16.気を失うほどの秘密
竹林がさわさわする音。ニーノとカンデが落ち着いて交わす言葉の合間に、お屑さまの即興みたいなテンポが混ざる。ルピタと一緒に作業してても、のんびりした気分。
乾燥棚の植物に触って、湿り気を確かめて、乾きやすいように形を整える。上の棚は高くてはしごが必要だったから、一人がはしごを登る間、もう一人が押さえる。
風通しが良くて日が射しこまないから、とっても快適だ。
でも、お腹が鳴った。
「お腹空いたね」
「ああ、そうか。もうお昼だ」
カンデが笑って広げてた薬草を片付け始める。みんなで集落の中心に向かった。
「お、シス! ガイオサー!」
途中で畑仕事帰りのみんなに会う。
「おちび! 薬小屋はどーだった?」
泥で汚れた手を腰でぬぐって、システーナがひょーいと持ち上げてくれた。
「楽しかったですよ! いい空気でした! ガイオサは、ちゃんと作業できましたか?」
「当然だ! だが、世話の仕方が邸と全然違ったぞ」
「麦に名乗るのいいねー。俺たちも今度からそうするよ」
プラシドがにこにこしてる。ガイオが普通に受け入れられてて、やっぱり意外。
「あれ? プラシド、足痛いですか?」
ちょっと足を引きずって見える。やっぱり長く動くのは疲れるのかな。
「ちょっと重たいだけ……わ! ニーノちゃん!」
「後で見せろ」
いつの間にか隣に立って見上げる冷たい視線を、プラシドはカジョで避ける。
「なんで逃げるんだ? 治してくれた当人だろうが」
「は! 言われてみればそうだー!」
顔を出すけど、ニーノと目が合うと戻る様子にみんな笑う。
ニーノはきっちり治すまでやりたいだけだろうけど、目が怖いのです。
「おおー!」
広場に入ると、建物の屋根から屋根に渡された縄に大きな布が干されて、風に揺れてた。
「お骨さまの羽だ!」
お骨さまがつけてると忘れちゃうけど、広場いっぱいに広がった布を見ると、改めて大きい。
「だいぶ乾いたよ」
廊下の上からアラセリがこっちを見てる。
「アラセリが洗いましたか?」
「お骨さまの大事な羽だから、きれいにしたほうがいいでしょ?」
「た、大変だった」
マノリトも顔を見せた。
「おお! そうです!」
こーんな大きな羽をどうやって洗ったんだろう? 倉庫の近くの川でかな?
青空にひるがえる布を見上げてると、変なにおいが鼻に触れた。
「ハスミンだ!」
鼻の頭にしわを寄せたルピタが振り返る。
「ジュスター!」
ハスミンと一緒に戻ってきてるジュスタが片手を軽く上げた。
「何のにおい?」
ジュスタに駆け寄って聞く。口の奥からつばが湧くような、下顎を横に動かしたくなるような奇妙なにおい。
「新しい染料を試してたんだよ」
「染料! どんな色?」
「たぶん、赤に近い茶色かな? エーヴェの髪より暗い色だね」
耳に触れる髪を顔の前に持ってくる。
……これより暗い赤って言うと蘇芳かな? 赤銅かな?
「ねーねー思うんだけどさ。お骨さまの羽、染めたらどうだ?」
布を見上げるハスミンの提案に、背筋が伸びた。
「染める?!」
真っ白な骨のお骨さまの羽に、いろんな色の羽を当てはめて頭がぐるぐるする。
「長く旅するんだろ? ってことは、雨風にさらされるんだ。補強したほうがいいんじゃないか?」
そうか、ニーノやジュスタの布の染めにも、強くする意味があった。
「あーほらほら! またお前らはー。溜まるな」
カジョが蹴るふりで足を上げ、ハスミンが笑いながらひらりとよける。
丸い屋根の建物にみんな集まって、昼ご飯。ハスミンとジュスタは独特なにおいをくっつけてたから、入口でドミティラとマノリトに扇がれてた。
においがどこかに行ったか、みんなの鼻がボケたかで、やっと大きな鍋を囲む。干し野菜をたくさん入れたスープ(狩りの時に食べたのと同じ味つけ!)。大きなお椀を箸でかくと、底に白いかたまりが沈んでる。小麦粉を丸めた団子だ。久々に食べるもっちり感。
お腹に入るうちに、額に汗が浮かんできた。みんなも汗をふきふき食べてる。
「おいしー!」
「そうだね、おいしい」
隣でジュスタがにこにこしてくれて、とっても嬉しくなった。
邸にはない味だけど、ジュスタもおいしいと思ってる!
「満足!」
お椀が空になると、みんなどんどんその場に寝転がる。
「お昼寝?」
「そうー!」
「最近忙しかったんだ」
ゴザの上でくつろぐカジョ。
宴会の材料のために狩りや準備で忙しかったのかも。
顔がゆるんじゃう。
大の字になったルピタの隣で大の字になった。竹が張り巡らされた天井と、草葺きの屋根の裏が視界いっぱい。
入口のすだれを押し上げて、風が吹き込んできた。鳴り竹の音がいくつも聞こえる。
汗をかいた体に心地よく、目を閉じて少しうとうとした。
「よし。貴様はそこに座れ」
ぴしりとしたニーノの声に目が開いた。
箱の上に座らされ、膝まで布をまくり上げたプラシドが不安そうにしてる。
見回すと、人の数が減ってた。
システーナとジュスタとルピタはまだ寝てる。目をこすりながら、ニーノとプラシドのほうへ近づいた。
「こら。貴様、目をこするな」
ニーノが気づいて、布で目の周りをぬぐってくれる。
「プラシド、大丈夫?」
膝はかなり上の位置から膝の側面を回って傷跡が続いてた。縫い目も分かる。
「わー、大手術です!」
開いたところを想像すると、うなじの毛が逆立つ。
「そうだよー。ニーノちゃんはすごいねー」
「歩けるようにしたのは貴様自身だ」
ニーノが膝をついてプラシドの足を動かしてる。プラシドと顔を見合わせてにっこりした。
「あ、ニーノ、プラシドの膝は腫瘍がありました。じゃあ、今ここに入ってるのは、何ですか?」
「あ、それ、俺も知りたかった!」
プラシドの膝を指さすと、ニーノが眉間にしわを寄せる。言いたくなさそうだけど、プラシドも興味がある顔をしてるから、迷ってる。
「プラシドの体ですよ! 説明します!」
「貴様が言うことではない」
冷たい目に、さっとプラシドの後ろに回る。
「うわ! エーヴェ、やめて! 俺も、この目は怖い」
軽く溜め息をついて、ニーノはあぐらを組んだ。
「ここには、他人の膝が入っている」
「……へ?」
プラシドと二人で首をかしげた。
「遙か昔に死んだ人間の骨だ。竜さまの唾液をおどろさまに変質していただいた液体にそれを浸した結果、なぜかお前の膝として機能している」
鳴り竹の音がからからと響く。
「……ん? プラシド?」
なぜかプラシドの体が傾いてきた。
ぽかんとした鼻先に、ふわっと風が舞い上がる。
一歩下がってみると、脱力したプラシドが風に支えられてた。
半分うなるような溜め息が聞こえた。見上げたニーノは渋い顔。
「気絶している」
「……おお!」
なんと! 確かに、ビックリする。でも、気絶するなんて。
プラシドはゆっくり床に横たえられた。
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