17.そこには誰もいない
プラシドは心配する間もなく、目を開けた。
「貴様は気持ちが繊細だ」
ひっくり返ったプラシドの縮れ毛を、ニーノが掌でぽふぽふしてる。
「だってー! 死んだ人ってラミラしかいないじゃん? 俺の膝にラミラがいるなんてー!」
寝っ転がったまま、プラシドが右膝を抱え込んでなでる。思わず、建物の中を見回した。残念、カジョはいない。
ニーノはしばらくして、軽く息をついた。
「……ラミラが死んだのも遙か昔か。だが、貴様らはラミラを火葬して、遺灰を水にまいたと聞いた」
一瞬きょとんとして、プラシドは表情をゆるめる。
「そういえば、そうだった! じゃ、誰? 誰がいるの?」
「竜さまと旅したとき、地中から見つけた骨だ。いつの人間か分からない。世界が滅びる前の人の可能性が高い。そもそも、人骨を直接使ったわけではない。解剖し、模して型を作り、ジュスタと協力して作った。素材はガラスと似ている」
「おお! 竜さまのうんこ! じゃあ、型が人の骨なだけですか」
ニーノは頷く。
「なーんだー! よかったー! びっくりした!」
体を起こして、プラシドはまだ膝をなでなでしてる。
「ん? でもニーノ、それ、いつ作りましたか?」
「以前から作っていた。事前にエステルと話したとき、ふと思いついて持って来ていた」
首をかしげる。じゃあ、ニーノはプラシドの膝に腫瘍があるって分かる前から、模型を作ってたんだ。
「なんで模型作りましたか?」
「え? 俺のためじゃないの?」
「貴様のためではない。興味のためだ」
「エーヴェー! ニーノちゃんが冷たいー!」
「ニーノはいつもこうですよ」
「そーだよねー」
一緒に「ねー」のポーズをして、プラシドの頭をぽんぽんする。弾力ある縮れ毛でふわふわ。
「ニーノちゃんの興味って?」
「私たちの体がこの世界の人間と同じなのか。前の世界で私は人間だったが、その人間とこの世界の人間が同じなのか」
おお、面白い疑問。
「同じか、分かりましたか?」
「……少なくとも、プラシドがその膝で動けている。体の構造は共通している可能性が高い」
「ニーノちゃんってば、俺で実験したの?!」
びっくりしたプラシドに、ニーノが眉をひそめる。
「――私は治療をした」
おお、不機嫌。
「ごめんごめん、ニーノちゃん! ありがとう!」
「落ち着いたなら、貴様は座れ」
けらけら笑って抱きつくプラシドを、手で払いながらニーノが命令する。
「ふふ、賑やかだな」
ニーノがプラシドの膝を診始めたところで、穏やかな声がした。
「よく診てやってくれ。プラシドはすぐ無理をする」
「貴様もだ。ちょうどいい。そこで待て」
エステルが一瞬眉を開いてから、笑う。
やぶ蛇だったって顔。
隣に座ったエステルを見上げた。頰の線に丸みが出て、紫の目が穏やかに見える。
「エステルさん、元気になったときにおどろさまに投げられてました」
「ああ。そうだ。とても喜んでくださって、我ながら誇らしい」
大丈夫だったか聞こうと思ったんだけど、これは大丈夫だったみたい。
「――動きに問題はなさそうだ」
「長く立ってたり歩いてると、膝が重くなってくるんだよね」
「やはり本来の膝のようにはいかないか……。重さはかなり軽くしているが」
ニーノはプラシドの膝の周りを指で押して確かめてる。
「おそらく筋肉の問題だろう。ここでも作りやすい痛み止めをカンデに伝えておく」
「うん、そうそう。カンデのおかげでだいぶ良くなってるよ」
「面倒がらずに膝の周りを鍛えて、筋肉をゆるめる訓練を続けることだ」
ぎくっとするプラシドを見て、エステルと笑った。
「貴様はどうだ、エステル」
ニーノがぐるりと向きを変える。
「問題ない。晴れやかだ」
「手を貸せ」
ニーノはエステルの両腕の脈を診る。
向かい合うと、肌の色は違うけど二人とも銀色の髪で、ちょっときょうだいみたい。
「……体力が戻るにはとても時間がかかる。無理はするな。熱が出たら、体力が戻る兆しだ。しっかり休め」
「承知した」
ニーノが、エステルの顔を一瞬見た。
「アラセリに伝えておく」
「はい」
エステルが微笑った。
……アラセリならエステルに釘を刺せるのかも?
「それで、どのくらい座を離れるつもりだ?」
診察が終わって、エステルが聞いた。
「いずれは戻るつもりだが、期間は分からない。古老の竜さまにいつ会えるか見当がつかん」
「古老の竜さま、どんな竜さまなんだろうね」
プラシドがうっとり言う。
「会ったら、エーヴェ、教えます!」
「ふふー、ありがとう」
プラシドに頭をなでられた。
「隣だが距離が距離だ。留守中、私たちは何もしてやれんぞ」
「承知している。竜さまとご相談して、邸からお泥さまに連絡できるようにする。ガイオさんが話したがったとき、聞いてくれ」
「おお、ガイオサ、寂しくないね!」
「……まぁ、いろいろな場合がある」
エステルが唇の端を持ち上げた。
「分かった。……それで、今回はどんな目的で来たんだ」
「え、旅の前に会いに来てくれたんじゃないの?」
プラシドが首をひねる。
「船の性能を確かめるのがいちばんの目的だ。それから、お骨さまの羽のこともある。ありがたいことに今度の旅にはお骨さまが同行してくださるが、私たちの作った羽でご不便があってはいけない」
「お骨さま、お屑さまをお迎えできたのは、こちらも光栄だ」
「あんなに愉快な竜さまたち、はじめて会ったよ」
プラシドがにこにこする。とっても鼻が高い。
「動物もいるけど一緒に行くの?」
「ントゥはお骨さまの付き人です! 一緒に行きます!」
「エネックだっけ? お骨さまの付き人ってどういうこと?」
おお、そうか、説明してない。
「スーヒは分からないが、ントゥとペロは一緒に来るだろう」
ントゥについて説明してる間に、ニーノがエステルに答えた。
「うわー! ントゥ、とってもいい子だねー!」
プラシドは感動してる。
「エーヴェ、貴様の目的も話せ」
話を振られて、首をかしげた。
「システーナと貴様の目的、か」
「あ! はい!」
確かに、ここに来た重大な目的がある。
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