22.いくら長くても足りない
銀色の雨は昼には止んで、ご飯の香りが漂ってきた頃、丸い屋根の家の入口にニーノが来た。肩についた雫を払って入ってくる。散った雫も雨もニーノの髪もみんな銀色。
「エーヴェ、そろそろ準備をする。来い」
「お? 何の準備ですか?」
ロペとルピタと床で転がって遊んでたけど、跳ね上がって駆け寄った。
「貴様が言い出したことだ。布を張る」
「おお――! そうでした!」
「エーヴェちゃん、なになに?」
ルピタが隣に寄ってくる。今回、お泥さまの座に来た目的をこっそり耳にささやいた。話が進むにつれ、黒曜石の目がきらきらし始める。
「タタンも手伝って!」
「いーよー!」
二人で気勢をあげて、ニーノに続いて建物を出る。
「どうやりますか?」
「この広場に布を張る」
ニーノの手に、竜さまの絵を帆に染めたときと同じ仕組みがある。竹製だから、お泥さまの座に来て作ってたのかな。布はどこだろうと周りを見ると、カゴがある。ルピタと一緒に駆け寄って、蓋を持ち上げた。生成りのしっかりした帆。
「うっふっふー!」
「先に器具を設置する。布は後だ」
「はい!」
まず、だいたい同じ高さの渡り廊下に、何カ所か器具を固定してカゴの前に戻る。まだぬれてる床や柱に触らないように、ルピタと一緒に掲げて運ぶ。器具に固定すると、向かい合う場所の器具に走って、今度はそっちを固定する。
うっかり地面に落ちてしまわないように、ときどきでニーノが風で支えてくれてた。
割った竹で布をはさんで、縄の結び目にくぐらせてる木の棒をぐるぐる回す。縄の輪が締まって、がっちり固定された。
「これで最後です!」
「すごくしっかり張ってるね!」
ルピタが両手でぎゅっぎゅっと布を押す。
「乗っかっても大丈夫ですよ!」
「まず足をふけ」
下絵を描いたときのことを思い出して布に飛び乗ろうとしたところを、すかさずニーノが釘を刺した。
二人で急いで足をふいて、布の上に飛び乗る。最初はおそるおそるだったルピタと、布の感触を確かめながら、向こうの渡り廊下まで走った。
「面白ーい!」
笑いながら、空中に張った布の上を行ったり来たりする。
「これはすごいな」
エステルとロペを抱えたプラシドが出てきた。
「何するの? ニーノちゃん」
「……エーヴェ」
「はい!」
四人のほうに駆け戻って、ぴょんっと跳ねる。
「あのねー、エーヴェ、前にシスにりゅーさまとみんなの指の跡がついた紙をあげました! 今度は、お泥さまの座のみんなも跡つけます!」
「跡?」
ひっくり返ろうとするロペを支えながら、プラシドが首をかしげる。
「ほーら、こいつだぜ、見てみな」
「うわ! なに!?」
上空から降ってきたシステーナが、腕の布の下から指拓を取り出す。ビックリしてるロペとプラシドと対照的に、システーナは余裕たっぷり。張った布を見ただけで、状況を察したみたい。
エステルが受け取って紙をそっと開く。プラシドものぞき込んだ。
「なるほど、こういうことか」
「こっちも準備してきたよー!」
声が聞こえて、顔を上げる。いくつかの甕を持ったハスミンとアラセリが手を振っていた。
昼ご飯で、船の作業に行ってたみんなも、ぞくぞくと戻ってくる。
「とっとと座れ! 飯は温かいうちに食べるのだ!」
ガイオが怒鳴りながら、お膳を配ってて面白い。
「ガイオサ、昼ご飯は何ですか?」
「米と魚とそこらで摘んだ草だ」
ガイオの説明だとさっぱり食欲がわかない。お膳を見ると、ほかほかご飯とアユより細い焼き魚とゆでられて明るい緑色になったいい香りがする草。おいしそう。
さっそくニーノの側に移動した。
「ニーノさん、ここ、いいですか?」
隣に座ったジュスタは、眉が下がってる。
「どうした」
「お骨さまの羽の布を染めるには、時間が足りなくて」
「そうか」
「え! 染められませんか!」
ジュスタの顔色を見ると、とっても染めたいのが分かる。
「私が軽々しく言っちゃったのが悪かったよ」
ハスミンが小魚を頰張りながら口をはさんだ。
「泥染めは工程がめちゃくちゃ多いんだ。植物の染液に浸して乾いてから、泥につけてみがく――布にすり込むのを交互に繰り返す。望んだ黒にするには、何回も繰り返さなきゃいけない。満足いく色になるのは、百回以上染めたときだよ」
「なんと! いっぱい日にちがかかります!」
「こんなに滞在が短いと思ってなかったからさー」
本気で染めようと思ったら、二年くらいかかりそう。
「もともと予定にないことだ。しかたない」
「そうなんですが……」
ジュスタは羽がもっとよくできるのが分かってるから、あきらめたくないのかも。
「ニーノ、あの布って何から作ってるのさ? すごく強いよね!」
「この辺りでは手に入らない」
身を乗り出したハスミンに、ニーノはいつも通り。
「そうじゃなくて、何なのか聞いてるんだよ。寸法は分かったんだから、次に来るときまでに染めておくよ」
「えっ! 本当ですか!」
ジュスタもちょっとびっくりしてる。
「どのくらい旅するか知らないけど、布がいたむのは間違いないし、次の羽を作っとく」
「おお!」
ニーノが少し驚いた顔してる。
「……いいのか、ハスミン?」
目をまん丸にしたジュスタに、ハスミンも目をまん丸にする。向こうのエステルが薄く笑った。
「お骨さまに素敵な羽を差し上げるのは、別に私たちでもいいだろ?」
「おおー! ハスミン!」
勢いよく、ハスミンとハイタッチ。
「お骨さま、付き人いっぱいです!」
砂漠にいたらお骨さまはひとりぼっちだったけど、会う人会う人、お骨さまの付き人になるみたい。
「また来る約束ができました!」
「ジュスタよー、もう一つあるだろ」
カジョがお膳を抱えて、近づいてくる。システーナもお膳をもらって、こっちに来た。
「空飛ぶ船が面白いからさ。もうちょっと手伝いたいんだが、お前たちにも都合がある。それで相談だが、俺たちの何人かがそっちに行ったらどうだ?」
「え!」
今度はルピタの目がまん丸になる。
「実際に飛んだら分かることもあるだろーしな」
「帰りはどうする?」
「歩いて帰ればいいさ」
エステルが笑ってる。
「タタン、来ますか?!」
ルピタと顔を見合わせる。
「お山さまの座、行きたい!」
「おお!」
すごい! 楽しい予定が二つもできた!
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