17.打てば響くこともある
明日、いよいよ染める。大きな帆だから染めるとき、何度も布の位置をずらす。全部染めても、洗って繰り返し。一日ではとても終わらない。
「ニーノ、大丈夫ですか?」
「何がだ」
思わず口が尖った。型をニーノの魔法で作らなきゃいけないんだから、ニーノはきっと疲れるはずだ。
「心配いらん」
ニーノはさっさと食堂に行ってしまう。
「わ! なんだ、お前。何を不満げにしている」
入口の前に立ってたから、帰って来たガイオに出くわした。
スーヒがあいさつしてきたのでなでる。外によく出るようになって、スーヒの毛はちょっと強くなった。ツヤも出て来た気がする。
「ガイオはエーヴェが怒ってるの分かりますか?」
「ガイオさんと呼べ。お前は感情のかたまりではないか!」
「感情のかたまりはガイオですよ! ニーノは明日、いっぱい特性を使います。疲れてお腹がすくけど、大丈夫って言いました」
「ガイオさんと呼べ! ――はんっ、あいつは頑固だからな! だが、お前の百人分くらい力があるから心配いらん」
自分が百人でニーノを取り囲むところを想像すると、気持ち悪い。
「ニーノはガイオ何人分ですか?」
「いい加減にガイオさんと呼べ! 知らん! 半人前だ!」
「えー」
じゃあ、ガイオは私が二百人で取り囲むのか。
――あれ? 何だったっけ?
「飯飯ー――! うわ! こんなとこ止まってんじゃねーよ」
――ガイオは図体がでかいから邪魔なのじゃ! 隅に吹き寄せておくのじゃ!
「薄おしゃべりめ! 吹き寄せられるのはお前のほうだ!」
ガイオはふっと息を吹きかけようとしたけど、システーナが腕を動かしたので、お屑さまはぱたぱたっとなびく。
「しつれーなことすんなよ」
――ガイオは無礼者じゃ! シスはさすがなのじゃ!
結局なびいてるけど、お屑さま的には大丈夫だったみたい。
「貴様ら、騒ぐな! 手を洗って食堂に来い」
結局、みんなまとめて怒られた。
明くる朝早くから、ニーノと染色の工房に入る。染まってもいい服を着て、絵を写した布を、甕に入るようにまとめる。
空気の膜はすごく複雑になりそうだけど、大丈夫かな。
「ちらちら見るな。何度か練習した」
「おお」
ニーノも練習するんだ。すごい。
甕に布を入れて染料の液をかけて、位置をずらす作業を始めた。二人ともすぐに、手と腕と体の前面が真っ青になった。
液体を含むから、布はどんどん重くなる。私は乾いた布を持ち上げて押しこむだけ。でも、ニーノは引き上げる作業。染料が無駄にならないように絞りつつ布を送るから、大変だ。染料が散った顔に汗で白い線が浮かぶ。
「集中しろ。布に引きずられて甕に落ちるぞ」
「はい!」
そうだ。しっかり自分の仕事をしなきゃ!
「この布は液体が染みにくい」
一回目が終わって、ニーノの意見で洗わずにもう一度同じ作業を繰り返した。それが終わるともうくたくた。でも、すぐさま川に運んで洗う。川は崖下。ニーノが担いだぐるぐる巻きの布の上に乗っかって、飛んでいく。
「おおー!」
川面の上で広げた帆布には、竜さまの絵が浮かんでた。川の水に浸すとうわっと青い水があふれて、だんだん透明に戻っていく。
透明に変わる水の中に、青い竜さまが泳いでる。
「かっこいー!」
引き上げた布にはきれいな青の竜さま。布のマス目も消えて、くっきり浮かび上がった竜さまに嬉しくなってぴょんぴょん跳ねた。
「……まぁ、こんなものだろう」
染まってる部分の境を細かく見てたニーノが顔を上げる。
「一度乾かすぞ」
「おおー!」
ニーノは向こう岸からこちら岸に縄を渡して、そこに帆布をさげた。崖に竜さまの三角帆がひるがえる。
「うひゃー! うひゃー!」
大きくて深い崖と、大きくてはためく竜さま!
すごい! かっこいい! 転げ回りたい!
「落ち着け。昼食だ」
「はい!」
地面から起き上がって応えて、ニーノにおんぶしてもらう。崖の上までひとっ飛び。
「ニーノ、ニーノ、竜さま、飛んでるみたい!」
ニーノの背中から帆を眺めて、叫ぶ。
こんなに大きな絵を描いたのは初めてだ。
「――そうだな」
ニーノの同意が嬉しくて、びょんびょん体を揺すった。
「そこにいたか!」
工房の近くでうるさい声に呼び止められる。
「ガイオさん」
ニーノは声の主の側に降り立った。ガイオはじろじろニーノを見て、鼻を鳴らす。
「こっちだ。来い!」
のしのし歩いて行くから、首をかしげてニーノを見上げる。ニーノも分かってなさそうだけど、無言で歩き出した。
やっぱりガイオには何を言っても無駄だもんね。
「――ん? いいにおいしますよ」
しばらく行くと、何かが焼けるにおいが漂ってきた。
「こら、シス! 先に食べるな!」
「焦げそーだったんだよ」
茂みを駆け抜けると、焚き火とその周りをぐるっと囲む川魚。
「よーおちび」
魚から身をかみ千切りながら、システーナがにやっとした。
「なんか大変だったって? ガイオさんと魚捕ったぞ」
ニーノを振り返ると、青白磁の目を丸くしてる。珍しい。
「ほら、食え。お前は魚が好きだ」
木の枝に刺さった魚を押しつけられて、ニーノは無言で受け取る。
「ガイオ!」
ばっと振り仰いだ。
私が言ったことが響いた!
「ガイオさんと呼べ」
「ガイオさ!」
「ガ――あ?」
腰に手を当てたガイオが首をひねる。
「さ、くらいは敬意ができました」
「ぶわっははははは!」
システーナが爆笑する。ガイオは渋い顔。
「面倒な奴だ! あと一音ではないか!」
むー、さんって感じじゃない。
「……エーヴェが前にいた世界では、〝おさ〟は長く生きて他の人をまとめる役目って意味がありましたよ」
常用語じゃないけど。頭の中で、もやもやんと〝害長〟の漢字を当ててみる。ちょっと困るところがぴったりな気がする。
でも、これが意外と効いた。システーナも感心したような顔になってる。
「ほぉ――、なかなか面白い!」
「じゃー、めんどーだし、オサでいいじゃねーか」
システーナはとっても大雑把です。
でも、ま、いっか。
「オサ!」
両手を上げて呼んでみる。
「いいんですか、ガイオさん」
魚の串をにぎったまま、ニーノが確かめる。
「うむ。まぁ、いいだろう。お前は魚を食え! 温かいうちに食え!」
ニーノは片眉を上げて、魚に噛みついた。
あのやり取りももう聞かれなくなると思うと、名残惜しいですね。
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