19.夕暮れ寄り道
前に鳴り竹を作った部屋で、小さな甕が火にあぶられてた。中から、強いにおいが広がってる。木の匂いだ。細かく切った枝をぎゅうぎゅうに詰めて、煮てる。
「隣の部屋いっぱいの木があったって、できる染料はその甕一つ分くらいさ」
ハスミンが指さした甕は、私がちょうど抱えられるくらい。布を浸して染めることを考えると、ちょっぴりだ。
「一回染めてみたのがこれだよ」
蜂蜜色の目に誘われて見に行くと、淡い赤色に染まった布が並べられてた。
見覚えがある気がして、考える。そうだ。システーナの目の色に似てる。
「これ、エーヴェの髪より薄い色だよ」
「まだ染液の濃さが足りないんだ」
「ほー!」
「でも、この色もきれいだね! モモみたい!」
隣に入ってきたルピタが、目をキラキラさせた。
「モモ! 今はモモなってますか?」
「今はお花が散ったとこだよ」
ルピタが残念そうに口を尖らせた。
「おお……」
モモまつりはまた今度。
「何度も染めて色を濃くすることもできる。薄い色と濃い色が混ざってるのもきれいだよ」
ハスミンが布を折ると、重なった部分が色濃くなった。グラデーションだ。
「ハスミン、エーヴェに泥染めを見せてやってくれないか? こっちは俺が見ているよ」
火を指したジュスタに、ハスミンが口をへの字にした。
「うー――、まぁいいけど……」
「ふふーん、ハスミンはジュスタと一緒にいたいんだー!」
ルピタがにこにこする。
「そりゃそうだよー! この前会ったのいつだと思ってんの!」
ハスミンが毛を逆立てたネコみたいに怒った。ジュスタを見上げると、きょとんとしてる。
「ジュスタ、好かれてます!」
ジュスタはにっこりした。
「うん。光栄だね」
「わーわー! エーヴェ、ルピタ、来な!」
毛を逆立てたままのハスミンに引っ立てられて、ルピタと三人で倉庫の裏へ向かった。
前に毛皮をなめしていたところよりもっと奥まで進んで行く。竹を組んで作られた日よけの下に、泥が溜まった池が見えた。
「ほんとに泥です」
「そうだよ。触ってみな?」
さらさらの細かい粒の泥は思ったより温かくて気持ちいい。
「最初にこの染液に浸すんだ。その次が、この泥」
「この液は濃い緑に見えます」
泥の池の隣に並べられた甕の中をのぞき込む。
「これも植物から作った。これだけだとアブラムシを潰したみたいな色だけど、泥に入れるときれいな黒になる」
「ほー!」
化学反応なのかな?
「お骨さまの羽の布は、ずいぶんと丈夫な布だったね。あれ、ニーノが作ったんだって?」
「そうです」
「材料って何だい? 知ってる?」
急に勢いこまれて、無言で首を振った。
「そっかー! ジュスタのやつ、ちゃんと聞いてないんだ。布にももっと興味を持てっての!」
おお、ハスミンは布のことが特別好きなのかも?
「とにかく、布の質が良くて、植物の染液と泥染めで、三つも強いところがある。すてきだろ?」
「すてき!」
ルピタと一緒に叫んだ。
「よし! タタン、お骨さまに染めていいか聞きましょう!」
「そうだね!」
お泥さまの水脈へ向かって走り出す。
「おーい! 二人とも、今から行くのー?」
振り返って、ハスミンに手を振った。
そういえば、昨日から竜さまたちに会ってない。
みんなどうしてるかな?
「お骨さま、羽が黒くなるの嬉しいかな?」
「お骨さまはどんな色が好きなの?」
質問が返ってきて、首をかしげる。
「そういえば、知りません。竜さまたち、好きな色あるかな?」
「分かんないね?」
二人で首をかしげてから、笑った。考えずに、聞いてみればいいんだもんね。
「エーヴェちゃん、こっちだよ!」
ルピタがお泥さまの水脈へ案内してくれる。
追いかける途中、右手の笹がゆらっとした。何かがごそごそと去って行く。
「タタン!」
呼びかけたけど、ルピタは先に行ってしまった。
竜さまたちのところに行きたいけど、笹の間に消えた生き物が気になる。
「もしかして、ペロですか?」
もちろん答えはない。
「タタン! エーヴェ、こっち行きますー」
声をかけて、ひょいひょいと追いかけた。
「ペロー?」
ペロかは分からないけど、声をかける。笹の間は思ったより歩きにくい。足下はボコボコしてて、枝に体を引っ張られて、転びそうになった。
慎重に歩いてると、また向こうの笹が揺れた。
「ペロ?」
でも、ペロじゃないと分かる。ペロよりも大きい生き物だ。
……ついて来たのは、失敗だったかも?
振り返って見たけど、ルピタの姿は見えない。しかも、気がつくと薄暗い。
もう夕方なんだ。
「――おお」
ちょっと困った。
「……あっち、行ってみます」
もう一度、笹が揺れた。他に目印がないから、そちらに向かう。
怖い物だったらどうしようかなと思ったけど、がさっと大きな音がしてふかふかの毛皮が見えた。
「あ、スーヒ」
答えるみたいに、一声、ぴゃっと鳴く。
「ん、どうした、鼻ぴこ?」
向こうから聞こえた声は、聞き覚えがある。
「ガイオサ!」
「む? お前! どこにいる?」
こっちも向こうもお互いの姿が見えない。スーヒと一緒に笹をかき分け近づく。すると、何か変わったにおいがしてきた。
「お、おおー!」
竹藪が切れ、夕日が赤く染める水面にハスに似た花がいっぱいに咲き誇っている。
変わったにおいはこの花から漂ってるみたい。
「おお! いたか!」
少し離れた場所に立ってるガイオに、スーヒがとことこと駆け寄っていった。
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