1.空も川も
ちょっと寄り道です。
竜さまが力強く羽ばたいて、ぐんぐんスピードを上げ、船の後ろから前へ通り過ぎて行く。一生懸命羽を動かして、お骨さまが近づいてきてる。その様子に気がついた竜さまが、ふわーっと隣に戻った。
お骨さまは軽くてスピードを上げるのが難しいみたい。竜さまが前を飛んで、柔らかくなった空気の流れに羽を乗せると飛びやすそう。
窓に張りついて二人の様子を眺める。
うー、とっても幸せ。
ホントは甲板に出たほうが縦横無尽に飛び回る二人が見えて楽しいけど、今はスピードを出してるから、船の中にいるように言われてる。ごおおおという空気の軋みが、空を飛んでるのを教えてくれる。
ジュスタとシステーナは甲板で船を操作。ニーノはガイオに裁縫を教えてる。
「いつまでも竜さまを見るな。貴様も覚えておけ」
視線に気づいたニーノに呼ばれたので、仕方なく二人の側に行く。
「ふん、遊んでいるから怒られるのだ」
「ガイオサは遊んでなくても怒られます」
「なんだと!」
「エーヴェは針を持て」
しゃきんと針を構えて、布のかがり方を教わる。
……そう、ガイオも一緒なのだ。
実際に古老の竜さまの座へ向かう前に、試しにお泥さまの座に向かうことになって、今日で三日。
昨日は砂漠に降りた。お骨さまとントゥは久しぶりの砂漠に大喜び。さっそく砂に沈もうとしたお骨さまは、羽が砂に引っかかってばたばたしてた。布を一瞬で取り外せるようにしてたニーノはさすが。自分の体じゃないものを付けたり外せたりするのって大事だ。
――友のように、砂漠に潜れる竜はおらぬ。
砂に足を取られてもたもたする竜さまは、改めてお骨さまに感心する。お骨さまはほめられて、ぱかんと口を開けて嬉しそう。
今朝出発するときは、名残惜しそうだった。やっぱり、お骨さまにとっていちばん馴染みがあるのは砂漠なのかな。
――別に骨はどこでもいいのじゃ! 遊びやすいから砂漠が好きなのじゃ!
お屑さまはぽはぽは笑う。
うーん、お骨さまはどこでも遊んでる気がする。
船はエレメントと同じくらいの速さで飛べる。エレメントより広くて、いろんな物があるから退屈しない。船室は何度も改良が加えられて、狭いけど一人一人部屋ができた。
ニーノの部屋は薬草部屋につながってる。ジュスタはいろいろ道具を持ち込むからちょっと広い部屋。ついでに一層下の工房にはしごで下りられる。システーナと私の部屋は寝るところがほとんど。でも、寝そべったまま窓がのぞき込めるので、わくわくして気に入ってる。天井には赤い目の竜さまモビールをつけた。完璧。
夜はヒカリゴケが光る細い通路を抜けると、台所に隣り合う共有スペース。天窓からいっぱい光が降り注いで、邸の食堂より明るいかもしれない。鉢植えにした植物も持ち込んでるから、すこし温室の雰囲気もある。
ガイオは乗員の数に入ってないので、ここの隅に干し草を持ち込んで寝てる。邸の時と同じにペロは食堂の隅で鉢に入ってる。ひっくり返っても歩けるから、船の中では神出鬼没。どこの隙間を通ってきたのか、船を作ったジュスタでも首をかしげることがある。
ントゥはさすがにお骨さまにしがみついて飛ぶわけにもいかないから船にいるけど、お骨さまが見える場所を探していつも船の中を走り回ってる。スーヒはテーマイ親子と一緒に邸でお留守番。
船で大変なのはやっぱり水だ。
船のいちばん下の層に置いた樽から、料理の前に水を桶に注いで持ち上がる。四人分のご飯となると、結構な回数往復しなきゃいけない。
それから、体は拭くだけだけど、それでもたくさん水がいる。洗濯のことを考えると気が遠くなりそう。いままであんまり考えたことないけど、ントゥやスーヒもいるし、私たちはとっても臭いのかもしれない。
臭いと言えばトイレだけど、これはエレメントから進歩してない。船尾に穴があって大空にまき散らす。
……いいのかなぁ?
「おおーい、崖が見えるぜー!」
システーナの大声が船室にも響き渡った。針を布の端に刺して、甲板へ通じる階段へ走る。甲板に通じる階段の下には、ハーネスの置かれた棚がある。船が飛んでる間、甲板に出るにはハーネスをつけるとジュスタと約束した。ハーネスに両手両足を通して、ばたばた階段を上がった。
「あ、来たね」
ジュスタがこっちを向いた。顔にはごっついゴーグル。サーラスの皮と木で枠を作ったゴーグルで、飛んでくる物から目を守るためにジュスタが作った。必要だから作った物だけど、ハーネスもゴーグルも船を飛ばしてる実感があって、かっこいい。
「今は後ろで見えっぞー」
声の主を見上げると、マストの上でシステーナが後ろを指してる。システーナもゴーグルが似合ってる。
「見ます!」
船尾にかけ出した時には、もう目に入ってきた。
地面の裂け目みたいな大きな崖。
「おおー――!」
右から左までずっと崖が続いてる。うっすら雲がかかった斜面を、ゆったり飛ぶ鳥も見える。まっすぐ切り立った斜面に足場を見つけて生えてる木が、この崖がどんなに大きいか教えてくれる。
ニーノと二人で見たときはすこし怖かったけど、竜さまとみんなと一緒に眺める崖はただ気持ちよく、晴れ晴れした気持ちになる。
「おっきいねー!」
「すげーなー――」
――む、エーヴェなのじゃ。
お骨さまが気づいて船の近くに寄ってきてくれる。嬉しくて、一生懸命、両手を振った。
――裂け目を見に来たのであろう。
竜さまもすいっと近くに寄ってくる。
「りゅーさまー! お骨さまー!」
金の目を細めて、竜さまは羽をすぼめ、くるくる宙を回って見せて、ばっと羽を広げて滑空する。
「かっこいー!」
――友ー!
お骨さまは羽をバタバタして、竜さまを追いかけた。
見はるかす地面に川の曲線が走ってる。前来たときと、全体に色が違う気がする。少し明るい緑色が多い。季節が違うのかな。
あー、どきどきしてきた。
行きと帰りと二回しか見なかった景色なのに、近づいてるのが分かる。
久しぶりのお泥さまの座。ルピタとの約束が守れる。
「でも、どこに降りますか?」
砂漠は砂の中に突っ込んで止まってたけど、今度は森みたいに竜さまにつかんでもらって降りるのかな?
「水に降りてみるよ。船だからね」
「おお!」
確かにお泥さまの座は、湿地。
「着くのは、明日の朝かな」
舵輪をぐるぐる回して、ジュスタがシステーナに声を投げた。応じて、システーナが帆の一つをゆるめる。
帆がしぼむと、青い竜さまの帆がぱっと目に飛び込んできて気持ちが明るくなった。
――ぽ! 泥の気配が見えるのじゃ! シス! 起きるのじゃ!
「あー?」
隣の部屋でお屑さまの声がした。私もだけど、システーナが起きた気配もする。窓から見た空は明るいけど、まだ日は昇ってない。
私も寝台から転がり出て、甲板に向かう。
「あ? おちびも来たのかー」
あくびしながらハーネスつけてるシステーナの横で、私もハーネスをつける。
「きっともうすぐ着きます!」
「そーだな」
ゴーグルをつけて、システーナはにやっとした。
「エーヴェ、おはよう!」
「おは……わぁー!」
甲板の上に顔を出してビックリだ。
さっき外を見たときは気づかなかったけど、かなり低い位置を飛んでる。
竹林や葦原が吹き飛ぶように過ぎていく。
葦原からは、飛び立つ鳥がたくさん。
「おお、おどかしてます」
「どこかに捕まって!」
慌てて柵にしがみつく。ばん、とすごい音がして、船が跳ねた。水が散る滝みたいな音が聞こえる。
システーナが横をすり抜けて、瞬く間に帆に飛びつく。帆と帆の隙間を空けてすぼめると、ぐんぐんスピードが落ちる。
「舵を切れ」
ニーノの指示にジュスタが大きく舵を切った。また、ばんっと跳ね上がって、船が震え始める。
ずばぁあああ……
背後に大きな水しぶきを上げて、船はゆっくりスピードを落とす。
――ぽはっ! うまくいったのじゃ!
お屑さまの声に、船べりに駆け寄った。
白い船は水草のたくさん浮いた川に、ゆるゆると浮かんでた。
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