5.ディー
竜さま成分が少なめでつらい……。
ぱちぱちぱちぱちぱち――
「――なんだ?」
ニーノの登場に、思わず、手を叩いてしまった。
はっとシカを確認する。
――よかった。動いてない。
眉間にしわを刻んで、ニーノの視線が私とジュスタを確認した。すぐに、周囲を見回してシカに気づく。
「シカ! ケガしてる。ニーノ治して」
ふわんと地面に降りたニーノに主張した。
「なぜだ?」
「痛そうだから!」
しばらく私を見つめたけど、ニーノはシカに歩み寄る。
「ニーノ、シカ、怖がらせちゃダメだよ」
そろーっと声をかける。
ニーノは気にする様子もなく、つかつかシカに歩み寄った。
お辞儀するようにシカに頭を寄せる。
両手を握りしめて、じっと見つめる。
しばらくして顔を上げ、ニーノはこちらを振り向いた。
「こちらが治療の許可をくれた。私がこちらをお連れするから、貴様らは子どもを運べ」
宣言すると早い。お腹の下に手を入れて、シカごとふわっと浮かぶ。瞬く間に、飛んで行ってしまった。
「――み!」
子ジカが驚いたみたいで、その場で二回跳ね、鳴く。
――安心させなきゃ!
「子ジカさん! だいじょうぶ!」
両手を挙げて説明する。
「ニーノがケガ治してくれるよ!」
子ジカは大きな目でこちらを見つめて、固まっている。
ジュスタに背中をとんとんされた。
「たぶん、ニーノさんが説明してくれているよ。エーヴェが大きくなったら、子ジカがびっくりする」
「おぉ」
慌てて、手を下ろした。
ジュスタは捕った魚を草の茎で連ねて、子ジカを見る。
「ついておいで」
二、三歩進んで、振り返る。
きょとんとしている子ジカに、にっこりした。
「こっちだよ。おいで」
「ついて来るかな?」
ジュスタに駆け寄って、後ろを振り返る。
二、三歩、こちらに動いていた子ジカが、びくっと足を止めた。
「見ない、見ない。――大丈夫、俺が気にしておくから、エーヴェはいつも通り」
「ぁい……!」
口の中で答えて、ぎくしゃく動く。
――とっても気になるけど、ジュスタに任せればだいじょうぶ。
しかし、振り向いちゃいけないって、難しい。ついて来てるのが、怖い物じゃなくて子ジカだから、だいぶマシだけど。
邸にたどり着いて我慢できずに振り向いたとき、あのふわっふわした耳が見えて、とってもほっとした。
「ニーノー!」
「止まれ」
キッチンから湯気が見えて駆け込むと、ニーノの鋭い声が飛んだ。
入口で急ブレーキする。
――刃物!
きっちり手入れされているのが分かる刃物が、熱湯に放り込まれている。
「シカさんは?」
「今は、部屋に寝かせている。追われて、崖から落ちたそうだ」
「なんと」
「何か、手伝いますか?」
ジュスタもキッチンの入口に立って聞く。
「子どもは?」
「すぐそこに来ています」
刃物を熱湯から取り出しながら、ニーノはちょっと考えてるみたいだ。
「エーヴェも手伝うよ!」
「――あのディーは、子どもを気にかけている。エーヴェ、貴様、子どもの世話ができるか?」
「世話?」
「あの子どもが安全でないと、集中できない」
――安全といえば。
「りゅーさま!」
「そうだな。あの子どもと一緒に竜さまのところにいるといい」
ジュスタのアドバイスに強く頷く。
「できる! やる!」
「では、ジュスタ、貴様には助手を頼む」
「はい」
邸を走り出て、子ジカを探す。探すまでもなかった。私が駆け出してきたのを見て、入口近くをうろうろしていたのが、跳ねのく。
――大きくならない。おどかさないように、竜様のところに連れて行く。
竜さまの洞に続く道へ行って、振り返る。
「こっちだよ! おいでー!」
子ジカはこっちを気にしているけど、邸の入口に近づいていく。地面を嗅いでいる。シカさんの匂いがあるんだろうか。
うーん、どうすればいいだろう。
「み!」
子ジカの耳が、ぴくんとこちらをとらえた。
きょとん、って感じで私に顔を向ける。
「み、みー!」
叫んでぴょんぴょん跳ね、二、三歩走り、振り向く。
――エーヴェはシカだよ! 子ジカだよ!
背丈はあんまり変わらない。体の形は全然違うけど。
――おいでー!
子ジカがその場でぴょん、と跳ねた。
私もぴょーんと跳ねた。
しばらくじっとした子ジカが、また、ぴょんぴょんぴょんと跳ねた。
私も三回跳ねた。そして、竜さまの道へ入り込んでみる。
子ジカはまた跳ねて、距離をつめてくる。
――これは!
ぴょんぴょん
ぴょん、ぴょーん
ぴょん
ぴょーん
子ジカと交互に跳ねながら、じわじわ竜さまの洞へ近づく。
――む? エーヴェ。
竜さまの声が聞こえて、顔を上げる。
「りゅーさま!」
いつの間にか……ん? いや、やっと洞にたどり着いた!
思わず、竜さまに駆け寄って、はっと後ろを振り向く。
子ジカは立ちすくんでいる。
――子ジカさん、竜さま初めて見るのかも?
――ディーの子どもか。
竜さまが首を伸ばして、子ジカをのぞき込む。子ジカが後じさると、その場所でぴたりと止まった。
子ジカが、そろーっと首を伸ばし、近寄りかけて逃げる。
「みー!」
――怖くないよ!!
叫んで、竜さまの首にへばりつく。
金の瞳がちらりと私を見て、また子ジカを見た。
離れていた子ジカが、じりじりと周囲を行ったり来たりする。
おっかなびっくり近づいて、そろっと鼻先を伸ばした。
鼻先が触れて、ぴゃっと離す。
――でも、こわくないよね?
子ジカは耳をぱたぱたした。今度は落ち着いて、鼻先を押しつける。
竜さまの柔らかい鼻息が、子ジカの耳の毛をすこし揺らした。
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