21.長い遊び
お待たせしてます……。
お泥さまの座はゆったりだけど、私たちが来てから全然ゆったりじゃなくなった。
ニーノが言うには、邸の菜園を放置しちゃってるから、どんなに長くても六日しかいられない。やらなきゃいけないことをする。お泥さまの座のみんなは、とっても協力してくれてる。
ニーノは、エステルとプラシドを最優先。お医者さんみたいにみんなのことを診て回って、カンデと薬や医療について話してる。でも、朝いちばんに竜さまのところに行って、身の回りを片付けるのは欠かさない。
竜さまは、夜には水脈の側に開けた丈の低い笹の原っぱで休んでる。お骨さまとントゥも一緒だ。お骨さまはときどき、竹林の上を伝い歩こうとして邸の周りの森とは違うしなりに大喜びしてる。
ジュスタはもちろん、船がいちばん! だけど、お骨さまの羽を染めることになったから、とっても忙しくなった。カジョやナシオやシステーナが船のメンテナンスに付き合って、ハスミンとアラセリが染め物に付き合ってる。ジュスタはあっちに行ったりこっちに行ったり。でも、きらきらしてる。
ガイオはマノリトやドミティラと一緒にお泥さまの座の畑仕事や炊事を手伝ってる。お泥さまを視界に入れたくないみたいで、あんまり水辺に近寄らない。スーヒはときどきはガイオについて行くけど、たいてい日陰で藁をかじってる。朝早く、急にやる気になって穴を掘ることもあるけど、藁をかじるほうがずっと好き。
お屑さまは、お泥さまの座のみんなに大人気で、さっきはハスミン、今度はナシオと、みんなの腕を転々としてる。いろんな景色が見られて、いつでも好き放題に口をはさめて、お屑さまはぽはぽはだ。ときどきガイオと鉢合わせるとケンカになるけど、お屑さまは根に持たないから大丈夫。
竜さまとお泥さまとお骨さまは、昼間はたいてい一緒。みんな作業さえなければ様子を見に行ったはず。ちゃんと作業しててえらい。だから、ルピタと一緒に竜さまたちのところへ行って、その日の竜さまたちの様子をみんなに報告してる。
とくにお泥場の日は面白かった。
お泥さまはいつも通り、ゆったりぽかぽかだけど、お骨さまはぜんぜんゆったりしない。ごろごろ転がって泥まみれになって、ばっと羽を広げる。
――まとわりつく砂なのじゃ。面白いのじゃ。
白い骨に、チョコレートフォンデュしたみたい。骨を振るから、泥があっちこっちに飛んでいく。ントゥも一緒に走り回る。ントゥはほとんど泥に沈まず走れたけど、お骨さまの真似なのか、転げ回って泥だらけになってた。泥がついた状態で、お骨さまに飛び乗るとお骨さまに足跡がついて面白い。花びらみたいな足跡は小さくて、すぐに乾いて落ちちゃう。
竜さまは泥に三分の一くらい沈んでて、動きにくそう。
――うむ。難儀じゃ。
途中で一回口を開けてから、どざっと泥に横たわった。普通に歩くのは止めて、泥に腹ばいになって滑りながら進む。泥が入り込まないように鼻の穴と目をぴったり閉じて、柔らかい泥を鼻先でかき分ける。
ルピタと一緒に真似して泥の上を滑った。暖まった泥は気持ちいい。でも、竜さまと違って、鼻や口に泥が入ったから早々に切り上げた。
二人の竜さまがゆったりなのに気がついて、お骨さまはひなたぼっこを始めた。
たぶん、お泥さまの真似。しばらくすると泥が乾いてパリパリになって、勝手に骨からはがれていく。
――友! すごいのじゃ。わしの体から泥のちりが落ちるのじゃ。
羽を振ると、一瞬で白いお骨さまに戻る。
――骨、ぴかぴか。
――うむ。まるで友が生まれ直したかのようである。
お骨さまは泥のちりが気に入って、何回もチョコレートフォンデュからひなたぼっこを繰り返した。
でも、いちばん面白いのはやっぱりペロ。お泥場を走るとあっと言う間に泥まんじゅうになるのに、ひなたぼっこをして泥が乾くと透明の水玉が出てくる。
――ペロは、ことのほか清らかに見える。
竜さまは金の目を細めたし、お泥さまは、
――ペロ、きらきら。
とほめてくれた。
ルピタと私は、竜さまの素晴らしい活動を報告するだけじゃなくて、そのときどきで手が足りないところに手伝いに行ったり、ロペと一緒に遊んだりもした。すると意外なことに、エステルとプラシドの二人といることが増えた。
四日目は朝から空が曇っていたけど、ご飯の後から、さーっと雨が降り出した。銀の糸みたいな雨に構わず、大人たちは作業に行ったけど、ルピタとロペと私は丸い屋根の家で遊ぶことにした。お屑さまは雨にぬれてもへっちゃらなので、今日はフィトの腕に止まってた。
「私も混ぜてもらおうかな」
エステルとプラシドが一緒に残る。お手玉みたいにしゃらしゃら音がする布の玉を床の上に置いて、みんなで輪になって座った。歌の一節毎にお手玉を投げては床に置いた玉の場所を入れ替え、一人ずつ交代していく遊び。
大まかな流れを、エステルが教えてくれる。
「いつまでもいつまでも続く遊びだ。雨にぴったり」
プラシドが、低い声で歌いながら、手本を見せてくれた。投げ方や床に置くお手玉の位置にいろいろな技があって、上手になるときれいにお手玉がつながるみたいだけど、とりあえず歌に合わせて玉を投げながら、入れ替えればそれで次へ回せる。ロペはルールを分かってないけど、きれいな布の玉を取り上げては、遠くへ投げるだけでご満悦。
ルピタはお気に入りの玉があって、それを投げるときは、黒曜石の目がきらきらする。ルピタがお気に入りの玉は確かに他よりも色がきれい。
みんなの歌声としゃんしゃん鳴るお手玉の音。そして、鳴り竹と雨の音。
「いつまでも続きますか?」
掌の上下を入れ替えて、お手玉を打ち上げ、床の一個と入れ替えて隣のプラシドに回す。
「そうだよ。終わりたい?」
ルピタの歌うリズムに合わせて、プラシドが三つのお手玉を上手に操り、ルピタに回す。ロペの関係のない一投もちゃんと受け止めて、お手玉を輪の中に戻した。
「前の世界では、遊びは終わりが決まってました」
エステルがお手玉を投げ上げる仕種に、手拍子も入れて回してくる。
「ずっと回していくのがいいんだよ、エーヴェちゃん」
技が思いつかず、簡単にただ投げ上げるだけで、プラシドにお手玉を回してしまう。
「遊びにはいろいろある。終わることでできあがる遊び、遊んでいることを楽しむ遊び」
誰かが話していても、誰かが歌っているから、お手玉遊びは続いてる。
「結果を楽しむ遊びはすぐに終わってしまう。私たちは長く遊びたい。時間がゆっくりあるからね」
お手玉はルピタの掌の上でしゃんと鳴る。
「ルピタがお手玉を打つ間、私はある意味遊んでいない。でも、私の順番が来る」
エステルがお手玉を受け取って、床のお手玉と何度も入れ替える。
「一人でもできる遊びだけど、大勢のほうが楽ちんだね」
回ってきたお手玉を受け取る。ルピタのお気に入りの玉。
「じゃあ、いつ終わりますか」
「終わりたいときか、急に――」
ぱっとロペが立ち上がり、とたたっと駆け出した。
ルピタが慌てて立ち上がって追いかける。ロペはそろそろ違う遊びがしたいらしい。
「こういう感じだな」
エステルが穏やかに笑った。
「エステルさんは、ちょっとりゅーさまみたいですね」
竜さまがいつも遊んでるのも、時間がたっぷりあるからかもしれない。
「光栄だが、そんなことを言ってしまっていいのかい」
微かに笑った紫色の瞳は、底知れない水みたいだった。
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