9.会わなくても友達
遅くなりました。
竜さまの角の一本をルピタが、もう一本を私がつかむ。竜さまが頭を上げ下げしてくれて、どぼんと水につかって、ぶわんと水の外に出る。
空気の中に戻る度、ルピタときゃらきゃら笑った。
「こんな遊びもあるんだね!」
「竜さまによってできることが違います!」
お骨さまが竜さまの真似をして水の下に頭をくぐらせようとするけど、浮かぶ力のほうが強いみたいで水面でもたもたする。
――友は深くまで行けるのじゃ。泥も深くまで行くのじゃ。わしは潜れぬのじゃ。
水面に顔を近づけて、不思議そうに眺めてる。
――わし、骨みたいに浮かない。骨、特別。
お泥さまがお骨さまの下に顔を持ち上げる。頭に乗った水草を、お骨さまがくわえて遠くに放り投げた。
――うむ。友は浮かぶのがうまい。遠からず、きっと水ともうまく付き合うようになる。
うまく付き合うって、どういうことかな?
でも、森の木の上をひょいひょい進んでたお骨さまだから、すごいことができるようになるのかも。
「お山さまは水の中でも息ができますか?」
ルピタが竜さまに聞く。
――できぬ。
「お? おどろさまは水の中で息できますか?」
「竜さまはたっぷり息を吸いこんで、ゆっくり使うんだよ!」
長く水の中にいられるけど、やっぱり呼吸は水の外でするんだ。
――いざとなれば、息をせずともよい。しかし、あまり体が動かなくなり、物を思う力も弱まる。
「なんと! りゅーさま、息しなくても生きられます!」
――うむ……。かろうじて生きておるだけである。あまり長く水の中にいるのは難儀である。
――わしは水の中でも平気なのじゃ! 屑じゃからな!
お屑さまが得意げにぴこんぴこんする。
「え? お屑さまは水の中でも息ができるんですか?」
ルピタが黒曜石の目をいっぱいに開いてる。
――ふんっ! わしは息などせぬのじゃ!
「なんと!」
「すごーい! じゃあ、お屑さまはずっと水の中に潜ってられるんですね!」
――うむ! ルピタ、お主はなかなか賢いのじゃ! わしはすごい竜なのじゃ!
お屑さま、聞きたいところだけ聞いてる。
でも、そうか! お屑さまの一人は長いこと海の中にいるって本当なんだ。
……だったらやっぱり、水の中でボゴボゴ言う必要もない?
――骨は息する?
お泥さまが自分の上のお骨さまに聞く。
――息しないのじゃ。骨じゃもの。食べぬし、疲れぬし、息もせぬのじゃ。
羽を鳴らして、お骨さまは何かに気づいたように固まる。
――じゃが、わしは眠るのじゃ。皆と同じなのじゃ。
――ぽはっ! わしも眠るのじゃ! 眠らぬ竜はおらぬのじゃ!
お屑さまの言葉に、竜さまがばっばっと首を揺らした。ルピタと慌てて角をつかみ直す。
――うむ。竜も生き物ゆえ、眠るのじゃ。
「エーヴェも寝ますよ!」
思わず、両手を上げて宣言する。
「わたしも寝るよ!」
当たり前なのに、お骨さまが気がついてみんなに教えてくれたら、ちょっと素敵なことに聞こえる。
竜さまたちと遊んでる間に、時間はずんずん進んでた。
――見よ。日が沈む。
水鳥が連れ立って飛んだ先に、赤く染まった日が見える。夕焼けの朱を映して、葦の葉陰で切り取られた水脈も朱い。さぁっと吹き抜けた風に乗って、鳴り竹の音が届いて振り返る。竹で作られた集落が影に沈もうとしてる。
――ルピタ、エーヴェ、帰る時間。
「はーい!」
竜さまが頭を低くしたので、タタンと水に飛び込んで筏に取りつく。
「りゅーさま、ずっと水の中いますか?」
――いや、わしもしばらくして水を出る。
竜さまはぶるぶるっと首をふるわせた。
――山、水苦手。
――苦手というほどではない。少うし向いていないのじゃ。
金の目をパチパチする竜さま。ちょっと珍しい。
――友! わしは水は苦手なのじゃ。つるつるなのじゃ。じゃが、面白いのじゃ。
お骨さまは頭を水に沈めようとして、弾かれる感触を確かめてる。
――ぽはっ! 骨は正直なのじゃ! 山は見習うのじゃ!
――うむ。友は見習うところがたくさんある。
お屑さまと竜さまの会話はなんだか面白い。
「じゃあ、エーヴェたち、先に帰ります!」
「竜さま、お山さま、お骨さま、また明日ー!」
ルピタと一緒に手を振った。
振り返る度、竜さまもお骨さまも遠くになる。相変わらず楽しそうで、にこにこした。
「竜さまたちはみんな違うのに、きょうだいみたいだね!」
筏を漕いでるルピタも振り返りながら、にかっと笑う。
「そうですね! お泥さまとお骨さま、初めて会いました。でも、とっても仲良し」
――ぽ? 何が不思議なのじゃ? ヒトも皆違うがきょうだいのようなのじゃ!
腕でぴこんぴこんしたお屑さまに、ルピタは瞬いた。
「んー……。そういえば、エーヴェちゃんと会ったとき、すぐ友達になったね!」
「ホントです!」
考えてみると、会う前から友達になると思い込んでた。
「エーヴェ、お泥さまの座に同じくらいの子どもがいるってニーノに聞きました。だから、友達になろうと決めてましたよ」
ルピタがにこーっと笑う。きっとルピタも同じような気持ちだったんだ。
――竜は他の竜がどこにおるか知っておるのじゃ! ヒトよりもずっと少ないゆえ、会わずとも友なのじゃ!
「お屑さまも他の竜さまに会うと嬉しいですか?」
――嬉しいのじゃ! 当たり前なのじゃ!
「おお」
お屑さまの嬉しいはよく分からない。
「……竜さまは少ないのに、一人でいるのはさみしくないんですか?」
水脈の底に竿を差して、ルピタが首をかしげる。
――む? さみしい?
「ヒトは他のヒトと一緒に暮らします。竜さまの側にいるけど、私はやっぱり、エステルやカジョやドミティラや……」
ルピタは指折り座のみんなの名前を挙げる。
「ロペやプラシドがいないと、きっとさみしいと思います。竜さまは他の竜さまと一緒に暮らしたくないんですか?」
言われてみれば、その通り。前世の竜やドラゴンが、それぞれの縄張りで暮らしてるイメージだったから、疑問に思ったことがなかった。
――ぽはっ! ぽはっ! なるほど、確かにそうなのじゃ! うむ! 確かに竜は以前より寂しいのじゃ!
意外な答えに、ぽかんとする。
――ぽ! 童! 口が開いておるのじゃ!
条件反射で口を閉じ、慌てて口を開く。
「お屑さま、どうして竜さまたちは前より寂しいですか! 寂しいのはよくないですよ!」
――童は知っておるのじゃ! まどろみどきに容易に入れなくなったのじゃ! 故に、竜は前より不自由なのじゃ!
「おお!」
「……まどろみどき?」
頭を傾けたルピタに説明する。
「――じゃあ、前はまどろみどきで自由に会って遊べたけど、今はできないってことですか?」
――できぬことはないが、遠くの竜とは会えぬ! まどろみどきも殺風景じゃ! しかし、今も面白いのじゃ!
お屑さまには全然しょんぼりした様子がない。
「面白いですか?」
――そうじゃ! かように、自ら羽ばたいて赴くことは楽しいのじゃ! そこにしかない物がたくさんあるのじゃ! 不自由は面白いことをたくさん引き起こすのじゃ! ルピタ、寂しいときは会いに行くのじゃ! そうすれば、楽しいのじゃ!
ルピタと目を見交わす。
「おおー!」
二人で声をそろえた。ルピタの頰が明るく染まってる。
「お屑さまは知恵者ですね! 新しい見方を説いてヒトの心を弾ませられるのは知恵者だって、エステルが言ってた!」
お屑さまはぴこんっと大きく伸び上がった。
――うむ! その通りなのじゃ! エステルは賢いのじゃ! よく分かっておるのじゃ! ぽはっ! ぽはっ!
お屑さまはぽはぽはが止まらない。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




