ありがたく受け取る」
「餞別だ。無事に帰れ」
二人は握手した。ニーノの友達は、やっぱりすごいです。
荷物を積み込んだ後、お泥さまにあいさつをしにいく。竜さまとお骨さまは広場で寛いでて、また、お骨さまが竜さまの頭に、頭を乗せようと頑張ってる。お泥さまも近くの水辺で、ゆったり瞬いてた。
「おどろさま! またおどろさまに会えて、エーヴェ、とっても楽しかったです! また来ます!」
ぴょんぴょんお泥さまの前に飛び出た。
さっと影がさす。お泥さまが今回も頭を噛んでくれる。やっぱり獅子舞みたい。
――エーヴェ、また、おいで。
「慌ただしく、申し訳ありませんでした」
ニーノもあいさつして、ぱくっとしてもらう。
「お泥さまー、今度はもっとゆっくり遊びに来ます!」
「本当に、短すぎで何もできませんでした」
システーナが跳ね、ジュスタがちょっとしょんぼりしてる。
――そう。みんな、ばたばた。また、おいで。
お泥さまが、システーナにぱく、ジュスタにぱくっとしてくれる。
ルピタとドミティラ、ナシオとプラシドが進み出た。
「竜さま! 私、エーヴェちゃんと一緒にお山さまの座に行ってくるね! でも、すぐ帰ってくるよ!」
「少し船の手伝いしてきます」
「私は工房に行って、学んできます」
ルピタとナシオとハスミンのあいさつを、お泥さまは首をかしげて聞いてる。
「私がしっかり守って帰ります!」
「俺も一緒に行ってきます。みんなと仲良くしてきますねー」
ドミティラとプラシドの声に、お泥さまはゆったり瞬きした。
――うん。待ってる。
ぱちぱちと瞬きしてから、お泥さまの座の五人もぱくっとする。
――待ち合わせなのじゃ。
お泥さまのぱくっに尾っぽを揺らしてたお骨さまが、自分も首をお泥さまのほうに差し出す。
――待ち合わせ。
お泥さまはお骨さまの顔の先をぱくっとする。お骨さまの頭の上にいたントゥがびっくりして、肩のほうまで逃げた。お骨さまはぱかっと口を開けて、自分もちょっとお泥さまに噛みつく。
――わしも待ち合わせである。
竜さまも首を伸ばしたので、お泥さまはしばらくしてぱくっとした。
お泥さまがほわっと光った気がする。
「お屑さまはいーのかよ?」
――わしはよく飲まれて吐き出されておるのじゃ! 要らないのじゃ!
システーナの腕で、お屑さまはぴこんぴこんしてるけど、言ってることは不穏。でも、お屑さまは飲まれても大丈夫だもんね。
「タタン、お泥さまとあいさつしました」
「うん! お山さまの座に行くよ!」
軽くステップを踏んだルピタに拍手する。
「ペロやスーヒも置いていかないようにしないとね」
ジュスタが周りを見回して、はっと気がついた。
「そういえば、ガイオサは? ガイオサ、まだおどろさまにあいさつしてません!」
一緒にきょろきょろしてガイオを探す。
「――俺はいいのだ! さっさと船に入るぞ!」
遠くからガイオのわめき声が聞こえる。カジョとマノリトが二人がかりで脇をかかえて連れてきた。
「もーう船の中に入ってたぞ」
「き、急にいない。竜さま、さ、さみしい」
「何? さみしい?」
頭上にはてなを浮かべたまま、ガイオはお泥さまの前に立たされた。
「お、わ! 俺は、帰るのだ!」
お泥さまはゆったり瞬きした。
「俺は噛まなくていいのだ! 俺はお前のことなど分からんからな!」
――ガイオ、竜、怖い。あいさつしない。
お泥さまがのんびり言って、ガイオがぶわっと怒る。
「何を言うか! 俺は怖くないのだ! お前はだいたい、全然竜らしくないではないか!」
――まったく、ガイオはうるさいのじゃ! さっさと吹き飛ばすのじゃ!
ぷりぷりするお屑さまを、まーまーとシステーナがなだめてる。
しばらく、ゆったり瞬きしていたお泥さまはぱくっとガイオの頭を噛む。
――怖くない。また、おいで。
「おお、ガイオサ、よかったです!」
拍手したけど、ガイオは動かない。
様子を見に近くに寄ると、ガイオは急に奇声を発して、空を飛んで行ってしまった。
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