23.邸の誇り
出発までには、まだまだ準備が必要だった。
船は何回も試し、中の設備を徐々に整えて、また飛ばした。船の重さや重心が変わるから毎回課題ができるけど、ジュスタは相談しながら改良してる。
お骨さまの羽は、だいぶ見た目がすっきりした。ニーノが丹精込めて、柔らかくて丈夫な布を用意したから、今はちゃんと羽をたためる。場合によっては布が取れたほうがいいから、一回の動きで全部の縄が解ける仕組みを考案中。ホントにニーノは妥協しない。
お骨さまは、竜さまと空を飛べるのが本当に嬉しそうで、毎日二人で飛び回ってる。竜さまもお骨さまを構うのが楽しそう。巣立ったばかりの雛に飛び方を教えてる親鳥みたい。二人を見てると、とっても幸せになる。
改良で一度羽を外すときには、羽が変わると飛びやすくなると分かってからも、お骨さまはちょっと残念そうにする。
最初のときなんて、嫌じゃ! と走り回られた。羽がなくなるのが嫌なのと、みんなが追いかけてくるのが楽しいので、なかなか止まってくれない。
挙げ句に空に飛びだして、竜さままで追いかける騒ぎになった。でも、変えてみると、トウモロコシの皮よりずっと軽くて柔らかくて、こけるより飛ぶほうが簡単になって大喜び。
それ以来、前みたいに走り回らず、じっと待っててくれる。竜さまが隣で見てるのもいいのかもしれない。羽をつけ終わると、二人で空に飛びだしていく。とっても気分がいい。ニーノもすごく優しい顔になる。
しばらく姿を見せてなかったテーマイが、ある日、子ディーを連れて来てビックリした。子ディーは毛がポワポワして、小さいときのテーマイそっくり。
「これ! テーマイの子どもですか!?」
この前はオスとケンカしてたけど、いいオスがいたんだろうか?
でも、テーマイは相変わらず表情が読めない。お乳をあげながら、耳をふるっと動かした。
「物は試しだそうだ」
ニーノが代わりに聞いてくれた。
「おお」
「勇敢だな」
テーマイは、ニーノにはなでるのを許してる。私はあまりなでられないから、とってもうらやましい。
「テーマイ、勇敢ですか?」
「子どもを産むのは命がけだ。乳を出すのは、自分の身を削って食わせること。子をここまで育てるのも、警戒心を強くしてよく守ったということだ」
「――おお! テーマイ、すごい! 強い!」
テーマイを誉めたたえて、拍手する。テーマイは首をかしげて、お鼻あいさつしてくれた。
それから、ちょくちょくテーマイが子どもを連れて遊びに来るようになった。スーヒはテーマイが子ディーばっかり気にするので、ちょっとやきもちやいてたみたいだけど、すぐに一緒に走り回るようになった。特技の穴掘りも見せてあげてる。
子ディーはテーマイよりも人見知りしないタイプで、みんなに近づいて行く。ガイオにまでふんふん鼻を寄せに行くからビックリだ。
「なんだ! この子ディーは! しっ、しっ!」
ガイオはわめいたけど、まんざらでもなさそう。スーヒと一緒に構ってる。
ントゥは最初、子ディーにびっくりしてはるか彼方に逃げてしまったけど、ペロが子ディーの足を飲み込んで大騒ぎになった後、年長者みたいな様子で間に入るようになった。水玉とエネックと子ディーがじゃれ合って一緒に寝こけてるのは、よく考えるとすごい光景。もちろん私やテーマイも一緒になって、ボール遊びしたりかけっこしたりする。
――おお、とてもにぎやかなのじゃ!
お骨さまは邸の屋根に止まって、うぉほっほした。
*
たくさん時間がかかった。
テーマイの子だからイコと名付けた子ディーは、どんどん大きくなって、ペロやントゥの四倍くらい背が高くなった。テーマイよりまだ一回り小さいけど、だいぶ大人の雰囲気。イコがお乳を飲もうとするのを、テーマイはときどき嫌がって逃げてる。
雨がたくさん降る時期には、お骨さまの羽の布がべちょべちょで長く飛べない問題が発覚。水を弾く布がないかとニーノやジュスタ(やお屑さま)が考えてるけど、さすがにまだ見つかってない。ゴムの話はしてみたけど、広くて薄いゴムを作るのはとてつもなく難しい。
――晴れたら飛ぶのじゃ。
お骨さまはあんまり気にしてない。
船の中には住む場所が整い、鍛冶場のある工房ができた。帆の周りが改良されて、帆の枚数は変わらないけど、連動して操作が簡単になった。舵輪みたいなものができて、方向転換もやりやすくなったみたい。ニーノが高さや風向き、風の強さを測る装置を作って確認もしやすくなった。すごい。
船の完成が近づいて、船に積む食料や水の用意も本格的になる。乾燥野菜や果物がどっさり。塩に砂糖に調味料。水を入れる大きな樽。シーツや毛布や着替えや裁断前の布。ニーノは算日器をシンプルに改良して、日数の記録を続けるみたい。薬草や治療する部屋も当然ある。重要な燃料、竜さまのたてがみや鱗も少し持って行く。
そういえば、ガイオに竜さまの鱗やたてがみの倉庫を見せたら、気持ち悪いって震え上がってた。ニーノがこれがいかに大事な物かじゅんじゅんと説明してたから、私たちがいない間に燃やすことはないと思うけど。
ガイオはすっかり邸の仕事を覚えた。菜園でも堂々とあいさつしてる。簡単な修繕もできて、もしかしたら私より役に立ってるかもしれない。あと、意外と料理が好きみたい。食べるのが好きだから当然かな? 塩と油みたいなシンプルな味付けばっかりだけど、なぜかとってもおいしい。
雨の季節も過ぎて、竜さまとお骨さまが空で朝散歩してるのを見るようになった。
邸の中がなんとなく、がらんとしてる。
そろそろ出発が近い。
鍛錬の森も邸も竜さまの洞も、しばらくお別れすることになる。急に離れがたい気持ちに襲われて、ときどき立ち止まって周りを眺めた。
「おちび、どした?」
――童がしょぼくれておるのじゃ!
システーナと、すっかり定位置になったお屑さまが声をかけてくる。
「もうすぐ邸とお別れします。ちょっとさびしい」
「そっかー。ま、オサが残っから、帰ってきたら森ってこたねーよ」
「……おお!」
そうか、まったく思いついてなかったけど、ガイオがいなかったらこの場所自体が残ってない可能性があったのか。
「さびしーってのは楽しいことがたくさんあったからだもんな。きっと邸も誇らしーぜ」
システーナが肩車をしてくれる。
「シスもさびしいですか?」
「ちっとな。ま、でも竜さまと一緒なら、そっちのがわくわくすっけど」
――ぽはっ! シスが寂しいなど信じられんのじゃ! いつもわくわくしておるのじゃ!
お屑さまの言い分も分かる。
「そーだおちび! あれ、作ろーぜ!」
システーナは腕に巻いた布をほどき始めた。
きょとんと眺めてると、小さく畳まれた紙が出てくる。システーナが珍しく慎重に開いていく。
「おお!」
――ぽ? 何じゃそれは? 足跡か?
折り目に沿って破れそうなほど古びた紙に、黒い墨の跡がある。
竜さまの小指と付き人三人の小指――。思わず、手を伸ばした。
「ははっ! おちび、でかくなったなー!」
掌の跡はすっかり手で隠れてしまう。
「もうちっとでかい布に、手の跡つけよーぜ。ペロやントゥも」
「おお! テーマイやスーヒもつけます!」
――わしもつけるのじゃ!
「はい!」
ガイオも、イコも、もちろん竜さまとお骨さまも!
システーナとにぃっと笑い合った。
そろそろ第一部が終わりそうです。長い。
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