2.水しぶきたくさん
森と違って高い木が全然見えない。水面と草原と岸近くに群れた低木を見渡す。
水分をたっぷり含んだ風が吹いてきた。
あったかい。じわっと汗が浮いてくる。
葦原には黄緑色の草の芽が見える。春みたいな季節かもしれない。
ずざぁああああぁぁ――
ふたたび大きな水音がして、振り返る。
「お、お骨さまー!」
――滑るのじゃー――!
水面で止まろうとしてるけど、全然スピードが落ちないまま、お骨さまは竹藪に突っ込んだ。
「ぎゃー!」
――骨ー――!
さすがのお屑さまも心配の声をあげる。竹が折れたりしなったり、ひどいありさま。
しばらくして、お骨さまがひょいっと竹藪から顔をのぞかせた。羽をバタバタさせる。
――こそばゆいのじゃ! ちかちか、こそばゆいのじゃ。
竹藪から駆け出してきたお骨さまは、体をぶるぶるふるわせた。
――友よ、大事ないか。
優雅に滑空して、竜さまも水に足をつける。
ど……ずぁあああ――
「わー! りゅーさまー――!」
竜さまはみるみる水に沈んでいく。
――愚か者ー! お主は重いのじゃー!
ようやく止まった竜さまは、首と羽の先だけ水の上に出てる。ここってそんなに深いのか。
――うむ。そうであった。
――友ー!
お骨さまが竜さまの側に駆け寄ろうとして、脚をかしゅかしゅ動かしてる。
――うまく走れないのじゃー。水の上は難しいのじゃ。
「おわー」
お骨さまは水に沈まない。でも、水面がぐらぐらするみたいで尻尾を揺らし、羽をバタバタしながらやってくる。沈まないのも、それはそれで大変そう。
――やはり、友は身が軽い。
竜さまの感想は、ちょっとずれてる。
――まったく! 揃いも揃って情けないのじゃ! わしのように、優雅にふるまうのじゃ! ぽはっ! ぽはっ!
何もしていないお屑さまが得意げにぴこんぴこんした。
「お骨さま、船の後ろにおつかまりください」
――うむ? 何じゃ?
ニーノの言葉に、お骨さまがよろよろ船に近づいてくる。
振り返ると、船の様子が変わってた。水平に広げたマストの帆は畳まれて、帆船みたいに中央のマストだけ帆がかかってる。
青い竜さまの帆は、湿原でもかっこいい。
「船なので、ちゃんと水面も進めますよ」
ジュスタがにこにこして舵を切った。
「おお、ジュスタはすごいな!」
甲板に顔を出したガイオが、珍しそうに周囲を見回す。
その足下から、砂色がすごい勢いで飛びだしてきた。船べりまで来て、くるくる回る。
「ントゥ、お骨さまのところに行きたいですか?」
聞いた瞬間、ぽーんと跳躍して、ントゥは川に飛び込んだ。
「おわ、すごーい!」
もがくみたいに泳いで、お骨さまの足に取りつく。
――おお、ントゥなのじゃ。
ントゥはお骨さまの足の上で体をふるって水を弾き飛ばすと、ぽんぽんと骨を伝い登りお骨さまの頭の上まで到った。
――ントゥは元気なのじゃ。
お骨さまは嬉しそうにして、船の後ろに前肢を乗せる。
「よーし、お泥さまの座に向かうぞー」
システーナが指し示す方向に、船はしずしずと進み始めた。
――うぉっほ! うぉっほ! 面白いのじゃー!
水上スキーほどじゃないけど、船の後ろで水しぶきを立てるお骨さまは、羽を鳴らして楽しそう。
「お骨さま――。何でもないです」
後ろを振り向いて、ジュスタは言葉を止めた。
「ジュスタ、どうしましたか?」
側に寄ると、苦笑い。
「うーん。お骨さまが羽を広げると速度が落ちちゃうんだけど、あんまり愉快そうだから、いいかなって」
「おお!」
確かにお骨さまの羽の布が、ばさばさ広がってブレーキをかけてる。
「そうです! エーヴェたち、急ぎません」
「それに、竜さまが追いつけなくなる」
ニーノの声に、竜さまを振り返った。
ほとんど沈んでる竜さまは、川の底を蹴って進んでるみたいだけど、とってもゆっくりで船からはずいぶん遅れてる。
――気にしなくてよいのじゃ! 竜には竜の気配が分かるのじゃ! 山も、泥がどこにいるかはとっくに分かっておるのじゃ!
お屑さまが竜さまとは逆の方向を見ながら言う。
つまり、そっちにお泥さまがいるってことかな。
「おどろさまに会うの、久しぶりです!」
ゆったりした姿を思い出して、顔がにこにこする。
「――どうやら出迎えだ」
しばらく進んで、後ろから来ている竜さまがほとんど見えなくなった頃、ニーノが舳先へ歩き出した。
舳先に身を乗り出して、ニーノの視線を追う。
「お!」
遠くの岸に、五人の人影が見える。
「おー、エステルがいんぜー」
小手をかざして、システーナがマストの上から叫ぶ。
まだ小指の爪くらいにしか見えない人影のうち、一人がぴょんぴょん跳ねた。
「――あ!」
私もぴょんぴょん跳ねる。
「タタンだ!」
迎えに来てくれた!
船はじりじりしか進まない。だから、ゆっくり誰がいるのか分かってくる。
右から、カジョ、エステル、プラシド、ハスミン、そして、ルピタ!
「エステルもプラシドも元気になったんだね!」
隣のニーノを振り仰いだ。
「そのようだ」
ん? 気のせいか、ニーノ、ちょっと満足そう。
「タター――ン!」
「エー――ヴェちゃー――ん!」
顔がはっきり分かるようになって、両手を振って名前を呼ぶ。
エステルが手を上げて、ぐるぐると回した。
「――ジュスタ、左に舵を切れ」
「はい」
船がゆっくり進路を変えた。ずん、と底が一瞬当たったみたい。
「この先が入り江だ! そこに留めろ」
カジョの声に応えて、システーナが帆をたたみ、ニーノが船尾で錨を投げる。
――む? 止まったのじゃ。
首をかしげたお骨さまが、ひょいひょいと岸に上がった。
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