19.汗いっぱいの笑顔
甲板の上に出ると、竜さまの顔がすぐ側で嬉しい。
「エーヴェ、一応、これつけといて」
渡されたのは見覚えのあるベルト。スーヒやペロと実験したハーネスだ!
さっそくつけてみる。
……ん? 何か変わったのかな、前よりつけやすい気がする。
「へー、おちび用のもあんだな」
すいっと隣にシステーナが降り立った。システーナとジュスタもハーネスつけてる。ニーノはつけてない。飛べるからいいのかな。
「シス、おそろい!」
「これ、おもしれーよな! わくわくすっぜ!」
システーナは動きを妨げる物は嫌がりそうだけど、面白いのが上回ったみたい。跳ねてもついて来るベルトを眺めて遊んでる。
――シスの尻尾なのじゃ! ぽはっ!
お屑さまにとっては尻尾なんだ。
「エーヴェ、扉は閉めて来た?」
「――あ!」
木製レバーの傍らにいるジュスタが、こっちを見た。
急いでたから、扉のことなんて忘れてる。
「おい、オサー! ちっと船の扉閉めてくれー――」
システーナの大声に、ガイオの応答が返ってくる。システーナの呼びかけは、全然敬意の感じがない。
「よし、しまったぜー」
甲板から身を乗り出してたシステーナが、手を振った。
ジュスタが勢いよくレバーを押しこみ、左に動かす。
足下から重いきしみが伝わってきて、船全体がゆっくり左に傾く。
「おわわ!」
バランスを崩した手を、ぱしっとにぎられた。
ぐらりともせず、ニーノが立ってる。
「竜さま! お願いします!」
ジュスタの声に応えて、竜さまがばっと羽を開いた。
一打ちで巻き起こった風に、全ての帆がばっと風をはらみ、揺らぐ。
ばさん、ばさんと羽ばたきながら、首をかしげかしげして、竜さまが船の上に飛んでくる。慎重に水平に伸びたマストの一部に爪を引っかけた。
アーチ状の飾りがついてると思ってたけど、竜さま用だったのか!
「わ、とと!」
船が揺れて、まっすぐ立ち直る。
――では、飛ぶぞ。
ぐらぐら揺れながら、船が地面から浮かんだ。
「うぉおー! 浮いたぞー!」
システーナが興奮して叫ぶ。
いつの間にか、システーナはマストのてっぺんにいた。竜さまの羽ばたく風に髪を巻かれながら、両手に縄をにぎってるから、何か仕事があるのかな?
「エーヴェも見る!」
船べりまで走る。
ゆるい傾斜で加速がついて、転げそうになったけど、柵が受け止めてくれた。
「あ、ガイオサー――!」
ぽかんとした顔で、ガイオがこっちを見上げてる。ぶんぶん手を振ると、しばらくして片手を上げた。
高い木がずいぶん下になって、引きちぎられた葉っぱが飛ぶこともなくなる。
ぱかんと口を開けてお骨さまがこっちを見上げてる。お骨さまだって掌サイズだ。
――これくらいの高さで良いか?
「はい、十分です」
振り返る。いつの間にかニーノが側にいたのにビックリしつつ、ジュスタを見た。
声が緊張してる。顔も真剣そのもの。
――では、備えよ。
竜さまが首を低くして、羽を斜めに打ち下ろした。
一瞬で吹き飛ばされそうになったけど、ニーノががっちり支えてくれた。
船から震えが伝わってくる。
……風とスピードで材料がガタガタ言ってる?
緊張したけど、どうも違う。
「あ、帆だ!」
水平に伸びたマストの帆が、鳥の羽みたいに折り重なって羽になってる。
「シスさん!」
ジュスタの声にシステーナが舳先に向かって、跳び出した。
風に逆らって駆け抜けると、その後にばっと布が広がる。
「――ぅわぁああああ!」
舳先からマストに、きれいに三角帆が張った。
黒い竜さまが日の光を透かして、青く輝く。
「ぅらぁ、かけたぞー!」
舳先に縄を結んだシステーナが吠える。
船尾の帆も、ばんと音を立てて広がった。
「竜さま、離してください!」
――うむ。行け!
竜さまが空中で押し出してくれた。
加わった速度に、前につんのめりかけて、また後ろにひっくり返る。
がしん、とニーノにつかまれた。
むー。髪や服がなびいてなかったら、ニーノが風の中にいるのが信じられない。
ジュスタがレバーを操作して固定し、近くの縄に飛びつき、引き下ろして索具に結わえ付ける。システーナもあっちに走り、こっちに走って帆を固定していく。
「ジュスタ」
ニーノの声にはっと顔を上げて、ジュスタがレバーに駆け戻ってくる。がしんがしんと、ふいごを踏むような動作をした。
ゆっくり舳先の角度が上がる。
「げ、帆の角度合わねーぞ!」
システーナが一度結んだ縄を解いて、結び直す。ジュスタも駆け戻って、帆の操作をしてる。
……い、忙しい!
目の回るような時間は、でもだんだん落ち着いてきた。まるで、船が速度と風に慣れたみたい。
でも、システーナはまだ目をぎらぎらさせて縄に腕をかけ、ジュスタはレバーの近くで四方に目を配ってる。腕輪にくっついたお屑さまは、なびきっぱなし。
ふと影が落ちて、空を見上げた。
上空を飛ぶ竜さまがちらりとこちらを見下ろした。金の目に太陽の光が反射して、まるで虹みたいに光った。
――飛んでおるな。
ようやく、周りを見た。
真っ青な空だった。
船べりからのぞき込むと、竜の座の森とその境までずうっと見渡せる。
「すごい! 飛んでますよ!」
汗だくのシステーナとジュスタが、にへっと笑った。
ばっば、と竜さまの笑い声が頭上から届く。
見上げると、竜さまは体を二回ひねって船の前におどり出て、悠々と飛んだ。
その風で船ががたがた揺れたけど、なんだかとても嬉しくて、大きな声で笑った。
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