15.同じだけ好きなもの
なかなかペースが戻りません。のんびりお待ちいただければありがたいです。
カンデは竹林の間を通って、作業場に案内してくれる。
――ふむ! 新しい芽がたくさん出る気配がするのじゃ。山の座よりも、ねっとりしておる! しかし、細かく軽やかな竹の葉のそよぎはたいへん良い波なのじゃ!
お屑さまがルピタの腕でぴこんぴこんしながら、あっちこっちを見回してる。お屑さまはどこにでも行ったことがあるはずなのに、どこでも興味津々だからすごい。
「ねっとりしてるの、お屑さま?」
ルピタが首をかしげる。
――うむ! 季節が違うのじゃ! ここはもともと湿っぽい上に、いろいろな草木が香りを放って芳醇じゃ! ねっとりじゃ!
うーん、お屑さまの感覚は相変わらず独特。
お屑さまの気分で竹を見上げる。
「竹の葉がさやさやー」
ばらばらと赤く染まった竹の葉が散ってきて、日の光にきらきらひらめいた。
「ねっとりーさやさやー」
ルピタが手や足をくねらせるので、私も一緒にさやさやする。
「ルピタ、エーヴェ、着いたよ」
ハスキーな声に振り返ると二棟の高床式の建物がある。住居と違って、扉もちゃんと竹で作られてた。中に入ると植物のにおいでいっぱいだ。
――おお! ここはねっとりではないのじゃ! 乾いた草の憐れな気配なのじゃ!
お屑さまはぴこんぴこんしながら、室内の薬草を眺めてる。
「カンデも薬草が好きですか」
風通しのいい乾燥台の上には、形を整えられた植物がきれいに並べられてる。
「手に入れやすいから。薬になるなら、魚でも石でも構わない」
「おお」
室内になって、カンデの白目がくっきりして見える。
「もともとそんなに薬を使うほうじゃない。ニーノさんの影響が大きい」
「そーなの? じゃあ、もともとはどうやって病気を治しますか?」
「体を動かしたり、形を治したり」
整体みたいなものだろうか。
首をかしげたのに笑って、カンデは「ちょっといい?」と手を伸ばす。目の真下と眉間を軽く押して、鼻筋を人差し指と中指の股ではさみこむ。
「おわ、こきって言いました!」
ずらされて、鼻が鳴った。
「痛かった?」
「痛くないです!」
カンデの手が離れて、目を瞬いた。
「あれ? なんだかすっきり」
カンデがゆったり笑う。
「エーヴェは一生懸命に物を見るから、頭と目の周りに力が籠もってた。力は熱になって邪魔をし始める」
――邪気じゃ! 体はどうやっても邪気を溜めるゆえ、カンデはそれを逃がしておるのじゃ! 面白いのじゃ!
お屑さまがぴこんっと伸びた。
「おっしゃる通りです」
カンデはビックリしてる。
「病気を治すより本来の状態に近づけるのが、私のやり方です」
――うむ! 良きことなのじゃ! 他の手を借りぬゆえ、ニーノに優っておるぞ!
「いえ、そういうわけでは……」
「カンデ、すごーい!」
「すごーい!」
ルピタと一緒に拍手すると、カンデははにかんで笑った。ニーノは無表情に頷いてる。
「ですが、病気を治すには一つの手立てよりたくさんの手立てがあったほうがいい。薬を学んでいるのはそのためです」
「知識のない者でも、薬があるだけで病を治せる可能性があります」
「おお、確かにそうです」
作り方を知らなくても、風邪薬を飲めば風邪を治せるもんね。
――ヒトはすぐにいろいろ考えるのじゃ。知識がなければ、死ぬのがたいていの生き物なのじゃ。頭を寄せ集めて、知識がない者まで知識の恩恵を与えるのは、どうにも傲慢なのじゃ!
「竜さまたちは、他の竜さま助けませんか?」
――竜は強いのじゃ! 助けなぞいらんのじゃ! 会ったら一緒に遊ぶのじゃ!
話がずれてる。
「エーヴェ、竜さまがたは存在するだけで全ての生き物に恩恵を与えている。人間とは比べられない」
「おお、そうでした!」
ニーノのきっぱりに納得する。この世界は竜さまのおかげでよみがえってて、私たちだって呼んでもらえたのだ。
「エーヴェちゃん、こっちこっち」
手招きされて、ルピタに駆け寄る。
草葺きの屋根はところどころ隙間があるのか、竹を交差して編み上げた床に、ちらっちらっと光がこぼれてる。
ルピタに案内された先は乾燥棚の向こうで、藁で編んだカゴが並べられた棚がある。同じく藁で編まれた蓋をずらすと、それぞれに石や貝殻が収められてた。
「キラキラしてます」
どこかで見かけたような石や貝ばかりなのに、集められたものは特別きれいに見える。
「これ、鱗だよ」
「それから、雲母だ」
カンデがのぞき込んで教えてくれた。
雲母は石にまぎれこんでるキラキラした黒い欠片と白い欠片。剥ぎ取って集めたのか、竹の筒の中にキラキラ光るたくさんの欠片を見て、息をのんだ。
……万華鏡かな? 星空が映り込んだ井戸をのぞくような気分。
「きれいだよねー!」
ルピタが隣でかかとを上げたり下げたりする。
――童! わしにも見せるのじゃ!
ルピタに返すところでお屑さまが主張した。ルピタがお屑さまが見やすいように竹筒を上にかざす。興味津々でぴこんぴこんするお屑さまに合わせて、竹の筒を傾けた。
「あ、ちょっと待って!」
カンデが言ったときには、竹筒の底にあった雲母がお屑さまの上に降り注いでた。
――ぽ? 何じゃ? 何が起こったのじゃ? 軽やかな光がひっついて離れぬのじゃ!
「お屑さまー、動いちゃダメー!」
お屑さまが動く度、雲母がぱらぱらと床にこぼれていく。
――おお! 雲母である! たくさんあるのじゃ! なんとも美しい。わしの鱗のようなのじゃ! ぽはっ!
お屑さまの鱗を一瞬想像しかけたけど、ぱらぱら落ちる光にハッとした。冷たい目がこっちを見てる。
「わかってます!」
慌てて床にしゃがみ込んだ。ルピタは丁寧にお屑さまにひっついた雲母を回収してから、腕輪をカンデに渡す。
「私、エーヴェちゃんと拾ってるね」
――うむ! わしはカンデの話を聞くのじゃ! どうやってあれほどの雲母を集めたのじゃ!
ルピタが床に散った雲母を踏まないように、そうっと隣に来た。
拾った雲母を竹筒に落とそうとするけど、湿った手にくっついてる。
いつもは意識しないけど、やっぱり暑くて汗が出てるみたい。
「はい。二人ともこれ」
カンデに手のひらよりも小さい竹のハケを渡された。竹の一部を細く割って毛にしたもので、しっかり硬さがあるから雲母をはじき落とせる。
「おお、便利!」
「頼んだよ」
「分かった」
カンデはお屑さまとニーノと話しながら、乾燥棚の間を奥に向かっていった。
「これでだいたい戻せました」
ルピタと一緒に竹筒をのぞき込む。ルピタが慎重に蓋をねじ込んだ。
「あ、見て! 手がキラキラしてる!」
ハケでも取れないほんの小さなかけらがルピタの掌でキラキラしてる。並べると、私の掌もキラキラする。
「おおー!」
二人で手の角度を変えながら、キラキラを楽しんだ。
「お! タタン、手が大きくなりましたね!」
指がすうっと伸びてる。掌を合わせてみると、一センチくらいルピタのほうが手が大きい。乾燥棚の間に座ったルピタの手足はちょっと窮屈そう。
「エーヴェちゃんも背が伸びたよー!」
「エーヴェが大きくなる分だけ、タタンも大きくなりますね」
「次に会うときはどうだろう?」
首をかしげるルピタと同じ向きに首を倒す。
今回、どのくらいお泥さまの座にいるのか分からないけど、きっと長居はしない。船を試すためだもんね。
そして、古老の竜さまに会いに行ったら、次、いつルピタに会えるかわからない。
「うーん、タタンはエーヴェと一緒に来ませんか?」
ルピタは黒曜石の目をいっぱいに見開いて、うなりながら逆方向に首をかしげる。
「竜さまが一緒なら行くけど、竜さまは一緒に行かないよね?」
お泥さまは空を飛ぶのもゆったりで、古老の竜さまに会いに行く用事も別にない。
「たぶん来ないです」
「じゃあ、行かない。私は竜さまと一緒にいたいもん」
残念だけど、強くうなずく。
「わかりました! 今、いっぱい遊びます!」
「うん!」
離れるのは寂しいけど、ルピタも私とおんなじくらい竜さまが好きなんだ。それはとっても誇らしい。
ルピタがにーっと笑って、歯が貝殻みたいに光って見えた。
「カンデ、もう向こうの建物に行っちゃったかな? 追いかけよ、エーヴェちゃん」
「はい!」
二人でぴょんと跳ね上がって、竹の床を鳴らしながら棚の間をすり抜けた。
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