5.二人の競争
最初こそ、ガイオの側でぴゃっぴゃ鳴いてたスーヒだけど、ントゥがいつも通りお骨さまの上を走り回ってる様子や草と水のにおいをいっぱい含んだ風に興味が移ったみたい。鼻をひくひくさせて、とてっと葦原のほうに近づく。
ペロがのそっと顔を出して、すぐに引っ込んだのですぐに追いかけ始めた。
「あれがスーヒだよ。穴掘りが好きです」
「お山さまの座は動物がたくさんだね」
葦原に消えていった二人を、ルピタはきょろきょろ探してる。
「ガイオさん。はじめまして、エステルです。ニーノからよくうかがっています」
あぐらを組んで肘を角張らせてるガイオに、エステルが柔らかな表情で近づく。
「――お前はニーノの友か」
ガイオ、威嚇してるントゥみたい。
「そちらのプラシドも」
「そうか。……そうかそうか! ニーノはこんなに友がいるのか!」
急にがばっと立ち上がった。
隣に来たニーノがガイオを見上げる。
「ガイオさんには邸をお任せします。何かのときに、エステルら、お泥さまの付き人と連絡が取れるのはよいことです」
「なるほど。そうか。うむ、分かったぞ!」
ニーノが間に立って引き合わせると、ガイオにいつもの調子が戻ってくる。ニーノもエステルもすごい。
――まったく! ガイオなど来ずともよいのじゃ! ニーノは世話を焼きすぎなのじゃ! 遠くへ吹き飛ばすのじゃ!
お屑さまがまたぷりぷりしてる。ルピタがにーっと歯を見せて笑った。
「でも、たくさん人が来たら、竜さまきっと喜びます。お屑さまは、竜さまを知ってるんですか?」
――ぽ! 当然なのじゃ! 泥はゆったり、ぼんやりなのじゃ! じゃが、骨や山と違って泳ぐのがうまいのじゃ! 水の中と外では、ずいぶん様子が違うのじゃ!
「はい! そう。ゆったりなんです!」
ルピタがきらっきら笑顔で軽くステップを踏む。
「おーい、荷物出し終わったぜー」
システーナが声をかけ、ようやくみんなで出発した。
「お骨さま、お山さま、場所によって深くなっています。お気をつけて」
ときどきずぼんと足をとられる竜さまに、エステルが声をかける。
「俺たちの後ろなら、ずっと地面ですよ」
――うむ。後ろを歩くのが良さそうである。
尻尾の水草を振り払った竜さまの横を、お骨さまがあたふた滑っていく。
――まったく! 骨は落ち着かぬのじゃ! ぽはっ!
お屑さまは愉快そう。ルピタが首をかしげる。
「お屑さまはお骨さまと仲良くないですか?」
――ぽ! 何を申すか、痴れ者め! わしらはきょうだいのごとくに仲が良いのじゃ! 骨の頭が軽いだけなのじゃ!
「ほー」
――これ! 口をぽかんと開けるでない! 邪気が入るのじゃ!
ルピタはきゅっと口を閉じた。今は、腕輪のお屑さまに、あちこちを説明したり、おしゃべりしたりで忙しそう。
それで、みんなの様子に視線を移した。
「やっぱり柿渋じゃなくてムバーブの絞り汁を使ったほうが、毛皮は柔らかくなるんだけどさ、ムバーブ好き小さい虫がいるみたいで……」
荷物を運びながら、ハスミンが熱心にジュスタと話してる。目がキラキラして、熱気が肩から立ち上るみたい。ジュスタのほうも真剣に聞き入ってる。
「……ハスミン、とっても嬉しそう」
「ジュスタが来るって聞いてから、何を話すか考えてたからな」
「あ、カジョ」
ゆったりした笑みを浮かべるカジョと握手した。
「久しぶり、エーヴェちゃん」
「カジョはシスと仲がいいですか?」
カジョのほうは、システーナとおしゃべりしてた。システーナがにやっとする。
「会うの久々だかんなー。こいつ、すげー足はえーんだぜ」
カジョがからから笑う。
「いやー、あのときは面白かった! 俺に足で勝ったのはシスが初めてだ」
カジョが湿原の先を指さす。目をこらすと、微かに大きな木が見えた。
「あの木まで行って、戻ってくる遊びをしたんだ。俺のほうが地の利がある。何せ三本足だ。まさか負けると思わなかった」
「へえ! シス、すごい!」
「とーぜん! でもまー、ほとんど変わんなかった。カジョも大したもんだ」
二人はがんがん拳をぶつけ合って笑う。
「見たいなー! 二人の走ってるとこ」
ルピタがひょいっと話に飛び込んできた。
「エーヴェも!」
――ぽ! わしもじゃ! シスが勝つのじゃ!
「任せろ」
システーナ、調子に乗ってる。
「お屑さまの応援があるなんて、勝ち目がないなぁ」
カジョがゆったり笑い、お屑さまがぴこんっと伸びた。
――なんと! むむ! 確かに不公平なのじゃ! わしではないわしがカジョを応援するのじゃ!
「えーそれじゃ、一対九九八になっちゃうよ!」
「え? お屑さま、そんなにいるの?」
――うむ! わしは世界中におるのじゃ!
お屑さまが得々と説明を始めた。もうカジョとシステーナの競争の話はすっかり忘れてるみたい。
でも、二人が競争してるところ、本当に見てみたいな。
――集落が見えたようじゃ。
お骨さまの羽の先っちょをくわえた竜さまが、前方を見て頭を持ち上げた。お骨さまはまだかしゅかしゅ滑ってる。
……わざとかな?
竜さまの視線を追うと、橋とそこから続く道の先、竹垣で囲われた集落がある。高いところで、誰かが手を振ってる。
待ちきれなくて走り出す。
「おお、危ないです!」
慌てて止まる。カンデが、土と水の境目が分からないって言ってた。みんなと一緒に行かなきゃ。
「大丈夫だよ、エーヴェちゃん! 行こ!」
隣のルピタが駆け出す。
「私の後についてきて!」
「……おお! タタン、道覚えました!」
ルピタの後について走る。
腕輪でなびいてるお屑さまが、後ろを見てぽはぽはした。
――ペロとントゥも来たのじゃ!
一瞬でペロとントゥに追い抜かれる。ペロはともかく、ントゥはとても上手に固い地面を選んで走る。
「すごい、あの子、地面が分かるんだね!」
ルピタが目を丸くしてる。
「ほんとだね」
一緒にびっくりして、目を見交わす。
「――タタン!」
「エーヴェちゃん!」
二人で走ってる。
嬉しい!
――ぽはっ! シスとカジョも来たのじゃ!
荷物を持ったまま、二人が猛然と追いかけてきてる。
「ほーら、追いつくぞー!」
「ぎゃー!」
「急ご! エーヴェちゃん!」
二人で笑いながら、橋を駆け抜けた。




