2.夢の世界
とー――ん……とー――ん……
また、この音だ。
深くで、繰り返し呼びかける音。
くぐもっているのに、とてもはっきり聞こえる響き。
とー――ん、とー――ん……
ナイアガラの滝みたいな大きな音を想像する。
遠いから、小さく感じるけど、本当はとても大きい音だと思う。
ずっと続いている。
目が覚める。
ジュスタとニーノが何か話していた。
「――あ、起きたかな」
「ちょうどいい。これを飲め」
ごそごそ身体を起こして、ニーノが差し出したカップを取る。
ぷんと鼻に触れた匂いに、顔がしおしおした。
「飲め」
冷ややかな目線に、しぶしぶ口にした。
「にが……あ」
カップを返そうとしたが、誰も受け取らない。
――良薬口に苦しとか、いつの時代だよ。
おくすりが飲みやすいように、オブラートとかゼリーとか……。
しかし、ここには何もない。覚悟を決めて、ぐいっといく。
「よーし」
掌が頭をぐりぐりする。
ニーノは感想なしで出て行ってしまった。
「お腹はすいてるか?」
分からないので首を振ると、果物の香りに背筋が伸びる。
「甘いよ」
木の器に、切り分けられた木の実が入っている。見た目はナシみたいだ。角が柔らかく溶けて、コンポートみたい。
果肉は、木のさじで切れる。口に入れると、ほろっとくだけた。
苦みに耐えた舌に、染み入る。
「おいしー――」
果物の甘さはいろいろ味わったけれど、こういう砂糖に近い甘さは久しぶりだ。
それに、熱が出て、誰かに看病してもらうなんて、いつ以来だろうか。
身体は重いし、川のきらめきを思い浮かべるとがっかりだけど、今はとても幸せだと思う。
竜さまがいて、こんな風に子どもを大事にする大人がいるところに来られて、私はなんてラッキーなんだろう。
――そうだ、竜さま!
「今日、りゅーさま会えない?」
果物を完食して、器を手渡す。
「まだ熱があるから、寝ような?」
またうなると、ジュスタは苦笑しながら、顔や手をぬれた布巾でぬぐってくれた。
「竜さまは優しいから、会いに来てくれるかもしれないぞ」
「――どうやって?」
「眠るんだよ」
――なんだそれは、典型的な、子どもに言うことを聞かせるための大人の作り話じゃないか。
でも、秒で寝てしまうのが子どもなのです。
強い風の音がして、目を開ける。
砂が広がっていた。赤い砂――ナミブ砂漠に似ているだろうか。
でも、なんだか汚い印象を受ける。
空のせいかな? 重苦しい雲が垂れ込めている。
――というか、なんだ、この匂い?
鉄錆みたいな匂いがする。
匂いの原因を探して、しゃがみこんだ。
「あいたっ!」
砂に触れると、ちかっと痛む。
なにか、鋭いかけらでも混ざっているのだろうか?
赤だけではなく黒や灰色、黄色――いろいろな細かい破片があるように思う。
風は嵐のように砂を巻き上げているけれど、不思議と身体に砂はあたらなかった。
びょうびょうと鳴る風が、私の記憶から、概念を呼んでいる。
――これは、荒廃?
――エーヴェ。
呼ばれて、びっくりする。空を仰ぐと、竜さまがぬうっと現れた。
何もない空間から、竜さまが現れた。
――これは夢!
「りゅーさま! 会いに来てくれた!」
しがみつく動作はなぜかうまくいかず、竜さまには近寄れない。
――おのれ、夢!
――エーヴェが来たのだ。
竜さまが私をくわえて、背中に乗せてくれた。目の前で揺れるたてがみは、手触りがない。
「りゅーさま、ここどこですか?」
すかすかとたてがみに手を通しながら、聞く。
――ここは、ここじゃ。時間は違うが。
おや? それは――。
「前の時間? 後の時間?」
すうっと細くなった金の目が、私を見る。
――前の時間じゃ。おそらく。
なぜか、どきりとした。
前の時間、か。
だとしたら、竜さまはこの景色の中で生きてきたのだろうか。
たてがみは触れないのに、首にもたれることはできる。
「暗いねー」
――うむ。
風が強い。暗い。砂は痛い。
――いやだ。
「……りゅーさまぁ、帰りたい」
――ふむ。戻るか。
竜さまが首を上げ、羽を震わせた。
目を開けると、部屋が明るかった。
身体は軽くなっている。
――朝だ。
窓に飛びついて、外を見る。
緑がたくさんある。空は青い。朝の光が全部をきらきらに輝かせている。
空気も新鮮!
――よかったぁ。
「お、エーヴェ。もう起きたのか」
窓から飛び降りて、ジュスタの足下に急ぐ。
「りゅーさまに会いたい!」
「先に朝食だ」
ニーノの声が食堂から届く。
――よかったー!
「ご飯を食べたら、一緒に竜さまのところに行こう」
「はーい!」
私は、この世界に来られて、やっぱりラッキーだ。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




