11.いちばん古い人
鳴り竹の音と、ぽろんっとこぼれる弦の響きが聞こえた。
「あ、誰か弾いてます!」
「急ご!」
魚の骨型の階段、久しぶり。ロペを抱えてるジュスタを待ったけど、ひょいひょい上手に上がってくる。
「エーヴェ、どうしたの?」
いつの間にか、笑顔になってた。
「……うっふっふー! ジュスタもお泥さまの座にいます!」
この前はニーノだけだった。その上あんまり側にいなかったから、付き人がみんなお泥さまの座にいるのが嬉しくなる。
「そうだね。ペロもいるよ」
「お!」
ペロに階段が登れるのか気になってのぞき込む。ペロは真ん中の骨を伝うから、あっという間に登りきって足下を通り過ぎた。
「水玉、かしこいねー」
隣で見てたルピタも感心する。
「ばー!」
突然ロペが叫んで、ペロが固まった。
「――あ、ぼくだよー。ありがとう、引き取るね」
駆けつけたフィトに、ジュスタがロペを渡す。褐色の肌が多い中で、色素が薄いフィトは相変わらず目立ってる。
「フィト、久しぶりです! ロペ、大きくなりましたね!」
「エーヴェちゃん、久しぶりだ。エーヴェちゃんも背が伸びたね」
「そうです、手も大きくなりました」
手形を押した紙を思い出して、自分の掌を見る。ロペの掌も見る。まだとっても小さい。
フィトに抱っこされてロペはリラックスしたみたい。ロペの声で固まってたペロも動き出して、ジュスタの足下に戻る。びっくりしたのかな?
「そういえば、ペロの名前はロペからもらいましたよ!」
「え、そうなの?」
ルピタが黒曜石の目をまん丸にした。
「それは俺も初めて聞いたな」
「ロペの名前逆さまにしてペロです」
「へえー――」
フィトが青い目を見張ってから、にこにこしてペロの近くにしゃがむ。
「ロペ、キミの名前からとったんだって。ペロだよ」
「ロペー!」
おお、ロペは自分の名前言えるんだ。
「ほら、このとうめいさんはペロだよ、ペ、ロ!」
「ぺ! ぺ!」
小さい掌でてしてしされて三回目、ペロはずもっと掌を飲み込む。でも、すぐに吐き出した。
ロペがびっくりした顔で掌を眺めてる隙に、ジュスタの後ろにささっと隠れてしまう。
「ぺ!」
指さして、のたっと追いかけようとするロペを、フィトが抱えた。
「ごめんごめん、ペロは嫌がってる?」
「どうかな? 分からない。もしかしたら、熱かったかな?」
「熱い物がきらい?」
「ペロは熱いとなくなっちゃいます」
そういえば、ペロは何十度くらいから熱いって思ってるのかな。竜さまはダメだけど、ジュスタには乗っかることもある。
「お前らー、いつまでそんなとこで溜まってるんだ、入ってこーい!」
入口にかかった布の向こうからカジョが呼んでる。ちょっと笑ってる声につられて、みんなで中に入った。
炉の周りにずらっとお膳が並んでた。炉にはいくつか鍋がかかってて、一つは蒸籠みたいなカゴが積まれてる。湯気と人の気配でいっぱいだけど、時々すうっと風が通るから不思議。
「おわ! シス!」
「おー、戻ったかおちびー」
びっくりして駆け寄る。システーナは腰くらいまでうぐいす色の髪が自由に伸びてたけど、それがお泥さまの座スタイルにさっぱり切られてた。
「ハスミンが欲しーっつーから」
「なんと」
ちょっと離れたところにいるハスミンは、カンデと弦楽器を触りながらおしゃべりしてる。
「エーヴェちゃん!」
ルピタに腕を引かれて振り返った。
「お、お屑さまがぷらーんってしてるの! 死んじゃった!?」
ルピタがはがれた木の枝みたいにプラプラしてるお屑さまを持ち上げてる。ショックで黒曜石の目がうるうるしてる。
「あー、ははっ、寝てんだよ。引きずったらニーノが怒っからあたしがもっとくわ」
システーナがあっさり笑って、ルピタがうやうやしく掲げたお屑さまを受け取った。
「そういえば、お屑さま静かでしたね」
「え? 寝てるの?」
ルピタは睫毛をはたはたさせる。
「お屑さま、急に寝ます」
「特に時間とか関係ねーしな。興奮して疲れたんじゃねーか?」
ルピタはしばらくびっくりしてたけど、ほっとしたみたいでにこにこした。
「お屑さま、面白い竜さまだね」
「そうです! いっつもたくさんしゃべっててぼーっとなるけど、いいこと、たくさん知ってます」
お屑さまがこんなにくたびれてるってことは、他の竜さまたちも今頃疲れて眠ってるかもしれない。
想像したら、ちょっと見に行きたくなってきた。
「皆、揃ったようだな」
穏やかな声が響いて、振り返る。
エステルとプラシド、ニーノが入ってきてお膳の前に座る。話したり、準備してたり、ばらばらだったみんなが席についた。模様の編まれたゴザみたいな敷物にルピタと座る。足が気持ちいい。
「今日は三人も竜さまをお迎えできた素晴らしい日だが、それ以外にも人間の客がいる。もてなそう」
エステルは一人一人をゆったり見回しながら話す。
さっきまでは着けてなかった立派な肩当てをしてる。たぶん、お泥さまに放り投げられたときに着てたのと同じ。
「すでに言葉を交わしただろうが、改めて紹介しよう。竜さまの座の付き人、いちばん幼いロペから」
おどろさまの座のみんなを幼い順に紹介していく。プラシドとは順番が逆なんだ。
名前を呼ばれるとみんな、にこにこした。
「……私はエステルだ。この座でいちばん古い。それでは、客人の中でいちばん古い人よ」
自然にニーノを見たけど、ニーノもエステルも違うほうを見てる。
視線の先には藁の山……の隣に仏頂面のガイオがいた。
「ガイオさん」
ニーノの声に、なんとも言えない顔をして、ガイオは隣を見る。
「これは鼻ぴこ――スーヒだ」
……おお! 藁の山の中にスーヒの鼻が見える!
さっそく藁をもらって、引きこもったみたい。
「その赤い髪の小さいのがエーヴェ」
「お!」
「髪がくるんくるんで、でかいのがジュスタ」
ジュスタが眉を下げる。
「それよりでかいのがシステーナ」
「あっはははは! あたしなー!」
「顔色が変わらないのがニーノ」
ニーノ、本当に眉一筋動かさない。
「忘れていたが、ジュスタの側の水玉……今は鉢か、ペロ」
ペロはいつの間にか鉢をかぶってる。やっぱりロペに驚いたのかも。
「そして俺はガイオだ」
ふてくされたみたいな顔が、急にはっとした。
「俺はここにいる誰より古いぞ。よし、みんな、ガイオさんと呼べ」
一拍あって、どっとみんな笑う。まるで大きな風が吹いたみたい。
スーヒの鼻が、さっと藁山に引っ込んだ。
ご馳走の準備に手間取ってます。
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